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「鈴、昨日教えて貰ってないあの技、教えてくれ」
「いやァ?今日はそんな気分じゃねェ」
「え、なんだよそれ……!!今日教えるって約束だったのに」
「そうだったかァ?……ま、お前はアレできるじゃねェか」
「……何だ、それ?」
「号令。よく言ってるだろォ?それを使えば、誰でも手駒にできるとかなんとか。俺に使えば教えてもらえるかもしれないぜ?」
「あー……あれは、お前みたいな友達には使わないことにしてる。なんか、強制的に色々させるのって怖いし」
「お前に人間の心なんてねェだろ」
「……それ以前に、お前には効かないだろ」
「へっ、バレたか」
エデンホールは広い。大きく10階層に分かれている。
無光と鈴がこんな会話をしたのは、エデンホールの奥底に存在する10階。
そこには、人型怪異の中でも上流階級に当たる奴らが住んでいる。無論、無光もその一人であったというのを、つい最近思い出した。
討伐対象であるエイリアンの写真。それを見た時、無光は既視感を覚えた。
見た事がある。それも、10階で。
*
「普通に考えてさ」
「うん」
「7mのエイリアンがきさらぎ駅にいるって何?」
「知るか」
「なんでもありな世界なんだから仕方ないでしょ」
今、咲らAチームはきさらぎエイリアン討伐に向けて電車に揺られ、きさらぎ駅に向かっている。
乗客は咲ら以外にいない。奇妙なことに、運転手や車掌すらいないのだから驚きだ。前にニュースで見た自動運転だろうか。
電車は早坂線と書かれているが、そんな電車は見た事がない。……というのに気づくのに、二駅かかった。
咲の家の周りは本当にきさらぎ駅がありそうなレベルで田舎を極めているので、周辺を通る電車は一本しかない。しかし、多少離れているとはいえこんな路線は実在しなかった。
本部の建物と同じように、異世界限定で存在する電車なんだろうか。
「7mもあるエイリアンだからホームにはまっちゃうとかいう妙にリアルな世界観出さないでほしいわ」
「……そういえばこの路線、きさらぎ駅に行ける電車モチーフではないのね。きさらぎ駅に行った路線は一般的に静岡県の遠州鉄道とされているのだけれど」
「静岡?!私ら今静岡に行こうとしてるの?」
「遠州鉄道にある”さぎの宮駅”を見間違えた、もしくはさぎの宮から異世界につながった説が有力なのよ。遠鉄はきさらぎ駅をモチーフにしたボディの電車を走らせたりして乗っかる気満々ね」
「流石都市伝説マニア!」
瓜香とはとりあえず友達という体で進もうという話になったのだが、このノリがいつまで続くのか早く教えて欲しい。地獄の期限を教えてくれなきゃやってられない。
「この早坂線?から行けるのか?」
「うーん?でも一般の認知度で考えたら元ネタまで知ってる人はいないでしょうし……」
その時、電車内アナウンスが聞こえて来た。
「次はきさらぎ~きさらぎ~」
「うわ、マジか」
駅数を数えていたわけではないが、本部最寄りの駅から3駅ほどで着いた。各駅停車のやつなので、本当に三駅程度しか開いていないことになる。
方面的には西支店と北支店の中間くらいの場所にあるが、咲はこの土地に見覚えがなかった。そもそもきさらぎ駅なので当然ではあるが。
咲らは今一号車にいる。電車の先頭だ。なので、目の前の景色が見えてくるわけだが……
「え、は?」
「おい嘘だろ!!」
「も、もう……?」
「……!?」
目の前には、自分たちの体をゆうに超える大きさを誇る宇宙人が、
電車を握りつぶさんと待ち構えていた。
「ちょっ、やばいやばいやばい!!」
「電車ごと潰される!!」
「降りるのも無理だろ!!」
窓ガラスを割って逃げようということなのだろうが、それを割れるほどの怪力を持ってる人なんて……いるわ。いた。
瓜香もそれに反応してか、窓ガラスにハンマーの持ち手をつっかえさせて力を込めて割ろうとする。しかし、防災実習ではうまい事やっていても実際にてこの原理でガラスを割ろうと言うのはかなり不可能に近い。
瓜香を応援しつつ前方を確認する。すると、エイリアンは大きい口を開き、何かを叫んだ。
それはもはや雄たけびだった。それを聞いた瞬間、その音圧でガラスが割れた。
一瞬、何が起こったか分からなかった。何かが腕にかすった。見ると、腕から血が出ている。ガラスの破片だろう。……念願の脱出ができるというのに気づくのに、メンバー同士差異はなかった。
まず、無光が飛び降りた。次に瓜香、咲と続いて、無光に手を引いてもらって葉泣も脱出する。
目の前のエイリアンは、思いっきり叫べて嬉しいのかそれとも獲物が四体もいて嬉しいのか知らないが、無邪気に笑ってどっしりと構える。
確かにはさまっている。正座のような姿勢で。使えるのは本当に腕と口と目だけのようだ。
全身青緑なのに、髪の毛があって人間みを感じる。一応人型怪異に入るらしいが、正直人間っぽさは言うて少ないので、人間だと思って攻撃できない……みたいなことはなさそうで、安心した。
ここから攻撃が始まる。無光と瓜香はほぼ同時に繰り出し、ハンマーを振り回したり自分自身の体を振り回したりで相手を翻弄させている。残念ながら攻撃は当たっていないが、敵の攻撃も当たっていない。戦闘はここからだ。
対するエイリアンも純粋に戦いを楽しんでいるようで、まるでお人形遊びを楽しむ子供のように笑顔を振りまいている。
咲も攻撃に参加する……と思いきや、足が止まった。
咲は、どうやって女神の力を扱える状態になれるのかを知らないからだ。
あの巨大頭怪異(瓜香曰く巨頭オという都市伝説がモチーフらしい)に襲われた際、華夜の声とともに女神の姿となったことを女神化と呼ぶ。その条件が分からない。
佐鳥に聞いてみたけれど、彼女が分かるのはあくまで超異力の性能。どうやって発動するかは分からないらしい。
華夜の声もあれ以降聞こえてこない。華夜の声を聞いたら発動するなら相当ヤバそうだが。
出来れば能動的に発動できる条件であってほしい。
他の人の条件は、発動しようと思ったら発動らしいのでやっぱり咲の超異力は異常だ。攻撃しても、発動しようとしても全く発動しない。
今回の敵は物理的にも強さ的にも強大だ。無能力状態の咲が勝てるわけがない。
咲は立ち止まる。そして、なんとなくで動きのない葉泣の方を見た。そして、一瞬で後悔した。
葉泣は過呼吸になり、身体が小刻みに震えていた。
彼の迷いなき銃さばきは見る影もなく、震える銃口からは彼の苦しみが吐露されるばかりである。
なんだか見てはいけないところを見てしまったような気がして、咲は真っ先に武器を持って走り出した。
咲の視線に気づいた彼の、怯えたような助けを求める様な表情を、咲はしばらく忘れられずにいた。
しかし、遠距離の葉泣が動けないのはかなりまずい状況なはずだ。
近づいたらヤバいという話をされたばっかりなのに。というか近距離×2は突っ込んでいったし。
咲の目と鼻の先にエイリアンが迫る。エイリアンは素早く飛び回る無光を、まるでハエや蚊を追いかけるかのように必死に追っていたが、咲の存在を把握すると途端にそちらへ標的を変えた。
咲もそれを察知して、一層早く走り出す。流石にあの巨体で人間の走りに追いつくレベルの速度を打ち出すことは不可能に近いだろうから、なるべくスピードを意識して。
大抵ジャンプからの攻撃で脳天ぱっかーんを狙うわけだが、7mを跳躍できるわけがないのでジャンプなしで攻撃しようとした。その時ーー
青緑の何かが、咲を強打した。
*
バーンだとか、ドーンだとかの衝撃音が鳴りひびき、思わずそちらを見てしまった。
咲は、エイリアンの腕にはじかれてものすごい速度で左に飛ばされ、ホームにある喫煙所の壁に衝突した。
何らかの悲鳴が聞こえた。それは咲のものなのか、それとも傍観者共のものなのか。
咲は起き上がる素振りを見せない。気絶しているわけではなさそうだが。
無光が助けに駆け寄っていく。……彼のおかげでエイリアンの攻撃が高速で動く無光にのみ集中していたのだが、それがなくなった場合どうなるんだろうか?
どうやらエイリアンはビームを溜め終わったらしい。彼女は鋭い眼光をギラっと光らせ、赤い太いビームを一本、放つ。
残念なことに、エイリアンも人型怪異である。よって、思考力がある可能性が高いのだ。
標的は、普段標的をいともたやすく撃ち抜く、葉泣。
彼は戦闘開始直後、全く動いていない。むしろ、動けないと言うべきか。
彼の前には何も障壁はない。たった一つのトラウマと過去に、いまだに囚われているのだ。
あの日、瓜香は快速電車に轢かれる葉泣を止めることができなかった。いや、おそらく中途半端に止めていた。そのせいで、葉泣の右足は飛んでしまった。
右足だけ半端に飛ぶよりも、いっそ死んだ方がよかったんじゃないかとか、そんな失礼なことばかり考えている。
だけれども、ビームが発射されようとしている時、そして葉泣がそれに対して動けなかったとき。
葉泣が助けを求めているように感じて。
「あ……!」
電車のホームには、ホームと線路の間に洞穴チックなものが掘られている。
誤ってホームに落ちた人が電車をやり過ごすための穴が。
瓜香は、葉泣を庇ってとっさにそこに突っ込んでいった。
流石に二人が入るスペースはない。葉泣だけ穴に置いてくる形になった。瓜香も近くの穴に潜り込んだ。幼少期から足の速さに定評がある(当社比)。
攻撃が去った後の葉泣は、瓜香に以前会ったことを思い出したのか、それとも単に雑魚だと思っていた奴に助けられたからなのか知らないが、かなり神妙な面持ちで瓜香を一点に見つめている。瓜香もそれに話しかける義務はない。
そして瓜香は戦いを終わらせるべく、ビームが終わった段階で外に出ようとしたのだが……
「え」
そう、ホームの屋根が崩れ、瓦礫となって行く手を阻んでいたのだ。
*
「咲、大丈夫か!?」
無光が呼ぶ声が聞こえる。あたりは真っ暗だ。
確か、背中を思い切りぶつけて苦しんでいた最中、無光がそばに来てくれて、大丈夫か、と声をかけられて……
そうだ、その時屋根が降ってきて。それで今に至る。
「生きてる!無光は大丈夫?」
「大丈夫もなにも……俺は簡単に空中を移動できるんだから心配する必要はない。むしろお前が」
「私?私……は……」
無傷だよ、平気だよと返そうとしたが、途端に痛みが襲ってきた。
「……平気じゃねぇ!!」
「怪我でも……してるな。お前の周りは360度瓦礫で囲まれてるし」
「ちょっと動けそうにないかも」
咲がケガしたのはよりによって足である。折れてるわけでもなさそうだが、かなり痛むので動かすのは不可能だ。
咲の視界はどこをとっても暗闇、暗闇、暗闇……だ。無光に言われなくとも、隙間なく瓦礫が覆っているのは想像に難くない。
「……とはいえ、俺はこの量の瓦礫をどかすなんて無理だぞ」
「動けそうな人たちでエイリアンぶっ飛ばしてきてよ」
「え、いや……その、いいのか?お前なしで倒せと?」
「うん。私に構ってる間に無光が動けなくなったら不味いし」
「……分かった」
無光の足音が遠ざかっていく。この間にも咲は、自分がいかに使えなかったかを自覚して一人反省会を開いていた。
真っ先に攻撃を食らい、無光が助けに入ってくれる。そのせいで、推測だがエイリアンの相手をできる人がいなくなり、結果としてビームを溜める隙を与えてしまった。がために、撃たれて今に至る。
珍しく咲は自責の念に駆られている。せめて、女神化の条件くらいは明るみにしたかったのだが。
灯台下暗しとはまさにこのことである。
咲は、瓦礫のせいで真っ暗な視界のために自分自身の姿すら把握できていなかった。
咲が気絶する直前、華夜の声が聞こえていたことを、そして女神の姿を得ていることを、咲はまだ知らない。
*
「あと……少し!」
まさか、自分の超異力がこういう時に役立つとは思わなかった。
怪力とか誰かに蔑称をつけられそうで嫌悪していた節があるのだが、こうやって重々しい瓦礫が重なっている時にどかすという過去一の活用方法が生まれたことで、かなり好きになった。
遠くで無光が咲と話している声が聞こえる。そこに向かって、高い高い壁を乗り越えていった。
やがて、光が正体を現す。
「無光!」
「瓜香か!助かった、ありがとう。……咲はそこの瓦礫の山の下だ。俺じゃどうしてもどかせなくて」
「分かったわ。任せなさいよ」
流石に足場が悪く完全救出とまではいかなかったが、咲の姿は確認できた。
いや、あれは能力を使っている時。もとい、瓜香を助けようとして女神の力?が覚醒した姿だ。
咲は一瞬眩しそうにしたが、唐突に現れた瓜香に、そしておそらく自分の姿に驚いている。
瓜香だって、完全に仲直りできたとは微塵も思っていない。
あんな酷い事をしておいて今更仲直りしたいだなんて、そんなおこがましいことを言うつもりもない。
瓜香はただ、咲に本当の自分を見ていてほしいだけ。
瓜香の抱える闇の部分の唯一の観測者として、生きていてほしいだけ。ごく簡単な事。
だから、咲がほんの少しでも傷つくような事象が起こらないように、もし起こったら咲の身を案じて行動し発生源を特定して殴りに行くように、プログラミングされている。
それに対して、咲が感謝してこようが未だに瓜香を恨んでいようが関係ない。
結局瓜香は自己中な女だ、咲の身を守ろうとするのも全部瓜香のため。
悪女。悪女だと思う。そう言われても仕方がない。
でも、瓜香を悪女だと知っているのは、その悪女に利用されている咲のみ。
咲、貴方だけ。
「瓜香……?」
「そうよ。私の超異力が輝いているでしょ?」
「……ありがと」
「礼には及ばないわ。じゃ、早く貴方を助けなきゃ。出血が酷いようだし。……とはいえ、無光、少し手伝ってくれない?」
「何をすればいい?こう見えて力はない方なんだが……」
「貴方の転移能力って咲に使える?」
「光が完全に当たるスペースがあれば、使えると思うが」
「じゃあ、私が一瞬瓦礫をどかして大きめの穴を作るから、その隙に咲を外へ」
「了解」
瓜香がせーのと言うと、息の合った連携で咲は瓦礫の外にほっぽり出された。
本部から支給された応急処置のキットを開けて、丁寧に処置を進めていく。
咲の足からは多量の出血が認められ、骨折もしくはそれに近い形になっていそうだった。
喋れはするようだし、復帰できないほどでもなさそうだが。
そういえば、処置の最中、全く攻撃が来ずに終われたのは無光のおかげである。
*
『傷の手当は私がするわ。その間、エイリアンの相手をしておいてくれない?』
と言われたはいいものの、こちら側から何をすればよいか全くわからない。
とにかく敵の攻撃を避け続けている。しかし、それではジリ貧になるだけだ。
『まだお前は幼い。だからこそ、王の力は十分に使えんだろう』
誰……だろうか、この声は。
聞いたことはある。おそらくエデンホール時代に。そして、とても重要な人物だったのを覚えている。
『はっきりと言えば、お前の王の力はまだ未完成だ。お前の”号令”も、余ほど意味をなさない』
号令。そうだ。
号令が何だったかも覚えていないが、強力な力だったことは覚えている。やり方は、確か……
『号令を行いたい対象に向き直り、号令と唱えるだけ。それだけで、大抵の怪異は活動を辞める』
無光は、エイリアンに向き直る。
……やっぱり会ったことがある。何度も。
無光はこれからの平穏を、そして勝利を祈りつつ、しっかりとこう言った。
「……”号令”」