テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
巨大な樹木の太い枝の上。葉陰に身を潜めた俺は、外套を毛布代わりに丸くなり、静かに目を閉じていた。樹海のあちこちから、未だに呑気な魔族どもの怒号や爆風の音が遠く聞こえてくる。だが、俺の半径百メートル以内に仕掛けたワイヤーと地雷の領域(ゾーン)に踏み込んできた者はまだいない。
「……ふぅ」
完徹の疲労と心地よい微風に、まぶたが急速に重くなる。
そのまま意識は浅い眠りへと落ちていき――冷たい暗闇の底で、古い記憶の引き金が弾かれた。
◆
『立つな、クロード! 骨が折れていようと、心臓が動いているなら引き金を引け!』
泥と吐血の臭いが充満する、薄暗い地下の鍛錬場。
俺を見下ろす男の手には、血に濡れた鞭と、バラバラに解体された機械式の拳銃が握られていた。
『お前はハーフだ! 魔力もスカスカの出がらしだ! 魔族の脳筋どもと同じように魔法を詠唱していれば、一秒後に頭を吹き飛ばされて終わる!』
幼い俺の体は傷だらけで、指先は摩擦で皮膚が裂け、激痛で震えていた。
だが、男――人間界の泥臭い戦術を叩き込んできた俺の師匠は、容赦なく俺の胸元を蹴り飛ばした。
『泣くな! 思考を止めるな! 0.1秒の隙を見逃すな! 人間が魔族を殺す手段は、知識と、準備と、冷徹な一撃だけだ! 何百回死ぬ覚悟でその体に叩き込め!!』
何度も倒れ、何度も吐き、指の感覚がなくなるまで銃の分解と結合を繰り返した。
魔法という絶対的な暴力に踏みにじられないために。ハーフというだけで踏み潰される理不尽な世界で、唯一生き残るための「地獄の鍛錬」――。
◆
「――ッ!?」
ガバッ、と跳ね起きるように目が覚めた。
心臓が早鐘のように打っている。呼吸は乱れ、冷や汗が額から頬を伝って外套へと落ちた。
「……ハッ、最悪の夢だ」
荒い息を整えながら、手元を確認する。
寝起きの一瞬であっても、右手に握られた拳銃の安全装置(セーフティ)は無意識のうちに解除され、指はしっかりと引き金にかかっていた。体に刻み込まれた地獄の習性は、夢から覚めても消えてくれないらしい。
冷や汗を手の甲で拭い、胸の奥の重苦しい熱を深呼吸で吐き出す。
「……死ぬような鍛錬をしてきたんだ。こんな温いサバイバルで遅れを取るわけにはいかないな」
その時。
俺が潜む樹の真下――昨夜仕掛けた鋼鉄ワイヤーのエリアから、微かな「カチリ」という金属摩擦音が鼓膜を叩いた。
思考を切り替える。冷徹な暗殺者のスイッチが、瞬時にカチリと入る。
枝の隙間から下を覗き込むと、そこには大柄な候補生が一人、周囲を警戒しながら慎重に足を進めていた。俺の仕掛けたワイヤーの不自然な張りに、寸前で気づいて足を止めたらしい。
「ふん、ハーフの仕掛けた罠か……甘いな」
候補生が嘲笑い、ワイヤーを魔法で焼き切ろうと手に炎を宿した、その一瞬。
「――お前の方が、甘い」
樹上から見下ろす俺の瞳に、冷ややかな光が宿る。
夢の中の地獄に比べれば、魔法の詠唱を始めるこの「1秒」は、あまりにも長すぎる隙(スキ)だった。
俺は躊躇なく、真下の獲物に向けて引き金を引いた。
n a ♡︎︎ *
124
蒼月
766
グリルタ
72
コメント
1件
いやあ、今回のエピソード、めちゃくちゃ重くて良かったです…。クロードの過去が地獄すぎて息が止まるかと思いました。師匠の「魔力がスカスカの出がらしだ」って言葉、容赦なさすぎるけど、それだけの覚悟と現実を叩き込まれたんだなって伝わってきました。それに、夢から覚めた直後でも無意識に安全装置が解除されてて、指が引き金にかかってる描写、あれがもう「体に染みついた地獄の習性」って感じでゾクッとしました。キュルノさん、この世界観の作り込み、本当に好きです。