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「母である私の承諾なく進めるなんて、許せるわけないでしょう!」
ケリーアデルの金切り声が響き渡った。
困り顔の司祭様は、ローゼマリア様の方に視線をずらす。すると、ローゼマリア様は毅然とした表情を崩さずに、淡々と事実をケリーアデルに突きつけた。
「ロックハート家からは私ローゼマリアが、そして、レドモンド家からはヴェルヘルミーナの祖母であられるファレル伯爵夫人が証人として署名いたしました」
「それがおかしいのよ! なぜ、母親である私がいるのに、わざわざ外から証人を呼ぶの!?」
ケリーアデルの訴えに、静かな微笑みを浮かべるローゼマリア様は、少しだけ首を傾げる。
「おや、おかしなことを言われますね。ヴェルヘルミーナの母はすでにご逝去されたと、聞いていますが。違いますか、ヴェルヘルミーナ?」
ローゼマリア様に答えるべく、私はドレスの裾を揺らして振り返った。
ことの顛末を知るお祖母様とフォスター公爵夫妻は、静かな表情のままでこちらを見ていた。ペンロド公爵様は脂汗をかきながら足をガタガタと震わせている。でも、横に座る夫人は瞳を伏せて微動だにしない。なんて、胆の座った女性だろうか。
「無能なあなたを育てた恩を忘れたの!?」
「私の母は……私が十歳の時、天に召されました」
「それは実母の話でしょう!」
「私の母は亡きマリーレイナただ一人でしたが、本日よりローゼマリア様を母と慕い、ロックハート家に──」
「お黙り、ヘルマ!」
趣味の悪い扇子を私に向けたケリーアデルが、けたたましく私を呼んだ。
その声に、条件反射的に体が震えた。
二度とケリーアデルに従うことはないと決心した今でも、その呼び名は私を無能で惨めな過去へ引き戻そうとする。
だけど、ここで引きずられちゃダメ。ケリーアデルを追い出すのよ。しっかりしないと!
乱れる気持ちを整えようと深く息を吐き出したときだった。
私の肩に、ヴィンセント様の手が添えられた。見上げると、そこに優しい琥珀色の瞳がある。
大丈夫、私は一人じゃない。
ここから始めるのよ。自分の手で、彼女を追い出すのよ。さあ、自分の口で告げなさい。ヴェルヘルミーナ、貴女は無能なんかじゃない!
大きく息を吸い、真っ直ぐにケリーアデルを見た。
「ケリーアデル。貴女をこの場に呼んだのは、祝福を頂こうと思ってのことではありません」
震えそうになる声を抑え、醜悪にこちらを睨むケリーアデルから視線を逸らさず、私は続けた。
「貴女と父には婚姻の事実はありませんでした。よって、ケリーアデルと亡き父アルバート・レドモンドの婚姻の無効を申し立てます!」
私の宣言に、ケリーアデルが目を見開いた。
「何を言うの!? 私は、アルバートと結婚の署名をしたわ!」
「それは認めます。ですが、その父は家に寄り付かず、リリアードの魔術師団で日々を過ごすようになりました」
「それは、あの人の仕事が忙しくてのこと!」
「えぇ。ですが、月に数度はお戻りになった。複数の侍女に確認しましたが、その間、父が貴女と夜を共にされたことはありませんでした」
「そ、それは、アルバートが疲れているだろうと思ってのこと!」
そう、レドモンド本邸にいらした時のお父様は、とても疲れていた。お母様がお元気だった頃は、魔術師団との行き来を苦にすることなんてなかったのに。
次第に、お父様は執務に手が回らなくなった。
それからよ。継母があたかも女主のよう屋敷で振る舞うようになったのは。
お父様のいないお屋敷は寂しかった。
きっとお仕事でお疲れなのよ。だから、私のことを気にかける余裕がないんだわ。お継母様がいうように、お疲れなのだから近づいてはいけない。──待つことも愛なのだと、幼い私は思い込まされていた。
だけど、お父様がお屋敷に戻るのを避けているようにも感じていた。今思えば当時、幼いながらお父様とケリーアデルの関係に違和感を覚えていた。でも、幼かった私は口を出すことはできなかった。
それが全て、幻惑から逃れるためだったとヴィンセント様に教わり、納得がいった。
目の前でヒステリックに騒ぎ立てる見苦しい姿に、今は哀れみすら感じる。
「貴族というのは血を重んじます。女は子を成さなければ認められません」
「レドモンド家には、すでにセドリックがいるでしょ! あなた達は小さかった。だから、私は教育を──」
「多くの子がいれば多くの貴族と繋がりを作れます。それに、私の養育がされた事実はありません」
「何をいいだすの!? 無能なあなたに私がどれだけの本を与え、読み書きを教えたのか忘れたの!?」
ケリーアデルの金切り声がむなしく響いた。
そうね。レドモンド家の書庫に閉じ込められ、目の前に難しい本を山積みにされ、読み終わるまで出てくるなといわれたことを覚えているわ。
お腹がすいて泣いていたら、お姉様とダリアがこっそりナッツやクッキーを持ってきてくれた。それをポケットに忍ばせて、ひたすら本を読んだわ。
物は言いようね。あれが教育だなんて、笑っちゃう。
「……ダリア、鏡をこちらに」
「はい、お嬢様」
控えていたダリアは、失礼しますと言って立ち上がると、数名の使用人を従えて屋敷へと入っていった。
しばらくして戻ってきた彼女たちは、私の側に大きな姿見を立て掛けた。
なんの変哲もない磨かれた鏡が、私の花嫁姿を映している。
「あなたが、教育と称して私にした仕打ちをここで話せますか?」
「な、何を言うの……私は、ちゃんと、淑女の教育を!」
「私はその扇子が嫌いでした。私の頭を、頬を、身体を叩くその扇子が!」
思い出すだけで体が痛む。心が苦しくなる。
頬が涙を伝った時、ヴィンセント様が優しくそれを拭って下さり、静かに額に口付けてくださった。
そう、もう泣くことなどないのだ。今日をもって、全ての真実を明るみに晒すのよ。
コメント
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第39話、読み終えたわ…! ヴェルヘルミーナがついに自分の口でケリーアデルに立ち向かうシーン、めちゃくちゃ熱かった🔥 ヴィンセント様の優しさに支えられながら「自分の手で追い出す」って決意するところ、強さの理由がちゃんと積み重なってて刺さったわ。扇子の話、胸が痛んだけど…あれを鏡の前で暴く構成、演出が巧いなって思った。続きが気になる!