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「駄目か……!!」
号令、と言った瞬間、エイリアンはまるで時間が止まったかのように動かなくなった。
その間、無光は攻撃しに行こうとしていたのだが、無光が動こうとすると時間停止が解けてしまいそうになり、本能的にその行動はとれなかった。
思えば、声の主は「号令」と口に出すだけで永遠と思える時間に敵を拘束することが出来ていたような気がする。特にその時間に制限はなくて、彼の望む時間。しかも、相手の時間を奪っている間、彼は動くことができる。
だけれど、彼が言っていたようにどうやら無光の号令、もとい王の力は不完全な状態にあるらしい。
そのため、彼が言った号令の持続時間は瓜香が咲の応急処置をし終わるまで、ギリギリ持つ程度の長さだった。
「咲、もう立っても大丈夫よ」
「ありがと」
そんな会話が聞こえてきたとき、彼の号令状態は解けてしまい、エイリアンは再び動き出した。
「無光、足止めありがとう」
「少ししか止められなくて悪い」
無光の号令が怪異のものだと知っているのは、人間の中に居ない。
怪異でも10階住民レベルで上流階級の出身でないと知りえない極秘情報だからだ。
だから、単に超異力の内のひとつと説明している。瓜香も、葉泣と渡り合える実力者ならそんな能力あっても不思議じゃないと同意してくれた。
「咲は動けるのか?」
「あー、まぁ……動けるよ」
「あの花びらのやつ、やってみましょうよ」
「効くかぁ?」
とは言いつつも、咲もその能力は気になっているらしく、少し大げさに動くと、咲の手のひらから花弁がいくつも出現し、全てがエイリアンの方向を向いて構えを取った。
そして、花びらを自由に操れるらしい咲は一斉に花びらをエイリアンへ突撃させた。
しかし、彼女の言う「花びらに当たったやつは消失する」という事象は起こらなかった。
「無理かー……だめだわ、今日役に立てないかも」
「そんなことないわよ、これからでしょ」
「うーん……」
咲はまだ諦めきれない様子だ。自身の能力がどれほどなのか、いまだに全貌を把握できていないらしく、それを見極めるために今日ここにきたと言っていたが。
さて、実は無光も咲の能力について色々思うところがある。
なんせ彼女の今の姿は、エデンホール10階の中央に存在する桜……のそばにいる人物、通称女神そのものだからだ。
女神は本当に女神なのかは定かではなく、ただその佇まいや言動がまさに女神であることからそう呼ばれている。彼女は自分の事についてあまり語らないから、推測の域を出ない。
妖艶な雰囲気や、人型怪異に相応しくないきっちりと着こなす着物。全てが女神のようだ。
無光も何回か会っている。なんだか恐れ多いし、お父様に会うなと言われていたから大して会わなかったけれど。
お父様が無光に女神と会うなと言っていたのにはいくつか理由がある。全て無光に語ることはなかったが、その一つに凍結能力があった。
その女神に触れたものは体が徐々に氷に蝕まれ、一日もしないうちに完全な氷になってしまうと言う。
彼女は本当に美しい。だから、それに魅了された怪異たちは続々と彼女に触れて行った。中には、若干汚い話になるが”濃厚接触”した奴もいる。それに対して、女神の彼女は全て受け入れる。そこから、何しても許される女神として注目を集めーー
ーーやがて、凍てつく。
女神がそれを意図的に行っていたのかは分からない。相手を凍らす魔性の悪女か、相手を凍らせてしまう不幸な女性か。その問いに対する答えは今だ出ていない。
だからお父様は無光に会うなと言っていたのだろう。何も知らない怪異たちに「女神様と王子様はお似合いだね!」なんて言われていたが、触れられない相手と婚約しろなんて真っ平御免だ。
つまり何が言いたかったかというと、咲に女神の力が宿るならその凍結能力も存在するのかということだ。
もしそうなら、実際かなり強そうだが、咲に触れてはいけなくなる可能性もある。だから、今のうちにはっきりさせたい。
エデンホールのことは話したくないので、かなり遠回しに伝えるしかないのがもどかしい。
「あー……その、もう一回やってみたらどうだ、咲」
「さっきの花びら?」
「そうだ。なんか凄い女神なんだろ?だったら、まだ能力があるかもしれない」
「確かに。やってみようかな。ちょっと迷惑かけてそうで怖いんだけど」
「成功すればいいだけの話よ、んなもん」
瓜香の言葉に背中を押されたように、咲は花びらを体に纏わせるが、結果は変わらなかった。
すると、咲は諦めたのか武器のモーニングスターを取り出し、瓜香とタイミングを合わせて攻撃し出した。
そして、攻撃が届いたとき、無光の読みは当たっていたことが判明する。
咲のモーニングスターは青白く閃光を放つ。そして、そこから放たれた攻撃に合わせ、氷の結晶が出現したのだ。
咲はそれに驚いてか大きく仰け反ってしまって攻撃が完遂されず、結果として能力の詳細は分からなかったが。
「うわぁあ?!なんだこれ……?」
「なんか一瞬氷みたいなものが見えたな」
「桜の次は氷なの……?」
「もう訳わかんないんだけど!!どうなってんだー!」
と喚きつつも、咲は少し嬉しそうだった。おそらく花びら攻撃が効かなかったらただの無能力になってしまうことを恐れていたのだろう。新しい活路が見つかった、奇跡的瞬間だ。
そんでもって、咲はもう一度氷の力を試そうとする。大きく振りかぶった攻撃は、とっさに囮になりに行った無光の甲斐もあってか無事通った。そして、エイリアンの痛恨の一撃をもらった腕辺りは凍っている。
咲自身に触れると凍ってしまうと言うより、武器を介した攻撃で相手を凍らせられるらしい。
「すごいじゃない!本当にカチコチね」
「な、なんで今まで気づかなかったんだ……」
「何かに応用できそうだな」
「ね。全然慣れないけど」
しかし、こんなサンドバッグ代わりに扱われるようじゃエイリアンもお怒りだ。
途端に、大声で何かを叫んだと思えば、目に光を集め始める。
「やばい、来る!!」
「今度こそ避けなくちゃ……!ホームの下の洞穴みたいなところに入って、一人ずつ」
「こんなんあったの?!ナイス!」
全員が逃げ込む。それから一秒もしないうちに、ビーム攻撃が始まった。
幸いじかに当たるやつはいなかったが、轟音と共に駅の屋根が降ってきて、前と同じく瓦礫まみれになった。
おまけに、今回の攻撃は何故かめちゃくちゃ長い。耐え忍ぶとかいう次元じゃなくて、ずっと続いている。
なので、レーザーが終了したら攻撃する……ではなく、レーザー中に攻撃する必要がある、ということだ。
しかし、唯一の遠距離型である葉泣は当然ながら動ける状態ではない。攻撃が当たらない最も安全な場所に避難しているそうだが、そこが線路上の閉所とは何たる皮肉か。少なくともいつもの腕前のショットは期待しない方がいい。
その他のメンバーはどう考えても近距離だ。ハンマー投げ……?いや、流石にふざけている。まぁ人間界において投げる用ハンマーと殴る用ハンマーが違うことを無光は知らないので、一歩間違えばこの作戦を提案していたところが恐怖ポイントだ。
遠距離型は動けないし、近距離連中しかいない。この状況をどう打破するか……。
すると、無光に天啓が訪れた。……もう一人にも。
「いい事思いついた!」
「めっちゃ馬鹿な作戦思いついたんだが」
「え……?」
「あ、咲最初で」
「いやいやいや、無光のがまだまともだよ」
「……じゃあせーので言わないか?」
「お、面白そう」
「「せーの」」
「銃弾に瓜香を転移させて爆速でぶん殴る!!」
「銃弾に瓜香を転移させて敵を殴る」
「は……?」
*
「ご、ごめん、二人いたら頭おかしい度が半減するわけじゃないのよ?」
「知ってる。だから馬鹿な作戦って言ったんだろ」
「というか、まず二人とも何を言ってるの……?」
「説明しよう!」
「まず、葉泣に一発撃ってもらうの」
「な、前提からおかしいだろ?」
「そうね……。咲には事情言ってなかったものね」
「別にノールックでも銃は当たるんでしょ?超異力があるからさ」
「ええと……じゃああの瓦礫から、銃だけ外に出して撃つって事?」
「超異力使えば必中になるんだから、それでもいけるんじゃない?」
「いや、咲、悪いんだけど葉泣は動ける状態じゃなくて……どこから説明すればいいのか」
「……いったん咲の話聞いてみないか?別の作戦にも応用できるかもしれないし」
「私だけが悪いみたいになってない?!無光だって私と同類なんだけど!……まぁいいや。でね、葉泣に撃ってもらった銃弾に、無光の閃光を撃って転移できる状態にする」
「誰を?……なんだか私の名前が聞こえたような気がするのだけど」
「瓜香だよ!」
「え?」
「瓜香を銃弾に転移させるの!」
「何?どういうことなの?」
「悪い瓜香、流石にあり得ないだろと思うかもしれないが、銃弾にニンゲンを転移させること自体は……可能だ」
「ちょっと、さっきから混乱しっぱなしなんだけど?!」
「……つまりはだな?銃弾に瓜香を転移させるなら……銃弾の飛んでいく速度で、瓜香をぶっ飛ばすことになる」
「えええ?!なんなのそれ!!めちゃくちゃすぎるわよ!!」
「だから馬鹿な作戦だと言っただろ……」
「というか、なんで私なのよ」
「だって、瓜香が一番火力出るじゃん」
「おそらくハンマーだけを銃弾の速度で飛ばしたら回転しまくってあらぬ方向に飛んでいくから、力がある奴が止めとかないといけない」
「なんだか説得力があるみたいな雰囲気にしてるけど全然駄目よ!!そんな意味わからん作戦に参加したくはないわ」
「私の氷を瓜香のハンマーにつけたら、私も参加したことにならない?」
「なんでギャラとかの話になってるのよ!!……はぁ。そもそも葉泣が動けないんだからこの作戦はな……し……」
瓦礫の隙間から、瓜香の威勢がなくなった理由を確認した。一つの洞穴から銃口が覗いている。
不調なスナイパーはどこか決心したかのような声色で答える。いつものような王者の風格も覗かぬ、震えたただの一人の少年として。
「な、え、葉泣?」
「今回は珍しく話を聞いていたが……正直瓜香なしで勝てる気がしないな」
「え、嘘でしょ?」
「あまり喋らせないでくれないか?ただでさえこんな醜い姿見せたくないのに。……まぁ、端的に言えば賛成する」
「ありがとー葉泣!!」
「いやいやいやいや……なんなのよこのチーム……私以外にまともな人いないの?」
「……というわけで……」
「無理!!無理なもんは無理よ!!」
「そこをなんとか……っ!瓜香が必要なんだよ、私たちには!」
「え……」
「頭おかしい事言ってる自覚はある。でも、多分……狂ってないとこのおかしい世界は生き抜けない。だから、頼まれてくれないか」
「……嫌すぎるけど、覚悟を決めてやることにしておくわ。ただし、貴方達。もし生きて帰れたら、私がメインで活躍したって、そして私は強かったってみんなに言いなさいよ」
合図。そして、銃声が一発轟く。
*
人間大砲って実在するんだ。なんだかそんな感想しか出てこなかった。
ありえない速度だった。もはや移動したかすら分からなかった。
具体的には、最初に瓜香を線路上に転移させ、ハンマーを構える。レーザーが来る前に銃を撃つ。その銃弾に瓜香を転移させて、ハンマーでボーン。
人間大砲の人間側を初体験したわけだが、あまりの異常な速度にまるで夢のように思う。というか、あの体験について説明する言葉を付随できない。
で、エイリアンはぶん殴れたのかと言うと、葉泣の超異力は健在らしく普通に当たった。
腹あたりに直撃したハンマーはそのままエイリアンの胴体をぶち抜いたのである。エイリアンも何がおこったのか分からないらしく、レーザーをやめて体のあちこちの安否確認をしている。
無光が言っていた通りなのかもしれない。そもそも7mのエイリアンがきさらぎ駅と悪夢のコラボレーションをしている時点で常識など通用しない。狂ってないとこの世界は生き抜けないのかもしれない。
瓜香は自分が常識人側に立てているとは微塵も思っていない。だって今の瓜香には、重い重い欲求が交差しているからだ。
でも、今はどうだ。今、誰もが瓜香の話をしている。瓦礫をどかして出てきた顔は、皆瓜香に感謝している。咲でさえも、あの作戦を提案してきた時点で察してはいたが純粋に瓜香を頼っているようだ。
こんなにも嬉しいものなのか、頼りにされるって。
そして、誰もがあの瞬間、瓜香に注目していた。本当の醜い自分じゃないけれど、確かに注目していた。
逆に言えば、とても酷いことを言うが、葉泣はこの戦いで本当の自分を見せたことになる。
いつもは完璧主義な恐怖の死神。でも、今回はただの怯えた青年だったように。
本当の彼はずっと過去に囚われている。だけれど、銃を一発撃ったのも、声が震えながらも喋ったのも、少しはそれを乗り越えて成長したからだ。
……でも、瓜香は歪んだ視点からこの出来事を観測してしまう。
動けない筈の葉泣が動けたのは「注目」があったからだと思うのだ。
誰かに注目されて、撃ってほしいと期待されて。頑張ればできなくはない範囲だったから、そいつらに背中を押されてやってやっただけ。
本当の成長はほんの少ししかなくて、期待によってコーティングされた膨張した姿しか皆は観測できない。
瓜香もきっとそうだ。同類だと思う。コーティングの主要成分は咲に「瓜香が必要だ」と言われたこと。
実質、成長できたと言えるのは多分0に等しい。それを期待に応えたという英雄譚で塗り固めているだけ。それに皆、気づいていない。
そのコーティングを剥がしてもらうことを、瓜香はどこか期待している。その奥底にある小さな小さな成長を見つけて、どんな反応をするのか見たいだけだ。
とはいえ、ここまで大掛かりな作戦を展開しておいてエイリアンが全く倒れていないのが問題だ。
風穴を開けられて苦しそうな素振りは見せるものの、まだ余力があるらしく、追撃に行った無光が相手をしているがその動きは衰えていない。
あんな作戦、もう二度とできないというのが共通認識だろう。しかし、それでは倒せない。
時間をかけてホームに上がってきた葉泣ですら、もう銃を撃ちたくないと話している。むしろ姿を見られている今の方が撃ちづらいだろうに。
その時、逆側のホームにいた咲の悲鳴が聞こえた。
「うわっ!?何こいつ、蛸?」
「た、蛸?」
拍子抜けした。一体何が蛸だって言うんだ。瓜香は咲の元に駆け寄り、そして気付いた。
蛸だ。普通に。
具体的に言えば、咲の膝から足裏までくらいの、中型犬ほどのサイズをした、緑色の蛸だ。
血管なんだろうか、何かが自分の中でひたすらにうごめいて、根本的に恐怖を感じる見た目をしている。
おかしな点と言えば緑色をしている所とまあまあでかい所程度しかない。いや十分おかしいのだが、そこのエイリアンと比べては、というかこの世界と比べてはおかしくない。
だけれど、とにかく恐怖を感じさせた。ニュースで見る猟奇殺人事件というよりも、首筋に刃物を押し当てられたときのような恐怖。
気付くと、咲と同タイミングで武器を振り上げて潰していた。どちらかと言えばどろどろとした液体を混ぜて潰した時の「ぐちゃっ」みたいな音がして、余計に気色が悪くなった。
そして、エイリアンをもう一度睨んだ時。あの声が聞こえて、瓜香は思わず表情を柔らかくした。
「貴方を鈍器で撲殺マートォ!!お客様は神様やない、店員が神様やぞ!!」
「よくも私のキャサリンドットコムを殺したなぁ!!あいつはほんまええ奴やってんぞ、他の蛸たちをちっちゃいちっちゃいおててでコロコロ転がしまくっとってなぁ!!」
ツッコミどころが多いやかまし関西人・久東流瑠の登場である。