一歩踏み込んだ関係に進むことに期待で胸を膨らませていたら、” ピンポーン ” っと、不意にインターフォンが鳴り響き、突然の音に眠っていた美優が驚いて泣き出した。
二人して慌てて離れ、私は美優を抱き上げ、朝倉先生は「誰だろう?」と呟きながらインターフォンの対応に向かう。
チラリと様子を窺えば「今、来客中だから困るよ」と焦るような朝倉先生の声が聞こえて来る。
その慌てた様子に「あの、私、帰りましょうか?」と声を掛けた。
朝倉先生は、首を横に振り、帰らなくていいよと私に口パクをする。
二言三言対応して、インターフォンを切ると朝倉先生はため息をつき、エントランスの開錠スイッチを押した。
「ごめんね。姉が突然やってきて、少し寄るって言うんだ。直ぐに帰らせるから……」
いきなり身内に会うなんて、と驚いたが、もう何処にも逃げられない。
さあ、覚悟をきめろ!
マザーズバックから化粧ポーチを取り出し、手鏡で口紅だけ直し、手櫛で髪を整える。
すると、タイミングを見計らったように玄関のチャイムが鳴った。
朝倉先生の身内に突然会うなんて、緊張する。
シングルマザーの私が、朝倉先生の恋人として認めてもらえるのだろうか?
はぁーっと、深呼吸をした。
扉が開き、朝倉先生の背中の先の人影から声が聞こえて来る。
「翔也、わたしを追い返そうだなんて、100年早いわ!」
開口一番、朝倉先生のお姉さんが、発した言葉に思わず、吹き出してしまう。
ザ・パーフェクトの朝倉先生もお姉さんに掛かれば赤子同然の扱いで、なんだか、ツボに入ってしまったのだ。
ククッっと、笑いをこらえていると、リビングに朝倉先生とお姉さん、そして二十歳ぐらいの女の子が入ってきた。
その二人を朝倉先生が紹介をしてくれた。
「姉さん、こちらは結婚を前提としてお付き合いしている谷野夏希さんとそのお嬢さんの美優ちゃん。谷野さん、私の一番上の姉、早川由佳と姪の真由美、真由美はmayuyuと言った方がわかるかな?」
すると、真由美さんことmayuyuに、興奮した様子で手を握られる。
「キャー! わたし、夏希さんに会ってみたかったんだ。イラストありがとうございました。表紙を夏希さんのイラストに変えてから読者さんが増えてランキングも一気に上位になったんですよ」
「はじめまして、由佳さん。真由美さんもありがとうございます。こちらこそ、mayuyuさんがご依頼くださったご縁で朝倉先生からお仕事を頂いたんですよ」
「私、キューピットだわ!」
「真由美、まだ挨拶も終わっていないうちからはしゃぎ過ぎよ」
由佳さんが真由美さんを窘めた。
「谷野さん、こちらこそよろしくね。5分ぐらい翔也をお借りするけどいいかしら?」
私が返事をする間もなく、真由美さんが由香さんに答えた。
「お母さんと翔兄が話している間、わたしが夏希さんと話をするから大丈夫」
「そう? よろしくね」
っと、由佳さんと翔也さんは別の部屋に入ってしまった。
二人で何を話すのか心配でもあったが、聞き耳を立てるわけにもいかず、諦めるしかない。
うーっ、気になる!
「夏希さんって、赤ちゃん居たんだ」
「そうなの。シングルマザーなんだけどね」
「翔兄が、気にしないならいいんだ。翔兄もあんな事があって辛かっただろうけど、乗り越えたんだね」
真由美さんの言葉を聞いて、以前、滝沢さんが言っていた「いつまでも過去の事を引き摺っていないで、落ちて来た幸せを見逃しちゃダメよ」という言葉を思い出した。
朝倉先生の過去を私は知らない。
「あんな事って?」
自分で訊ねておきながら、聞いていいのか分からずドキドキしてきた。
「えっ、ごめん。知らなかったの? てっきり知っているのかと思って……。わたしから聞いたって言わないで」
その言葉に頷くと真由美さんは、ゆっくりと話しだした。
「実はね。今から4年前、翔兄の奥さんが、妊娠中に交通事故で亡くなってしまって、暫く翔兄はショックでヒドイ状態だったの。当時は翔兄が自殺でもするんじゃないかって、みんなで心配して大変だったんだ。すっかり立ち直って良かった。今回の夏希さんとの付き合っているって話を聞いて、お母さんも喜んでいたんだよ」
想像もしていなかった内容に私は、ショックで言葉がでない。
自然と部屋の片隅へ置かれたベビーベッドに目が行く。
さっきまで美優が眠っていたその場所は、本来なら朝倉先生の赤ちゃんが眠った場所だったのではないだろうか。
心の中で、何だかわからない感情がグルグルと渦巻く。
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