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かめちょん
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じりじりと肌を焼くような夏の太陽が、容赦なくアスファルトを炙り、その上で白く濁った陽炎をゆらゆらと揺らしている。
六歳の僕は、見知らぬ土地の強烈な光線に気圧されながら、ただじっと自分の膝を抱えていた。東京の、聞き慣れた車のクラクションや電車の騒音、賑やかな街の気配はここにはない。
夏休みにどこか遠くへ行きたいとごねる兄たちをなだめるためやってきたのは、長野の山奥にある静かな避暑地。けれど、都会の人々が、涼を求めて、集まるその場所は、僕にとっては、まるで世界から切り離された異郷のようだった。
「ほら元貴、ぐずぐずしてると置いてっちゃうぞ!」
「早く来いよ、地元の奴らがすごい秘密基地教えてくれるんだって!」
午前中、二人の兄たちはそう言って、滞在先である古い親戚の家の玄関を飛び出していった。活発で要領のいい兄たちには、この見知らぬ土地さえも、新しい冒険の舞台でしかないのだろう。
彼らは地元の年上の子供たちと一瞬で仲良くなり、さっさと虫捕り網を担いでいってしまった。兄ちゃんたちの後ろに隠れていることしかできない僕は、その輪にどうしても入ることができなくて、ただ小さく首を振ることしかできなかった。
「…待って、って、言えなかったな。」
ぽつり、とこぼれた呟きは、どこか遠くで鳴り響く蝉のけたたましい合唱にかき消される。
一人ぼっちで残された僕は、薄暗い和室を抜けて、庭に面した古い縁側にぽつんと座り込んだ。木造の床板はひんやりとして冷たいけれど、庭から吹き込んでくる風はぬるく、心地いい。
目の前に置かれたガラスのコップには、お母さんが淹れてくれた冷たい麦茶。カラン、と小さな音を立てて、大きな氷がゆっくりと、頼りなく溶けていく。
知らない場所、知らない匂い、僕を置いて進んでいく夏の時間。胸の奥がキュッと締め付けられるような、心細さと不安。
このまま誰にも見つけてもらえず、この静かな夏の影に僕という存在が溶けて消えてしまうのではないか。
そんな大げさな恐怖さえ、幼い僕の心に確かに芽生えていた。膝に顔をうずめ、ぎゅっと目を閉じる。瞼の裏に残る太陽の残像だけが、チカチカと虚しく明滅していた。
――その時だった。
「わあ、カブトムシだ……! あ、待って待って、逃げないでぇ」
世界に僕一人しかいないような錯覚を打ち破るように、すぐ近くの生垣の向こうから、鈴が転がるような、やわらかい声が聞こえてきた。
びっくりして顔を上げると、緑の葉の隙間から、ひょっこりと一人の男の子が顔を出した。僕と同じくらいの年齢だろうか。色素の薄いふわふわとした髪に、くりくりとした大きな瞳。
彼は生垣に引っかかった帽子を気にする風でもなく、ただ白くて細い指先をそっと伸ばしていた。
男の子はカブトムシを捕まえ損ねてしまったらしく、
「あーあ、行っちゃった」
と小さく息を吐いた。そして、縁側にぽつんと座っている僕の姿に気づくと、ぱっと顔を輝かせた。
「あ、こんにちは! ぼく、りょうかっていうんだ。お名前、なんていうの?」
「あ、えっと…も、もとき、…です…。」
急に話しかけられて、僕は思わず縮こまってしまう。東京の友達の前でも、いつもお兄ちゃんたちの後ろに隠れているような性格だったから、どうしていいか分からなかった。
けれど、りょうかくんは僕の緊張なんて気にする様子もなく、ふわっとした、ひまわりのような笑顔を浮かべた。
「もときくん、っていうんだね! すてきなお名前。ねえねえ、もときくんは今何してるの?」
「別に、何も…。」
「じゃあさ、ぼくのひみつの場所に一緒に行かない? すっごく涼しくて、おもしろいところなんだよぉ。」
「えっ、でも……」
「大丈夫だよ、すぐそこだから! はい、いこ?」
りょうかくんは僕の返事を待たずに、小さな、だけど温かい手で僕の手をぎゅっと握りしめた。
汗ばんだシャツが、そよ風に揺れる。
僕は言葉を失ったまま、彼の柔らかいペースに巻き込まれるようにして、縁側から一歩を踏み出していた。
りょうかくんが連れて行ってくれた「ひみつの場所」は、大きな木々に囲まれた小さな川の流れる木陰だった。
「ほら、見てみて! お水がすっごくきらきらしてんの。」
りょうかくんはサンダルを脱ぎ捨てると、パチャパチャと音を立てて冷たい川の中に足を入れた。
「うわ、冷た! もときくんも、おいでよ!」
両手を広げて、本当に楽しそうに笑うりょうかくんを見ていたら、僕の胸の中にあった緊張が、あつあつの氷が溶けるみたいに、ゆっくりと消えていくのが分かった。
「…うん、行く!」
僕も靴を脱いで、川に足を浸す。ひんやりとした水の感触が心地よくて、思わず笑顔がこぼれた。
僕たちは時間を忘れて遊んだ。川底の綺麗な石を探したり、小さなアメンボを追いかけたり。りょうかくんはちょっとどこか抜けてて、途中で水たまりに尻もちをついて「あはは、濡れちゃった」とのんきに笑っていた。その穏やかに過ぎていくような時間に、僕はすっかり夢中になっていた。
たくさん遊んでお腹がペコペコになった頃、りょうかくんの家のおばあちゃんが、川辺まで僕たちを呼びに来てくれた。
「ふたりとも、おやつにしましょうかね」
りょうかくんの家の縁側に並んで座ると、おばあちゃんが大きなお皿に盛られた真っ赤なスイカを出してくれた。井戸水でキンキンに冷やされたスイカは、厳しい夏の陽に輝いていた。
「うわぁ…! おいしそう!」
りょうかくんは目をきらきらと輝かせると、小さな両手でスイカの一切れを掴み、思い切りガブッと口に含んだ。
「んん〜っ!めっちゃおいしい!」
口いっぱいにスイカを頬張って、両頬を落としそうになりながら、りょうかくんはこれ以上ないくらいの最高の笑顔を浮かべた。本当に幸せそうで、世界で一番美味しいものを食べているみたいなその笑顔を見ていたら、僕まで幸せな気持ちになってくる。
「ほんとだ。すっごく美味しいね、りょうかくん!」
「えへへ、でしょ〜?これさあおばあちゃんがつくったんだよ!おばあちゃんのスイカが日本一美味しいんだよねー」
そういうとまた一口、口に含み、器用に種をふき出した。負けじと僕も遠くへふき出す。
いつしか種をどれだけ遠くに飛ばせるかの戦いになっていた。
「ええ!?りょうかくんうまあ!」
「そりゃあ、いっつも練習してるから。けんけいち?、が違うんだよ」
りょうかくんがすっごく遠くまで飛ばして、得意顔で笑う。多分けいけんちだと思うけど。
自慢げに歯を見せるりょうかくんがかっこよくて、最後の一粒を思い切り飛ばしたが、りょうかくんのいったとこまでは届かず、力なく地面に落ちていった。
「ねえ、りょうちゃん。明日も、またここで遊べる?」
夕暮れ時、影がゆっくりと長く伸びていく中、僕は少し緊張しながら尋ねた。りょうちゃんは、手をパタパタと遊ばせながら、はじけるような笑顔で頷いた。
「りょうちゃん?」
「りょうかくんだから、りょうちゃん。どう?」
「めっちゃいいじゃん!明日もさ、いーっぱい楽しいことしようね。約束だよ!」
「うん、約束!」
お家に帰る道すがら、僕は嬉しくて嬉しくて、ずっと胸が弾んでいた。
兄ちゃんたちに何をしてたか聞かれたが、なにも答えてやんなかった。だってあれは僕とりょうちゃんのひみつの場所だから。
東京ではいつも一人ぼっちになりがちだった僕に、あんなに優しくて、ふわふわして、美味しそうに笑う特別な友達ができた。明日になったら、またりょうちゃんに会える。今度は僕の方から、りょうちゃん!って話しかけよう。明日はどんな面白いことをして遊ぼうか。
そんな明るい未来のことを考えながら、僕は心地よい疲れと共に、幸せな眠りについたのだった。
コメント
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かめちょんさん、第2話読みました!最初の心細い空気感から、りょうちゃんのひまわりみたいな笑顔で一気に温かくなる展開、めちゃくちゃ好きです。スイカの種飛ばしとか川遊びとか、“夏”がぎゅっと詰まってて眩しいなあ。明日の約束、どうなるんだろう。続き楽しみにしてます!