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「見えてきたぞぉ、ユノレアエじゃ」
オリヴァーさんの声に釣られるように馬車の前方を覗くと、馬越しに大きな壁が見えた。あれがこの国の首都を守る壁なのだろう。この馬車の旅もひとまず終わりを迎える。
正直、ほとんど座り続けたままできつかった。だからかは分からないが開放感が凄い。
そんな私の感情を読み取ったのかミーシャさんが笑いながら問い掛けてくる。
「初めての護衛依頼はきつかったでしょ? 馬車があったとはいえ、野宿とかも初めてでしょうし」
「野宿もそうですけど、個人的には座りっぱなしなのがしんどかったです。ミーシャさんが貸してくれたクッションがなかったらと思うとぞっとします」
「役に立ったのなら、それはよかったわ。でも国境を越えるまでは馬車続きだから、早く慣れないとね」
「うぅ……はい……」
もうしばらくの間は馬車の旅は遠慮したいものだ。
でもミンネ聖教国に一早く到達するためにそうは言ってもいられないだろう。少しだけ気が重い。
「うむ、確かに」
「通っても構わんな?」
「すみません。少々馬車の中を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ん? あぁ、構わんが」
どうやら私とミーシャさんが話している間に門まで辿り着いていたようで、外から話し声が聞こえてきた。外にはオリヴァーさんの他に2人いるようだ。
彼らの交わしていた会話の流れから、誰かが馬車の中を確認しに来ることが分かった。
そうして馬車の後ろ側から回り込んできたのは、兵士に連れられた如何にも聖職者であるような恰好をした若い男だった。
聖職者の男は中を覗いて私たちの顔を見ると口を開く。
「この馬車に乗っているのは御者の方を含め、3人だけですか?」
「そうよ、御者のおじいさん1人にその護衛2人ね」
「そうですか、失礼いたしました」
聖職者の男はそれだけ確認すると軽く頭を下げた。……スライムたちは完全にスルーされたらしい。
何がしたかったのかはよく分からなかったが、もう用はないようなので馬車は門を通過して首都ユノレアエへと入っていく。
首都ユノレアエは首都というだけあって、この世界で今までに見た街の中でも一番の規模を誇っていた。
左右に建物が立ち並ぶ大通りには屋台をはじめとした多くの店が並んでおり、人通りも多いこともあって非常に賑わっている。これは外に出たときのヒバナとシズクが心配だ。
この通りを馬車で進み始めて賑やかな声が聞こえてきた時、ヒバナとシズクは小さく縮こまってしまったのだ。実際にたくさん人が歩いているのを見るとパニックを起こしてしまうかもしれない。
人が集まっている場所に近寄らないか、上手く安心させてあげるしかないだろう。
コウカは私の膝の上でリラックスしているので問題ないと思う。
◇
ウッド商会と看板に書かれた建物の前で馬車から降りた私たちはオリヴァーさんに驚かされることになった。なんでもオリヴァーさんはそのウッド商会の創業者で本名をオリヴァー・ウッドというらしい。
そんな人がどうして自分で馬車に乗って荷物を運んでいるのかと聞くと、どうやらすでに会長の座を息子さんに譲り、自分は自慢の馬と一緒にのんびりと運送業をやっているのだとか。
そんなこともありつつ、オリヴァーさんと別れたが、ミーシャさんも少し用事があると言ってどこかへ行ってしまった。
私とコウカたちだけになってしまったが、ミーシャさんには冒険者ギルドで待っているように言われたので冒険者ギルドを探そうと思う。
街の中を歩くとヒバナとシズクの様子が心配だが、2匹とも私の足元に張り付くようにして付いてくるので大丈夫そうだ。
赤の他人と私を天秤に掛けた結果、私を選んでくれたらしい。これがもし私に慣れてくれたからだったら嬉しいのだが、流石にまだ早いだろう。
ヒバナとシズクのメンタルの問題もどうにかなった今、問題として残るのはどうやって冒険者ギルドを見つけるかだが、誰かに聞いてみるのが早いだろうか。
いや、適当に冒険者みたいな恰好をしている人に付いていけばいいのか。
幸いにも冒険者らしき人はたくさん歩いていたのでその流れに沿うように歩いていくと、とても大きな冒険者ギルドが目立っていたため、すぐ見つけることができた。
それにしても本当に大きい。流石この国の首都と言ったところだろうか。冒険者の街と呼ばれていたファーリンドの冒険者ギルド以上の規模だろう。
入口も大きく、一度にたくさんの人が出入りすることもできそうだ。
観察しながら中へと入り、自然と冒険者が集まる依頼掲示板へ足を運びかけたが流石にヒバナとシズクに悪いと思ってやめておいた。
――ミーシャさんが来るまでは適当に座っておこう。
たくさん並べられているテーブルの中から端のほうの席を見つけ、陣取る。あまり人の寄り付かない端の方であれば、ヒバナとシズクも多少は安心だろう。
ここでも相変わらずスライムたちが目立つので多くの人に見られているが、近づいてくる人はいなかった。
「よう、テイマーのカワイ子ちゃん。1人かな?」
いや、前言撤回。やっぱりいた。
声を掛けられた方向に軽く目を向けると、少しキザっぽい笑みを浮かべた茶髪の男性がいつの間にか立っている。
だがその男性以上に目を引いたものが彼の頭と肩、腕にあった。
――鳥だ。男性の頭、肩と腕にはそれぞれ1匹ずつ鳥が止まっていたのだ。
これはもしかしなくてもアレだろう。
「もしかして、あなたもテイマーですか?」
「ああ、その通りだ。こいつらは全員、俺の大切な従魔なんだ」
男性は腕、肩、頭を順番に動かして鳥たちを強調する。そのときに頭の上の鳥が落ちそうになっていた。
「向かい側、座ってもいいだろ?」
「……はい。人を待っているので、そんなに長くいないとは思いますけど」
「お、それじゃあ。まあ失礼してっと……」
私の向かい側に男性が座ると、彼の腕に止まっていた鳥がテーブルの上に飛び乗る。
その鳥は同じくテーブルの上に乗っていたコウカのことをじっと見つめていた。
「自己紹介でもしようぜ。俺はカミュ、さっきも言ったけどテイマーであり、冒険者だ」
「私はユウヒです。私もテイマーですし、冒険者でもあります。よろしくお願いします」
カミュさんがテーブルの上で右手を差し出してきたので、私はその手を取って握手をする。握手を終えると、今度はお互いの従魔を紹介し合うことになった。
まずはカミュさんの番だ。
「こいつらはな――」
テーブルの上に乗っている青と緑の一番小さい鳥がブレスバード。
肩に乗っている鮮やかな青と緑の鳥がスカウトバード。
そして頭の上でカミュさんの髪の毛をぐちゃぐちゃにしている大きな鳥がレブルファルコンという魔物らしい。
どの鳥も見た感じは普通の鳥みたいだ。ファーガルド大森林で戦ったダークウルフも狼そのものだったから、普通の動物に近い形の魔物も多いのだろう。
「次は私の番ですね」
カミュさんの従魔紹介が終わったので、私もコウカたちを紹介した。
テーブルの上でジッとしていたコウカと違い、ヒバナとシズクはすごく嫌がっていたせいでほとんど紹介できなかった。
これにはカミュさんも苦笑いである。
そこからはテイマーの先輩として、カミュさんが色々な話をしてくれた。
カミュさんの頭に乗っているレブルファルコンのプライドとはなんとカミュさんが5歳の時からの付き合いで、今年で相棒歴24年目になるらしい。
お互い気の置けない仲らしく、プライドに対する歯に衣を着せない物言いをするたびに思いっきり頭を突かれていた。
自分の従魔の話をするカミュさんは満面の笑みで、彼が本当に従魔たちを大切にしているということがよく分かる。
実際カミュさんとプライドくらい仲良くなると、私が持っている《以心伝心》のスキルなんてなくても心を通わせることができるものらしい。
「従魔の世話ってすげぇ大変だから、俺や君のように比較的小さい魔物以外を連れているヤツはほとんどいないぜ。実際にテイマーのスキルを持っていても、1匹も従魔を持っていない人間も多いみたいだ。俺に言わせりゃ、人生損してんだろって感じだがな」
自分以外のテイマーを見るのは初めてだということをカミュさんに話すと、そのような言葉が返ってきた。
テイマーカードというものもあるのに実際に今までテイマーを見たことがなかったのは、そういう背景があったらしい。
確かに大きな魔物だと食費もかかりそうだし、自由に街の中を連れて歩くことができないのだから大変だろう。
「まあ、俺自身も――」
「あら、どんな色男かと思えば……久しぶりね、カミュ」
「うおっ!?」
カミュさんが椅子の上で仰け反っている。
「あ、ミーシャさん」
「はぁい、お待たせユウヒちゃん。カミュ、またテイマー相手に口説いていたのかしら?」
カミュさんの言葉を遮って現れたのはミーシャさんだった。
「この子、お前の連れだったのかよ。というか口説くとか誤解されそうなことを口走るのはやめてくれよ!」
「ユウヒちゃん、カミュに変なことはされなかった?」
カミュさんとは、ただ話していただけなので頷いておく。
後ろで騒いでいるカミュさんの言葉を飄々と受け流すミーシャさん。2人はただの知り合いというだけではないようで、なんだか親密そうな雰囲気だ。
「ミーシャさんとカミュさんは知り合いなんですか?」
気になったので尋ねてみた。
「そうよ。カミュとは2年くらい一緒にパーティを組んでいた仲なの」
「有名になってきてからは受ける依頼の内容とスタイルが変わったせいで解散したけどな」
2人とも少し懐かしそうにして笑っていた。
そしてミーシャさんがいたずらっ子みたいな笑顔でカミュさんに問い掛ける。
「今のあなたとワタシの実力なら、どんな依頼でもこなせそうなものだけど。どう、また一緒に組んでみる?」
「……いや、やめておく。世界中を飛び回るお前に合わせていたら、俺の身が持たねぇっての」
少し困ったように笑いながら、ミーシャさんの誘いを断るカミュさん。ミーシャさんも本気で誘っているわけではないようだった。
終始、和やかな空気で会話していたが依頼人との約束の時間が近づいてきたということで、ミーシャさん、私の順に握手をすると「また会おうぜ、スライムたちとは仲良くな」と言い残してカミュさんが立ち去ってしまった。
私とミーシャさんの2人でカミュさんを見送り、彼の姿が見えなくなるとミーシャさんはさっきまでカミュさんが座っていた、私の向かい側の席に座った。
「さて、少し大事な話をしなくちゃいけないの」
佇まいを正して真面目な顔を浮かべたミーシャさんに、自然と私の背筋もピンと伸びる。
「ワタシはあなたと一緒に聖教国には行けないわ」
「えっ」
ミーシャさんの言葉は衝撃的なものだった。だが私が何かしたとは考えづらいし、何か別の用事ができたということだろうか。
「……少しやらなくてはいけないことができてね。今日中にここを出発するの」
「そう、ですか……」
少し言いづらそうに話したミーシャさんが突然、私の目をまっすぐ見つめてきた。あまりに鋭い視線だったので、まるで心臓が掴まれているように錯覚する。
「1つだけ質問に答えて。あなたは“アリアケ・ユウヒ”ちゃんよね」
「えっ、はい。私は“アリアケ・ユウヒ”ですけど……」
急に何を聞くんだと思えば、私の名前を確認された。
この世界に来てからフルネームで名乗ることも呼ばれることも減っているが、ミーシャさんも私の冒険者登録の時に立ち会っており、何度か私の冒険者カードも見ているはずなのでこちらのフルネームを知っているはずだ。
冒険者登録の時の魔導具にも冒険者カードにも、“ユウヒ・アリアケ”という名前が刻まれていた。
あれ、“アリアケ・ユウヒ”って――。
「そう、それならいいのよ。急にごめんなさい。驚いたでしょう? コウカちゃんもごめんなさいね。だから抑えてくれると助かるわ」
気付くとコウカが体から魔力を溢れさせていた。
多分、私がミーシャさんから鋭い視線を向けられたことに反応したのだろう。私は大丈夫なのでコウカを落ち着かせようと試みる。
私がコウカを落ち着かせるために撫でていると、ミーシャさんが立ち上がって右手を差し出してきた。
併せて私も立ち上がり、コウカを撫でていた右手でミーシャさんの手を取る。
「もう行くわ。最後まであなたの旅路に付いていけなくてごめんなさい」
「いえ、聖教国までは元々私だけで行く予定でしたから。それよりもここまで一緒に来てもらえたのが、すごくありがたかったです」
ここまで一緒に来てくれたミーシャさんには本当に感謝の言葉しかなかった。
「……いい? この後も予定通り馬車の護衛依頼を受けつつ、ラモード王国に行くのよ。そしてラモード王国からは乗合馬車で聖教国まで行くこと」
「はい」
ミーシャさんの目を見て、しっかりと頷く。
何度も行き方は確認したので、ミーシャさんがいなくとも大丈夫だ。
「それじゃあまたね、ユウヒちゃん。コウカちゃんたちとは仲良くしなきゃだめよ」
「はい、ミーシャさん。……今まで本当にありがとうございました!」
こうしてこの街ユノレアエにおいて、この世界に来てから一番お世話になった人物であろうミーシャさんと別れたのであった。