テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ギャップ
ひより
1,627
鷹槻れん@コノカレコミカライズ

51,258
百はな🍑
544
48
城の離れにある自室の扉を閉めた途端、全身の力が抜けた。
崩れるようにテーブルへ手をつき、震える手で水差しを掴む。注いだ水を、一気に飲み干した。
「……はあっ、げほっ……は……っ」
水が喉を通っても、焼けつくような痛みは消えない。
(……事前に解毒薬を仕込んでおいて、これか)
ベッドへ身体を投げ出す。仰向けになると、高い天井が歪み、ゆっくりと回っているように見えた。
その時だった。
――トン、トン。
壁の奥から、控えめな音が響いた。
ネズミの立てる物音にしては、あまりにも規則的だ。
この離れの部屋には、表の扉とは別に、もう一つの出入り口がある。
母が生きていた頃に使われていた、隠し扉だ。
けれど、城を離れて何年も経った今、その存在を知る者はほとんどいないはずだった。
「……誰?」
指先に光魔法を集めながら、壁際の本棚へ近づく。すると、壁の向こうから、もう一度音が鳴った。
――トン、トーン、トン、トン。
トン。
トーン、トーン、トーン。
トーン、トン。
(……L、E、O、N)
幼い頃に、何度も聞いた“あの合図”だった。
レオンは本棚を動かし、裏側に隠された小さな石扉を開けた。
「……っ、セドリック……!?」
そこに立っていたのは、白髪をきっちりと後ろへ撫でつけた痩身の老人だった。
仕立ての良い黒い侍従服。懐から覗く、見慣れた銀の懐中時計。顔には数年分の深い皺が刻まれていた。
けれど、その背筋は、記憶の中にある姿と少しも変わらなかった。
セドリック・アーヴイン。かつて母と幼いレオンに仕えてくれた、この城でたった一人の信頼できる使用人。――“じいや”だ。
「レオン王子様……!」
セドリックは、レオンの口元に滲む赤みを見たとたん、顔色を変えた。
「ああ、なんということでしょう……! なんてむごいことを……!」
「あはは……大丈夫だよ、じいや。これくらい想定内さ。ほら、事前にちゃんと解毒薬も飲んでおいたから」
心配させまいと、いつもの笑顔を作ってみせる。けれど、セドリックの眉間の皺は深くなるばかりだった。
「それで、その苦しそうなご様子なのですか! まったく……王子様は昔から、こちらの寿命を縮めるのがお上手でいらっしゃる」
「褒めてる?」
「褒めておりませんっ!」
怒ったような、泣き出しそうな顔で、セドリックは懐から一本の小瓶を取り出した。翡翠色の液体が、瓶の中で淡く揺れている。
「こちらを。早くお飲みください。陛下の専属薬師が、密かに調合した解毒剤にございます」
「父上が……?」
(僕のために……?)
差し出された薬を受け取り、一気に飲み干した。ひどく苦い。けれど、それを胃に流し込んだ途端、喉を焼くような感覚が、少しずつ和らいでいくのが分かった。
「……ふう。助かったよ。やっぱり、じいやの持ってくる薬は特効薬だね」
「『助かった』ではございませんっ!」
セドリックの声が震えた。
「幼い頃から、どれほど……どれほど、あのような目に遭われてきたか……」
潤んだ目が、痛ましげにレオンを見る。
「大丈夫だって。そんなに心配しないでよ」
「まったく……王子様は、昔からそうやって笑ってごまかされる」
「ごまかしてないよ」
「ごまかしておられます」
きっぱりと言い切られ、思わず苦笑した。昔から、セドリックにはかなわない。
「この老いぼれに、これ以上心配をかけないでくださいませ」
「……ごめん」
小さく返すと、セドリックは深く息を吐いた。そして、すぐに表情を引き締める。
「長くは居られません。王妃の耳と目は、今もこの城中に張り巡らされております」
「なら、早く戻った方がいいよ。……じいやまで、巻き込みたくないんだ」
セドリックは、まっすぐレオンの目を見た。
「どうしてもお渡しせねばならぬものがございます」
彼は上着の内ポケットから、一通の白い封書を取り出した。中央には、リュミエール王家の証である獅子の紋章の封蝋が押されている。
けれど――。表には、宛名が何も書かれていなかった。
「……白紙?」
「陛下より、直々にお預かりしていたものにございます」
「……父上が、直々に?」
「はい」
セドリックは、レオンの前に跪き、深く頭を下げた。
「『レオンが城へ戻ってきた時、必ず渡せ。他の誰の目にも触れさせるな』と。これは……王家の正統なる血を引く方にしか、読めぬ文だそうです」
「……っ」
(父上は、一体何を考えている……?)
レオンは、白い封書を見下ろした。
コメント
1件
うわああああじいや登場!!😭✨ このタイミングで、しかも隠し扉からの登場って……もう胸熱すぎるよ!!解毒薬もちゃんと持ってきてくれたし、何より「王子様は昔からそうやって笑ってごまかされる」ってセリフにじいやの深い愛情と心配が詰まってて泣ける…。そしてラストの白紙の手紙、父上の思惑が気になりすぎる!!次回が待ちきれないよ〜!💫