テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
95
174
じゃむじゃむあっぽー🍏
632
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第9話
あの涙の面会から数ヶ月。
季節は巡り、幾度かの危機を乗り越えた涼架の体調は、奇跡的に「数時間の外出なら許可できる」というレ ベルまで安定していた。
そして今日、俺たちはあの約束の場所へと向かっていた。駅前にある、あの日のカフェだ。
「わぁ…..!本当に、写真で見たのと同じだ。すっごく美味しそう!」
テーブルの上に運ばれてきた、色鮮やかなイチゴのパフェ。
それを見つめる涼架の目は、きゅるんときらめいて、いつもの柔らかいタレ目がさらにふにゃふにゃに下がっている。
その笑顔が見られただけで、俺の胸はちぎれそうなくらい満たされていた。
「だろ?だから早く連れてきたかったんだよ……ほら、溶ける前に食え」
「うん!いただきます!」
涼架はらしそうに長いスプーンを手に取って、パフェを一口頼張った。
「んん〜!美味しい!若井くん、これ本当に美味しいよ!」
「よかったな。お前、ずっと病院の味気ないご飯ばっかりだったもんな」
「もう、本当にそうなの。お母さんが持ってきてくれるおやつも、塩分がどうのこうのって制限されちゃってさ。だから、今日のこれは、僕にとって一生忘れない特別なおやつ!」
悪戯っぽく笑う涼架の私服の胸元には、あの「黒猫のカバー」がついた消しゴムが、お守りのようにポケットから少しだけ覗いていた。それを見て、俺の口元も自然と緩む。
「大げさだな。これくらい。体調が良い日ならいつでも連れてきてやるよ」
「本当?約束だよ?若井くん、嘘ついたら針千本一ー」
楽しそうに話していた涼架の言葉が、不自然に途切れた。
カラン、と高い音がして、涼架の手からスプーンが落ち、お皿の上で跳ねた。
「涼架…..?」
見ると、涼架の顔から、さっきまでの血色が嘘のように引いていく。
彼は持っていたスプーンのことも忘れ、右手を、胸元の服の上から鷲掴みにした。
「….っ、あ…..、は…っ」
「涼架!おい、どうした!?」
俺は立ち上がり、テーブルを挟んで涼架の顔を覗き込んだ。
あの階段の時とは比べものにならないほど、涼架の表情が苦痛に歪んでいく。
喉の奥から、ヒューヒューと空気が痛れるような、ひどくかすれた呼吸音が聞こえる。
「若、い………….っ、ごめ、ん……っ」
「謝るな!息しろ、ゆっくり吐け!薬は!?カバンの中か!?」
「あ…….、う…..は、あ…..っ」
涼架のタレ目が、涙で潤みながら、助けを求めるように俺を見上げた。
しかし、その瞳の焦点が、みるみるうちに合わなくなっていく。胸を押さえる彼の指先が、激しく震えていた。
「涼架!涼架、しっかりしろ!!」
俺がテーブルを回り込んで駆け寄るうとした、その瞬間。
「あ……っ」
力の抜けた涼架の身体が、ゆっくりと椅子から滑り落ちた。
ドサリ、と床に崩れ落ちる鈍い音が、静かなカフェの店内に響き渡る。
「涼架ーーっ!!」
俺は床に膝をつき、涼架の身体を抱き起こした。 触れた彼の肌は、氷のように冷たく、尋常じゃない量の冷や汗で濡れている 。
呼びかけても、もう瞼は固く閉ざされたままで、返事はない。ただ、浅く、不規則な呼吸が、彼の命の灯火が消えかかっていることを示していた。
店内の他のお客さんたちが、何事かと一斉に立ち上がり、悲鳴のような声を上げる。
「ちょっと、誰か!!救急車!!」
俺は自分のツリ目をこれ以上ないほど鋭く剥き出しにして、店の奥のカウンターに向かって叫んだ。
「救急車呼んでください!!早く!!あいつ、心臓が悪いんです、早くーー!!」
「は、はいっ!すぐに呼びます!!」
慌ててスマートフォンを耳に当てる店員の姿が、遠くに見えた。
「涼架、おい、目え開けるよ……!約束しただろ、いつでも連れてきてやるって、お前と約束したじゃんかよ……っ!」
抱きしめた涼架の身体は、驚くほど軽くて、今にも腕の中から消えてしまいそうだった。
俺の目から溢れた涙が、涼架の白い頬に落ちて、冷たい汗と混ざり合う。 店員が電話口で必死に叫んでいる声が聞こえる。
「もしもし、救急ですか!?カフェの店内で、男の子が突然倒れて、意識がありません……!」
外からは、遠くの方からかすかに、サイレンの音が近づいてくるような気がした。
「 嘘つきって言って、悪かった…..だから、置いていくなよ…..涼架…..っ」
賑やかだったはずのカフェの片隅で、俺はただ、息をすることすら忘れたように、大好きな彼の身体を強く、強く、抱きしめ続けていた。
next→❤︎500