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#さしすせ組
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夏が来た。
外と中を隔てるガラスに水滴がつく。
悲しいほどに綺麗な空を裂き、飛行機が飛び立っていく。
窓を埋めるような青を眺めるうち、脳裏に浮かんだ。
遠い昔の、戻らない夏。
僕に普通を教えたのは、アイツだった。
一人称について言及したのもアイツ。
僕にとっての善悪の指針役をしていたのもアイツ。
高い青空。
まっさらな雲。
ひたすらにやかましい蝉。
あの時隣を歩いていたお前は、もう戻らない。
解けなかった数学の問題。
自販機で買ったコーラ。
首の詰まる制服。
どれほど懐かしんでも、もうそこに帰ることはない。
夏は去った。
自分ではない誰かのために怒れるような、そんな奴だった。
どれだけふざけても、どんな失敗をしても、俺を見捨てることはなかった。
むしろ一緒に騒いで、ふざけて。
道連れに夜蛾の『指導』を食らうのもしばしばだった。
あの任務の失敗以降、気づかないうちに俺達は背を向け始めていた。
天内理子の護衛。
何百年前からぎちぎちと絞まっていた運命の鎖を、たった一人の天与呪
縛が破壊したあの日。
賑やかさに笑っていたお前は、次第に笑わなくなった。
穏やかだったアイツの性根に呪いが根を張った。
最初は小さな違和感。
気づかないフリで踏み倒し続けて時間は流れ…
まもなく、花は咲く。
とある村が消えた。
アイツの形見はボタン一つ。
飲み込みきれないその事実は、未だに自分の中にポンと置かれたまま放置されている。
呪いより、人間が。
人間が、憎かった。
アイツを変えたのは紛うことない人間達だった。
百鬼夜行。
大勢の人間を巻き込んでの呪殺。
未曾有の呪術テロは、しっかりと記録に残されている。
半永久的に語られ続けるだろう。
アイツは最凶の呪詛師になった。
そして、一人の少年に追い込まれた。
莫大な力を持ったその少年。
自分自身を丸ごと捧げた、真っ直ぐに歪んだ呪いの前に、アイツは敗れる。
トドメを刺したのは誰でもない僕だ。
学生だった時のように穏やかに笑って、『夏油傑』は死んだ。
アイツは仲間のために人を殺した。
呪術師が虐げられる世界では心の底から笑えない、と。
そう告げた。
自分のためじゃない。
いつでも引き止められると思っていた背中は遠ざかり、いつしか向かい合う敵になっていた。
いつだって隣にいたから。
隣が空くなんて夢にさえ思わなくて。
手の届く範囲に居た時、僕はアイツを見ていなかった。
届かなくなって初めて、居なくなったことを知る。そう。
花は枯れた。
アイツの人生を吸って大きく育った花。
アイツのすべてを吸い尽くして枯れた。
今、枯れ木は動きはじめる。
アイツの体に別の魂が入った。
どうしたって受け入れがたい。
後に渋谷を壊滅させる大きな事件の中で。
僕はそいつに封印されることになる。
七海は死んだ。
野薔薇も持っていかれた。
悠仁は優しい子だから。
きっと、沢山の人を殺した宿儺を許せない。
強く聡い僕の教え子達は、僕のために動いた。
死滅回遊。
アイツの体を乗っ取った羂索が主催する呪い合い。
後からその話を聞いた。
沢山の教え子が参加していた。
段違いに強くなった子がいた。
前よりももっと聡くなった子がいた。
自分がお世話になったとある人が死んだ。
アイツはもう一度死んだ。
渋谷に続いて沢山の人を失い、それぞれが伸びしろを得た。
封印は解かれた。
僕は宿儺に負けた。
結果だけ見れば相打ち。
なんとも都合のいい考えだ。
アイツが居たならきっと、そう言って笑うだろう。
僕は南へ進む。
過去へと逆戻りする。
そうやって、何より大事なアイツに。
夏油傑に、会いにいく。
また飛行機が飛び立った。
夏の青空を白い機体が切り裂いていく。
隣の席が引かれた。
当たり前のようにそこに座り、飛行機を眺める傑。
窓ガラスについていた水滴はいつの間にやら消えていた。
静まりかえった空港に、女子中学生のはしゃぎ声とそれをたしなめる女性の声。
明るい笑い声と、どこか達観したようなため息も聞こえてきた。
飛行機を眺める傑の横顔を盗み見る。
もう、離れたりなんてしない。
大勢殺した犯罪者を。
仲間のために手を汚すのも厭わなかった呪詛師を。
わざわざ空港で待っていた親友を。
地獄の果てまで、連れ添ってやる。
戻れない夏の先に、会いにいく夏がある。
さらに進んでたどり着いた、戻れなかった夏と会えた夏。
失った冬を繰り返さぬように。
居ない春をもう味わわなくていいように。
俺はまた、傑に悪態をついた。