テラーノベル
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この呪われた場所に戻るのは、数年ぶりだった。リュミエール王国、王城。
磨き上げられた大理石の床。高い天井から吊るされた、巨大なシャンデリア。壁一面に並ぶ、歴代国王の肖像画。
何もかもが、昔と変わっていない。けれど、一歩足を踏み入れただけで、手足の先が冷えていく。
この城は嫌いだ。どこもかしこも、息が詰まる。
「久しぶりですね、レオン」
謁見の間に、鼓膜を撫でるような穏やかな声が響いた。玉座の傍らに座るのは、王妃カサンドラ。扇で口元を隠し、優雅に微笑んでいる。
「ずいぶん自由にしていたようですね。学院に、アイリス領に……王子という立場を、忘れてしまったのかしら」
「……ご用件は?」
レオンは、表情を変えずに問い返した。カサンドラの目が、細くなる。
「わたくしに、いつからそんな口を利くようになったの?」
「王妃陛下は、無駄話をお嫌いかと思いましたので」
「本当に、可愛くない子」
カサンドラは、くすくすと楽しげに笑い、扇を閉じた。
「あなたは昔から、不要なものに情を移す子でしたね」
扇の先が、レオンを指す。
「小鳥、犬、猫……そして今度は、ウィステリアの娘ですか。たかが伯爵家の娘に、ずいぶん入れ込んだものだこと」
「……」
「アイリス領の件、今回は見逃してあげてもいいですよ」
「本来なら、王族が領地戦の直前まで一貴族の領地に出入りするなど、反逆を疑われても仕方がない。あなたにも、それくらい分かるでしょう?」
反逆。その一語で、空気が冷たく張り詰める。けれど、レオンは笑みを崩さなかった。
「ですが、僕はこうして王城へ戻ってきましたよ」
「だから、まだ間に合うのです」
カサンドラが、顎を上げた。それを合図に、控えていた若い侍女が前へ出る。
両手で捧げ持った銀の盆。その上には、酒の入った二つの豪奢な盃が置かれていた。侍女の指先が、目に見えて震えている。
「王家への忠誠を、ここで示しなさい」
ねっとりとした声が、謁見の間に響く。
「忠誠の盃です。王族として、王室に従う意思を示すための儀。断る理由はありませんね?」
レオンは盃を見下ろした。酒の底に、わずかな濁りがある。
(……やっぱり、毒を仕込んできたか)
侍女たちは、分かっていながら、誰も口を挟まない。ここでは、王妃の命令が絶対だ。
「どうしたの、レオン?」
カサンドラが、白々しく首を傾げる。
「それとも、忠誠を誓えない理由でもあるのかしらねえ?」
レオンは、盃を取った。差し出していた侍女と目が合う。
恐怖に肩を震わせている。だから、レオンは笑った。いつものように。
「もちろん、誓いますよ」
盃を唇に運ぶ。液体が舌に触れた途端、喉の奥が焼けつくように痛んだ。
(……きついな)
思わず吐き出しそうになる。けれど、ここで苦しむ顔を見せれば、相手の思うつぼだ。最後まで飲み干すと、空になった盃を盆へ戻した。
「……これで、よろしいですか」
口元を指先で拭う。唇の端から滲んだ赤い筋が、指先に残った。
「あは……あははははっ!」
謁見の間に、甲高い笑い声が響いた。
「痛いなら痛いと、泣けばいいのに。許しを乞えばいいのに。いい加減、尻尾の振り方くらい覚えたらどう?」
「……ご期待に添えず、申し訳ありませんね」
「あら。強がりも、いつまでもつかしら」
カサンドラは退屈そうに、虫でも払うように手を振った。
「下がりなさい、レオン。二度と勝手な真似は許さないわ」
「……承知いたしました」
レオンは深々と一礼し、その場を後にした。喉が焼けるように熱を持って痛む。それでも、背筋だけは曲げなかった。
この城では、弱さを見せた者から食われる。それを、一番よく知っていた。
Jasmine
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コメント
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うわあ……第81話、重かったですね……。王妃カサンドラの、あの扇の裏に隠した毒のような笑顔が怖すぎます。レオン、毒の入った盃だと分かってて飲み干したんですよね。喉が焼けるって描写、読んでるこっちまで息が苦しくなりました。それでも背筋を曲げない姿勢、カッコよかったけど……すごく胸が痛いです。「この城では弱さを見せた者から食われる」って台詞、彼の過去が詰まってて泣けます。続き、どうなるんだろう……。