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「――あ、無い」
「ありませんね……」
「ここに置いておいたんですか?
っていうことは――」
次の日の朝、例の自作宗教の展示施設を訪れてみると――
……ガルルンの置物の前に置いておいた、育毛剤が無くなっていた。
開館から1時間ほどしか経っていないのに、もう無くなっているとは。
「あ!」
「え?」
後ろから声がしたので振り返ってみれば、そこには昨日の夜に袖の下を渡した職員さんがいた。
「あ、おはようございます」
「おはようございます!
あなたが仰った通り、朝一番で訪れた方がいまして……その方が、瓶を持っていきましたよ」
「そうでしたか。どんな表情をされていましたか?」
「はい。ここに来たときは絶望に満ちた顔をしていたのですが、例の瓶を見た瞬間……とても顔を輝かせて。
……あの、ガルルン教というのはどういった宗教なのでしょうか? 私もとても興味を持ってしまいました」
「はい。この展示スペースにあるものが全てで、そして真理です」
「この展示スペースが……?
確かにこの広々とした空間、何かを訴えかけてくるような――」
「あまり難しく考えないことです。
ありのままを受け止めてください」
「ふむ……分かりました、ありがとうございます!
たまにあの前に立って、心を無にしてみますね!」
そう言うと、職員さんは一礼をして仕事に戻っていった。
「……アイナさん、よくもまぁあんなことを自然に言えますね……」
「あはは、才能ありますか?」
「アイナさんは実際、錬金術で奇跡みたいなことを起こしますからね。
それを裏付けに使われてしまえば、言葉にも重みが増すと言いますか……」
「最終的に、信じた人が救われれば良いと思いますよ。
まぁそれがガルルンだったとしても、そうじゃなくても」
「ああもう、また良さげなことを言うんですから!」
「あはは、それっぽく言うのは得意です!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
育毛剤が無くなったことを確認したあと、私たちは外に出た。
今日も今日とて良い天気だ。
……っていうか、そういえば悪天候に見舞われたことはまだ無いなぁ。
「さて、アイナさん。今日はこれからどうしますか?」
「ジェラードさんからミスリルの話があるのは夜ですから――
……今日はそれまで、特にやることはありませんね」
「平和って、素晴らしいですねー」
「そうですねー」
まったりとした空気が流れる。まったりというか、だらだらというか。
まさに中だるみの時間――……そんな感じだ。
「ちなみにミスリルが手に入ったら、メルタテオスにはもう用は無いんですよね?」
「はい、本来の目的がそれだけでしたから。
買い物とかも、一通り済ませていますし」
「特にやることが無ければ、冒険者ギルドでひとつくらい依頼を受けてみませんか?」
ルークから、思わぬ提案が出てきた。
依頼かぁ……。
最近は全然受けてなかったし、それも良いかな?
「エミリアさんはどうですか?」
「はい、良いと思います!
たまには戦わないと、勘が鈍りますからね!」
「……あ、はい。魔物討伐が前提なんですね……」
「アイナさんのアーティファクト錬金で、いろいろと強くなりましたからね!
ぜひ試してみたい、っていうのもあります」
「そういえば確かに、作ったあとは依頼受けていませんでしたもんね……。
分かりました、それでは魔物討伐の依頼を受けてみましょう」
「はぁい」
「はい、ありがとうございます!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――というわけで、私たちは昼過ぎにメルタテオスの北部の山麓、小さな村を訪れていた。
数は少ないけど羊が飼われていて、メェメェと鳴いている。……うん、可愛い。
「わぁ、のどかで良いところですね」
「牧歌的な感じが良いですね。
……えっと、ここに暴れ猪がいるんだっけ?」
「はい、何でも村人が数人やられたとか。
働き手が少ない村なので、これ以上の怪我人は増やしたくない……という理由で、冒険者ギルドに依頼がいったようです」
「なるほど、それじゃ早く倒しちゃわないとね」
「はい。では目撃情報があったところに移動を――」
ルークがそこまで言ったところで、遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。
「きゃーっ! た、助けてーっ!!」
「ルーク!」
「はい、先に向かいます!」
私がルークに声を掛けると、ルークは声のした方に向かって走り始めた。
悲しいことに、私の足の速さはルークの足元にも及ばないからね。
ひとまずは先に行ってもらうのだ。
ちなみに私は、エミリアさんよりも遅い。
「アイナさーん、わたしはどうしましょう!?」
「あ、はい! 私に構わず先に行ってください……!」
「分かりました! それではまた後ほど!」
そう言うと、エミリアさんはスピードを上げて走って行った。
法衣の裾、長いのになぁ……。よくあんな速さで走れるなぁ……。
私も頑張って走ろう……。
――とはいうものの、悲鳴が聞こえる程度の距離なので、早々に辿り着くことはできた。
でもこういうときは時間勝負だからね。速く走れるように、日頃から鍛えておきたいところだ。
さて状況は……と確認してみると、しゃがみこんだ女性を守るように、暴れ猪と対峙するルークがいた。
その傍らでは、エミリアさんが支援魔法を使っている。
「ルークさん、支援おっけーです!」
「ありがとうございます! それでは……参ります!」
ルークが暴れ猪に強襲を仕掛けると、意外に素早い暴れ猪はそれを避けた。
とはいえスピードはルークの方が速いので、暴れ猪は徐々に追い詰められていく。
「牽制をします! ルークさん、避けてくださいね!
シルバー・ブレッド!!」
エミリアさんが攻撃魔法、シルバー・ブレッドを撃ち放つ。
これで怯んだ敵をルークの剣が襲う、というのが私たちの必勝パターンなのだが――
ズゴオオオンッ!!!!
「……へ?」
「……あれ?」
「……おおぅ?」
大きな音と共に、暴れ猪は大きく吹き飛んだ。
当たったのはエミリアさんのいつもの魔法、シルバー・ブレッドではあるのだが――
「……エミリアさん?
今の、凄かったですね……?」
「あれぇ……?
……あ、そうだ! わたし、例のイヤリングを付けてました!」
忘れていたかのように、エミリアさんが耳に付けたイヤリングをアピールする。
「あ、ああ……、エコーの効果で威力が倍になっていたんですね……」
「確かに支援魔法も、いつもより強力でしたからね……。
それにしても、今回はエミリアさん一人で倒してしまったようなものですか」
ジェラード曰く、『エコー』は『国にひとつでもあればすごいレベル』くらいの代物なのだ。
暴れ猪なんて、余裕で倒してしまうか。
そんなことを考えていると、暴れ猪の荒い息遣いが小さく聞こえてきた。
「……グルルル、ガフゥ……」
「あ、まだ息はあるみたいです! みなさん、気を付けて!」
「ルーク、私ちょっと暴れ猪に近寄ってみたいんだけど……護衛をお願いできる?」
「え? あ、はい。
危険ですので背中側から向かいましょう」
そう言いながら、私とルークは暴れ猪に近付いた。
私はそのまま、右手で暴れ猪に触れて――
「アイナ様、何を……?」
「ふふふ、私も使ってみたかったのだ。
いくよー、クローズ・スタン!!」
――バチバチバチィッ!!
そう、アーティファクト錬金で指輪に付いた魔法、クローズ・スタン!!
私が魔法の名前を口にすると、激しい雷が発生して暴れ猪を襲った。
「おお、すごい……」
「うわぁ、痛そう……」
「素晴らしい、アイナ様が魔法を――」
「……グルル……グフゥ……」
暴れ猪はまだ生きているようではあるものの、気を失った。
それにしても、てっきりスタンガンくらいの電撃をイメージしていたんだけど、ずいぶんと大きな雷のようで……。
「でもこれ、凄い魔法だねぇ……」
「護身用を超えていますね……」
エミリアさんとそんなことを話したあと、ぼーっとしているルークに気付いた。
「あれ? ルーク、どうしたの?」
「……いえ、アイナ様のクローズ・スタンにしろ、エミリアさんのエコーにしろ、凄いなぁと思いまして……。
私も何とか、属性統合を使えるようにしなければ……!」
……確かに、凄い効果が目白押しだからね。
でもルークの属性統合は、使えるようになるまでは先が長そうだからなぁ……。
あまり無理はしないで、焦らないでやってもらいたいかな?