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楽屋の隅で、目黒蓮は虎視眈々とチャンスを狙っていた。ターゲットは、資料に目を通している阿部亮平。今日こそは、新しく見つけたカフェに誘うんだと心に決めている。
「よし、今だ……」
目黒が腰を浮かせた瞬間、爆弾のような明るい声が部屋に響いた。
「あべちゃーん! 見て見て、このアニメの新作グッズ、ヤバくない?!」
「わあ、佐久間! すごいね、これ限定品?」
佐久間大介が、嵐のように阿部の隣に滑り込む。二人は顔を寄せ合い、楽しそうにスマホの画面を覗き込んでいる。阿部の柔らかい笑顔は、目黒が独占したかったものだ。
(……まただ)
目黒は力なく椅子に座り直した。
ここ最近、目黒が阿部に近づこうとすると、必ずと言っていいほど佐久間が間に入ってくる。それも、無邪気で一切の悪意を感じさせない完璧なタイミングで。
(佐久間くんも、阿部ちゃんのこと……好きなのかな)
そう思うと、胸の奥がチリりと焼けるように痛む。佐久間の明るさや、阿部との長い付き合いには勝てないような気がして、目黒は一人、唇を噛んだ。
その日の夜。
番組の打ち上げの後、目黒は忘れ物を取りに楽屋へ戻った。すると、廊下の陰で誰かが話し込んでいる声が聞こえる。
「……佐久間、いい加減にしなよ」
聞き覚えのある、少し厳しさを孕んだ阿部の声。目黒は思わず足を止めた。
「何のこと〜?」
「トボけないで。目黒が俺に話しかけようとするたびに、わざと邪魔してるでしょ。……目黒が可哀想だよ」
目黒の心臓が跳ねた。阿部ちゃんは気づいていたんだ。
やっぱり、佐久間くんは阿部ちゃんが好きで、ライバルの俺を遠ざけてるんだ——そう確信した瞬間、佐久間の返ってきた言葉は、予想もしないものだった。
「……だって、そうでもしないと、目黒はずっと『阿部ちゃん』ばっかり見てるじゃん」
佐久間の声から、いつもの陽気さが消えていた。
「俺のことなんて、ただの賑やかな先輩としか思ってない。……俺、目黒が好きなんだよ。阿部ちゃんに嫉妬してる目黒の顔を見てるの、辛いんだもん」
衝撃で、目黒は動けなくなった。
佐久間くんが好きなのは、阿部ちゃんじゃなくて……俺?
「……知ってるよ。でも、やり方が子供すぎる」
阿部の声が、一段と低くなる。
「佐久間の気持ちはわかった。でもね、俺も目黒のこと、誰にも譲る気ないから」
「え……?」
潜んでいた目黒の耳に、阿部の決定的な宣言が届く。
「邪魔するなら、俺も本気でいくよ。——目黒? そこにいるんでしょ」
名前を呼ばれ、目黒はビクリと肩を揺らして姿を現した。そこには、驚きで顔を赤くしている佐久間と、すべてを見透かしたような、冷徹なまでに美しい微笑みを浮かべた阿部がいた。
「あ、阿部ちゃん……佐久間くん、も……」
「全部、聞いちゃった?」
阿部が一歩、目黒に歩み寄る。佐久間は切なげに目黒を見つめた後、「……あーあ、俺の負けか」と小さく呟いて、逃げるように走り去っていった。
二人きりになった廊下。阿部は目黒の手首を掴み、そのまま無人の楽屋へと引き入れた。
「阿部、ちゃん……俺、阿部ちゃんが佐久間くんのこと好きだとばかり……」
「俺が好きなのは、ずっと前から目黒だけだよ。……あんなに分かりやすくアピールしてくれてたのに、他の男(佐久間)のことばっかり気にするから、少しお仕置きが必要かなって思ってた」
阿部が目黒を壁に押し付け、その長い腕で閉じ込める。
「……今夜、ホテル行こうか。佐久間のこと、一秒も思い出せなくなるまで、俺がたっぷり教えてあげる」
目黒の瞳に、阿部への純粋な恋心と、初めて向ける情欲が混ざり合う。
「……はい。阿部ちゃんのことしか、考えたくないです」
二人の影が重なり、深い口付けを交わす。
遠回りした恋のベクトルが、ようやく一つの場所で強く、深く結ばれた夜だった。
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