テラーノベル
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部屋を出ていく義兄を見送った後、スマホを眺めて時間を確認し、僕はそのままリビングのソファに腰を落ち着けた。
現在午前0時半。さかえ義兄さんが起きてくるまであと8時間といったところ。
まあ、充電も十分だし、朝までスマホをここでいじっていてもすぐに飽きる。アラームをセットしてソファで寝てしまえばいいだろう。
そういえば、とふと思い出した。昔は本当に、明け方までベッドに横たわってスマホのショート動画を狂ったように見ていた時期があったっけ。
「陽充君、スマホの動画とか、ずっと見ているのに全然疲れなくて、いつの間にか夜が明けちゃったとか、覚えがないかしら」
心療内科の担当医である、老医師の敦森久子先生に、そういわれたことがある。人と目も合わせられず、口を開こうとすれば涙が止まらなくなり、心を落ち着けるために手の甲をかきむしり、スーツのポケットにカッターナイフを持ち歩いていた僕が、このままでは会社の人を殺しかねないと思った、そんなときに大学の同期が紹介してくれた先生だった。
診察室にはいつもアールグレイの香り。昔ながらのべっこう飴が、包み紙に包まれていくつか皿の上に置かれていて、口を開こうとしては涙をのみこんで口を閉ざす僕に、「泣いてもいいのよ」とそれを分けてくれたことを、今でも昨日のことのように思い出す。
「ショート動画、っていうのかしら? いろんな動画があって、色とりどりの画面が見られて、刺激がいっぱいあって。なぁんにも考えないでも、ただただ時間が過ぎていくでしょう。いやなことを考えなくてもいいから、気持ちが落ち着くのねぇ」
何も考えていない。そういわれたのが非難されているように感じた僕は慌てて謝ろうとしたが、それは悪いことではないのよ、と久子先生はつづけた。
「いやなことと向き合うには、脳がとってもエネルギーを必要とするの。陽充君の脳は今、そのエネルギーが回復していないのよ。疲れ切っているのに、運動場を全速力で3周走ってこい、だなんて言われたらイヤでしょう。それと同じなのよ。脳にも休憩が必要なの」
言われた言葉に、僕は少なからず救われた気がした。
「うつ病は甘えだ」
「昔はこの程度で音をあげる奴なんていなかった」――上司に言われた言葉を、僕は今でも忘れられてはいないし、乗り越えられてもいない。それでも。
「ただ疲れてしまっただけだ」
「疲れたのだから、休めばいい」――そう久子先生が言ってくれたことで、多少なりとも気持ちは軽くなった。
僕は息をつき、つんと鼻の奥に感じた痛みをごまかすように鼻をすすった。――そして、凍り付いた。
コメント
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ふわ…第9話「久子先生」、読んだよ。 久子先生の「泣いてもいいのよ」とか「疲れたなら休めばいい」って言葉、すごく沁みた。昔の上司に言われた「うつ病は甘え」って言葉をまだ乗り越えられてない陽充くんの心情、重くて苦しいけど…先生の優しさが温かくて、なんかもう胸がいっぱいになった。 最後の「凍り付いた」で終わる感じ、めっちゃ気になる。何があったんだろ…続きが気になるよ🤍