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最高でした。本当にありがとうございます。
重い体を引きずってなんとか家にたどり着く。
連日のてっぺん超えからの早朝開始の仕事はなんとか午後中には終わり、家まで辿り着けた自分を褒めてやりたいところだった。
いつものように鍵を開けて玄関の電気をつけ、扉を閉める。
指輪を取り、アクセサリー置きの上に置こうとして、手を止めた。
複数の指輪とネックレスが、照明の光を浴び、やや鈍く光った。
…そろそろ手入れしてやるか。
明日はやっと休みだ。
どうせ寝て終わるのだから今のうちにやっておきたい。
アクセサリー置きのトレイを手に取ると、カタン、とあのクロムハーツの指輪も揺れた。
いつものソファーに腰掛け…若干溶けた体勢で…手入れを初めてしばらく経った。
順々に磨き、くすみ色のクロスから現れるアクセサリーたちは本来の輝きを取り戻し、照明の光を受けて煌めいていた。
さて、と最後トレーに1つだけ残ったクロムハーツの指輪をつまんだ。
…好物は最後に取っておいた方が何かといいだろうから。
手にとってみればあまり使わないからか皮脂は目につかないが少しくすんでいるように見える。
…あまり使ってもらえなくて残念そうにしている勇斗の顔が思い浮かぶフォルム。
奇しくもその表情とえらく同じように見えたものだから。
早速クリーナーを少しつけ、親指の先で繊細になぞっていく。
クロス越しになぞったところから後を追うように光を受けて輝きだす。
…やっぱり使ってないからすぐに戻る。
別につけたくないわけじゃない。
色々気にしているうちにくすんできてしまったわけで。
指輪に罪はないので、少し哀れみの気持ちが表れてしまった。
ちら、と玄関の方を見やった。
…勇斗はまだ帰ってこないはず。
ちょっとだけ、つけてやるか。
久しぶりにつけるこの指輪は今まで着けてこなかったことを責めるかのように指に通してすぐ、冷え切ってなんともいえない感触を残した。
「つっ……めてーなこの野郎…」
理不尽に悪態をつきながら中指に通した。
根元まで辿り着いて手を離すと、キラキラと眩く光った。
手をかざしてみる。
…サイズぴったりなのがなんだか癪に触る。
しばらくじっと見つめていた。
指に収まる財はすっかり溶け込み、一体化している。
…多分、俺は疲れているんだと思う。
無性にその指輪が恋しく思えてきた。
…まあ、磨き直せばいいしな。
…そういえば最近忙しくて二人で時間取ることも満足にできていない。
仕事場で会うのと、家で会うのはわけが違う。
ぎこちなく手の甲を顔の前に近づけていく。
…所詮は寝顔にキスも満足にできないいくじなしだ。
だってあいつは確実に起きるから。
眠りも浅いうえに、ねだってこない限りしてこないやつの自発的なキスとなれば、飛び起きることは目に見えているから。
ドクン、ドクンと身体中が心拍に支配される。
心なしか耳も熱い。
その熱さと鼓動は指輪と己の唇が触れ合い、甘い音を立てた瞬間に最高潮を迎えた。
唇を離してついた息はやたらと温かかった。
…許して欲しいとしかいえない。
何か言われるのが癪で人前でつけられない、本人不在のところでしかできないいくじのなさを。
愛の言葉だって、欲しがってばかりで最近は言えてもいない。
行動で示しているつもりだが、果たして伝わってるのかどうか。
…まあ、得手不得手あるからな。
…なんか、看板とかあったらな。
俺らはこうです!みたいな。
…なんて。
そう思って立ち上がった時、玄関とリビングを隔てる扉がかちゃん、と音を立てた。
…帰ってきたか。
「おかえり、勇斗」
早速入ってきた勇斗に声をかけると「ただいま」とすぐに返ってきた。
…手にはあの指輪がはめられている。
ノールックでキッチンに向かいカタン、という音の後手洗いを始める。
「手入れしてんの?」
「明日休みだから今のうちに」
「へえー」
手を拭き終えてこちらに歩いてくると、そのまま隣にボフッと勢いよく座った。
…指輪、まだ外さないんだ。
顔をぐっと近づけて一つ一つじっくり眺める。
…不躾に手に取ってこないところも好きだ。
「こんな綺麗になるんだ。俺も手入れしようかなー」
「絶対したほうがいい。騙されたと思ってやってみ、めっちゃスッキリするよ」
じっとアクセサリーを1つ1つ見ながら首を回していた勇斗が、突然俺の手元を見て動きを止めた。
「それ、つけてくれたんだ」
「ん?あ、取り忘れた」
やば、と思って取り外そうとすると勇斗はものすごいスピードで手を取り、
「なんで取るの」
といった。
…そんなまじまじと指を見られると恥ずかしい。
「あのー、握力ゴリラさん。こちとら一応人間なんでそんな掴んだら指千切れるんですが」
「やめて人をゴリラにするの…俺にまたつけさしてよ」
「は?いいけど…いだだだだ!!お前さぁ!!」
「ごめんごめん」
容赦無く指輪を引っこ抜こうとする目の前の人間擬態ゴリラの頭をしばいた。
また楽しそうに笑いやがって。
指先を手に取ると「仁人さ」と話しかけられた。
「来年また指輪買ってきていい?」
…指輪を通しながら次の指輪の話をするな。
「来年?ずいぶん先の話するじゃん…まだわかんないじゃない」
「まあそうなんだけど…俺は仁人のこと信じてるから」
「…変な壺買わされないといいな、お前」
「仁人がなんとかしてくれるから大丈夫っしょ」
「いっとくけど借金の保証人にはならないからね俺。自分でなんとかしなさい。…別に指輪はいいんじゃない?」
中指の根元に辿り着いてもなお手を離さず、上目遣いでこちらを見た。
「またお揃いだけど」
「ごめん無理キショい」
「じゃあ…結婚指輪は?」
「ん…なんて??」
こいつは頭がおかしくなったのかと思って聞き直したが 曇りなき澄んだ瞳で。
…法律上成立しないはずだ。
…ああ、ガチなんだろうな、この目。
「俺らこんなだし、あんまり変わらないと思うけどさ、せめて形にはしたいなって。…つけなくてもいいから」
言葉に詰まった。
…来年のことなんか考えたことなかった。
「…あ」
「ごめんごめん、冗談」
すぐにいつも通りいたずらっぽく笑った。
笑おうとした顔は引き攣るのを感じた。
…心臓を握りつぶされそうな心地になる。
刺された心の痛みから、じわじわと血が広げられていく感覚があった。
勇斗はちゅ、と指輪をつけた指先に一瞬だけキスをした。
反射的に感じた。
…今言わないで俺はいつか言える人間になれるのか。
手を取られた左手で、勇斗の指先をぐっと握った。
案の定、勇斗は手を引っこ抜いて逃げようとしていたのであろう。
手が抜けられずに驚いたのか、丸い目でこちらを見た。
なぜか、その目と合わせられなかった。
勇斗の下腹に目線を落とした。
…何から言うか。
まずは、謝らなければならない。
「…あのさ、勇斗」
唾を飲んだ。
なぜか喉は一瞬で干からびたから。
「すぐ返事できなくてごめん。俺先々のこと全く考えてなくてさ…うん…」
徐々に小さくなっていく声。
「いや…違うな…うーん…」
考えることが怖かったからだ。
…言い訳がましいか。
「…いや、でも」
ここで初めて勇斗の顔を見た。
…こんなに言葉を時間をかけて選んで伝えているときも焦らずにただ真っ直ぐに見つめてくれる勇斗のことを神様かと思った。
その目にはすぐに答えを出せなかったことへの失望や絶望はなかった。
ただ純粋に、舞台の開演を待つ時のように俺の次の言葉を待ち続けている。
…いや、どんな言葉をしてもきっと言い訳になってしまうだろう。
その聡明な瞳に萎縮する気持ちに鞭を入れた。
…今、行動を起こさないと。
その目に吸い込まれるように体が勇斗の方へ引き寄せられた。
首に腕を巻きつけて頬が勇斗の耳とくっついたとき、勇斗が「おっ」と驚いたように声を上げた。
…なんだよその反応。
なんかもっとあるだろ。
「…俺、意外と重いよ?勇斗が嫌でもずっと背後霊みたいについて回るよ?後悔しない?」
胸の内の蟠りが剥がれ落ちるようにぽろぽろと言葉が溢れた。
心なしか、語尾が震えた。
正直自分が来年まで持つかとか心配してない。
それより、勇斗に嫌われないか、気変わりしないか、お互いどこかで死んで終わりにならないか。
…馬鹿な話かもしれない。
けど、全然0とは言えない未来だから、少しでも悪い想像をしておきたかった。
そうすれば傷つくことないし、なんて。
勇斗がふっと笑って背中が揺れた。
…背中と後頭部の上の方から温かい手のひらの感触があった。
後頭部にはぽんぽん、と2回慰めるようにはたいた。
…あの、コツコツ当たる指輪が痛いんですが。
「俺から見た仁人そんなかっこいい?もうとっくに知ってるよ、ダッセェやつってことは」
「お前は俺をどうしたいの???傷つけたいの???」
「うるさっ。…でも」
体を離して、今度は少し伏せ目がちに呟いた。
「…そういうとこがいいんだよなあ」
何かレスポンスを返す前に、「あ」と勇斗が声を上げた。
「俺に指輪つけてよ」
ああ、めんどくせえのが始まった。
かっこいいなと思った自分がアホらしい。
「はいはい。貸して」
イキイキとした顔で鼻の下伸ばしてフンスフンスと待ち構えている。
…茶化してるだろこのデカワンコめ。
ドッグランに離してやろうか。
「じっとしてて」
勇斗の関節にひっかからないように指先に神経を集中させる。
付け根に到着した時、あの時と同じ声色で言った。
「私たち、婚約しましたー」
「嘘でしょお前婚約指輪前提でこんな財買ったの??」
「違うよ?これはいつか他のメンバーにも同じものあげるって言ったじゃん」
「覚えてるかー。…あーなんかそれはそれで癪だわ」
「安心して、来年本物渡すから」
「あっ、確定なんだ」
「ね、仁人」
急に雰囲気が大人びた勇斗の声に、ぴりっと全身が空気を感じ取った。
勇斗の目が、己の瞳を閉じるよう要求している。
…わかったよ、閉じりゃいいんでしょ。
スッと瞳を閉じれば、肩に手を置かれた数秒後、唇に柔らかい感触を感じた。
下唇を唇で噛みほぐすように啄まれるそれに応えれば、後ろの髪をぐちゃぐちゃに乱しながら一種の勝負事のようにそれは高まった。
額からじっとりとへばりつく髪の根元を感じながら、熱烈なそれをぶつけ返した。
溢れ出る想いに負けじと背中に手を回して服を掴む。
…どんな指輪の代わりに出来る最大限の愛情表現の術が、これに応えることしか今の自分には思いつかなかったから。