テラーノベル
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「おっしゃ、完璧」
「え~! 僕、半分しか自信ない……」
後ろの席の優人が机に項垂れて、不安な声を漏らしている。
「優人、毎回それ言うてる気がするわ」
ははっと笑って、本日最後のテスト用紙を受け取った。優人の母親もうちと同じで「かまってちゃん」らしいから、家では集中できないんやろうな。毎時間、夜でもないのにお夜食を作ってきそうな過保護ぶりは、優人のわがままボディによく表れている。
「……あ、」
前の席に用紙を回そうとした時、ポケットの中でチャリ、と硬質な音が響いた。
昨日、新先生に渡しそびれた屋上のスペアキー。
あのお姫様みたいなエスコートに舞い上がって、すっかり忘れていた。新先生も先生で、職員室に戻った後も鍵のことなんて頭になかったみたいや。
「秀太くん、今日は一緒に帰ろ!」
子供みたいに寄ってくる優人に、「ごめん、用事あるわ」と手を合わせて先に行くよう促す。
ただ鍵を返しに行くだけなら、優人と一緒でも構わない。あるいは、明日返したっていい。
けれど、俺の目は確かに捉えていた。
新校舎の屋上に、白い白衣と、微かな煙が揺れているのを。
「……お邪魔します」
優人を見送った後、周囲の視線がないことを確認して階段を駆け上がった。
運動は苦手な方やけど、今この瞬間だけは、陸上部のエースより速かったんじゃないかと思う。
「……あ、中目くん。昨日はどうも」
扉を開けると、先生はすぐに振り返り、優しい笑顔でぺこりと頭を下げた。
月光に照らされる姿も綺麗だったけれど、太陽の下、一点の曇りもなく美しい人なんて本当に存在するんやな。
「……いえ、こちらこそ。昨日はありがとうございました、助かりました」
昨日の車内、緊張のあまり何を話したかほとんど覚えていない。優人や上重の名前を出したような気はするけれど。
「ふふっ。来ると思ってた」
綺麗な顔で笑いかけ、新先生は再びタバコを一口吸ってから空を見上げた。
……やっぱり、バレてるんや。俺が先生に惹かれていること。
それにしても、この匂い。いくら、綺麗な新先生が出している匂いとはいえ、咳が出そうで耐えられない。
それに、台無しや。タバコを吸う仕草は様になっていて見惚れるほどやのに、なんで、こんなものを吸おうと思ったんやろう。
「……タバコ、なんで吸い始めたんですか?」
先生の背後にある段差に腰掛け、問いかける。
「……虫除け、かな」
色んな意味を含んだ言い方で、新先生が低く笑う。
ああ、そうか。新先生は先生なりに、溢れ出してしまうその色香を、タバコの不快な匂いでガードしようとしてるんやな。
新先生と一緒にいるためには、この「タバコ」という難問をクリアしなければいけないのか。
期末テストよりも、よっぽど難題や。
新先生はタバコを灰皿に押し付け、少し間を空けて俺の横に座った。それでも、自然と俺の目線に合わせようとしてくれる。この人自身、気づいていないんやろうな。こういうところが、無自覚な「人たらし」なのだということに。
「……でも、彼女に嫌がられないんですか? その匂い」
「ん?彼女?」
少し勇気を出して聞いてみた。意外なほど早く反応が返ってきて、つい期待してしまう。
まさか「いない」なんて、有り得もしない返事が来るんじゃないか? あまりに神々しすぎて、誰も近寄ってこれない――なんてことも、この人ならあり得るかもしれない。
「……まあ、『苦い』とは言われるな」
ふふっ、と思い出しながら、新先生は幸せそうに笑った。
ああ。この人、彼女のことがめちゃくちゃ好きなんや。
何も経験していない俺でも、その言葉の意味は一瞬で理解できてしまった。
キスをすると、苦い。
自分がされたわけでもないのに、口の中が少しだけ苦くなった気がした。それと同時に、有り得ないくらい顔が熱くなる。
「……ごめん。刺激が強すぎたかな」
悪戯っぽく笑って、俺の顔を覗き込んでくる。
ほんま、天然なのか計算なのか。これ以上俺を弄ぶのはやめてほしい。
「……生徒相手に言うことちゃいますよ、それ」
赤くなった頬を冷たい手で冷やしながら、必死に声を絞り出す。
ここで「新先生に恋する生徒」から、「新先生と仲のいい生徒」に切り替えないと、この穏やかな関係が終わってしまう気がしたから。
「なんか、中目くんと話すの楽しいねんな」
ふふ、と優しい笑顔を向けられる。
……ほんま、そういうのやめてくれ。今、切り替えようって決めたところやのに。
「そう……なんですか? 俺はずっと翻弄されてる気がしますけど」
「ん? そうかな? 俺は楽しいよ。素顔のまま生徒とこうやって話すことなんて、普段はできひんからな」
「……確かに。それはしんどいかも」
「やろ?」
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