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「お? なんだ〜? 懐かしいもの見てるなぁ」



 そんな軽快な声を響かせながら、ダイニングへとやって来たお父さん。

 テーブルに広げられているアルバムを覗き見て、「懐かしいな〜」と言ってニコニコと嬉しそうに微笑んでいる。その手元にチラリと視線を移してみれば、そこには写真らしき物を持っている。



「お父さん。もうプリントできたの?」


「……ん? ああ、もう終わったよ」



 アルバムから視線を上げてニッコリと微笑んだお父さんは、手にしている写真の中から一枚だけ引き抜くと私に差し出した。

 その写真を受け取ると、残りの写真をアルバムに入れ始めたお父さん。



「いやぁ〜、本当に可愛いなぁ。二人共っ」



 そんな事を言いながら、デレデレとした顔をするお父さん。そんなお父さんが整理しているのは、私と彩奈が写っている大量の写真。

 あの地獄のようだった三十分間に、これだけの量を撮影していたのかと思うと……。目の前にある写真達を眺めて、その多さにドン引きする。渡された一枚の写真と見比べて、私はその枚数の違いに思わず顔を引きつらせた。



(お父さん……今日の主役はお兄ちゃん達なんだよ? 何の為にデジカメ持って行ったのよ)



 そんな事を思いながら自分の手元へと視線を移すと、※銘板めいばん前で全員並んで撮った写真を見つめてクスリと笑い声を漏らす。


※校門にある学校名の書かれた看板のこと※



「お父さん。はい、これも」


「ん……? ああ、良く撮れてるだろ? それ」


「うん、そうだね」


「よしっ。じゃあ……この写真はここだな」



 私から写真を受け取ったお父さんは、ニコッと爽やかに笑うとその写真をアルバムに収めた。



「響は相変わらず泣き虫だなぁ〜」



 そう言ってハハハと豪快に笑うお父さん。



(うん……お父さんもね)



 そんな事を思いながら、たった今アルバムに収められたばかりの写真を眺める。

 そこには、とても幸せそうな笑顔を浮かべる私の姿と、その後ろで私を抱きしめながら泣いているひぃくんの姿が写っている。

 私は思わずクスッと笑い声を漏らすと、その写真にそっと指で触れてみる。



(本当に泣き虫だよね……。大好きだよ、ひぃくん)



 私を想って涙を流すひぃくんの姿を見ていると、何だかそれがとても愛おしく思える。

 写真を眺めながらそんなことを考えている横で、優しい眼差しで私を見つめているお父さん。そんな視線に気付かないまま、私は幸福感からフフッと小さく笑みを溢した。



「──花音」



 背後から聞こえてきたその声に振り向いてみると、そこにはニコニコと微笑むひぃくんが立っている。



「……っ」



 何だか異常に嬉しそうに微笑むひぃくんを見て、私は反射的に思わず一歩後ずさった。



(長年の経験から、嫌な予感しかしない……)



 目の前のひぃくんを見ていると、何だかそんな気がするのだ。



「約束、覚えてるよね?」



 そう言ってフニャッと笑って小首を傾げたひぃくん。



(……え? 約束? 私、何かひぃくんと約束したっけ? …………。ダメだっ、全然思い出せない……)



 どうやら約束をしたらしい私は、その約束を忘れてしまった罪悪感から、幸せそうに微笑むひぃくんを見上げてヘラッと笑った。



(ごめんなさい。……忘れました)



 そんな事言えない私は、何とか誤魔化そうと必死で笑顔を作ってみる。

 そんな私の口元がピクリと引きつった、その時。目の前のひぃくんがニッコリと笑むと、私に向けて嬉しそうに口を開いた。



「高校卒業したら、結婚するって約束したでしょ?」



 そう告げると、私の手を取って婚姻届を渡したひぃくん。しかも、ご丁寧な事にちゃっかりとボールペン付きだ。



「えっ……?」



 手元の婚姻届を見つめて、暫し放心状態のままその場で固まる。

 そんな私を見てニコッと笑ったひぃくんは、私の腕を掴むと近くにあった椅子へと座らせる。そして私の右手にボールペンを握らせると、「はいっ。ここに名前書くんだよー?」と言ってフニャッと嬉しそうに微笑んだ。




 ────!?




「……っえ!? ちょっ、ちょっと待って、ひぃくん! 私そんな約束してないよっ!?」



 椅子に座ったまま軽く飛び跳ねた私は、隣にいるひぃくんを見つめて両目を見開いた。

 私はそんな約束をした覚えなどない。一体いつ、そんな約束をしたというのか。視界に映るひぃくんは、私の発言に一瞬驚いた顔を見せると、途端にその顔を曇らせると悲しそうな表情をさせた。



「高校卒業したらいいって言ったのに……っ」


「 い、言ってないよっ! 私そんな事言ってない!」


「……っ、酷いよ花音っ!! 忘れちゃったの!? 期末テストの勉強見てあげた時、約束したのにっ!!」



 大きな声でそう言ったひぃくんは、ついにボロボロと涙を流すと泣き出してしまった。



(え……? あの時の事を言ってるの?)



 目の前でメソメソと涙を流しているひぃくんを見つめながら、私は一人、あの日の会話を思い返してみた。



(私、卒業したら結婚するなんて……言ってないよ。……うん、言ってない。卒業するまでは結婚の話はしないでね、って話しだったはず)



 そもそも、ひぃくんが卒業するまでではなく、私が卒業するまでという意味だ。ひぃくんが卒業したところで、私が高校生である事には変わりないのだから、それでは何の意味もない。

 あの時、妙に聞き分けの良かったひぃくんの姿を思い返す。実際、あれから一度も結婚を迫ってくる事はなかった。それもそのはずだ。


 数ヶ月後には、ひぃくんは無事高校を卒業するのだから──。



「……ひぃくん。あれは私が卒業するまでって意味だよ? そもそも私、結婚するなんて言ってな──」




 ────!?




 そこまで言った後、目の前の光景を見て後悔した私。


 俯いた姿勢のまま、物凄い勢いでブルブルと震え始めたひぃくん。その尋常じゃない姿に焦った私は、恐る恐るひぃくんに向けて右手を伸ばした──その時。

 俯いていたひぃくんが、突然ガバッと勢いよく顔を上げた。




 ────!!?




 鼻水を垂らしながら、ブルブルと震えて涙を流しているひぃくん。その豪快さに恐怖した私は、差し出しかけた右手を思わず引っ込めた。

 すると、悲痛に顔を歪めたひぃくんが勢いよく口を開いた。



「卒業するの嫌だったのに……っ! でも……っ、花音と結婚できると思ったから……! っ、だから我慢したのにぃぃいいーーっっ!!!!」



 あまりの大声に、堪らず後ろへ仰け反り卒倒しそうになる。



(こ……っ、鼓膜が破れるかと思った……っ)



 滝のような涙を流して大泣きするひぃくんを見て、私はヒクリと顔を引きつらせた。



(申し訳ないとは思う……。だけど、勝手に勘違いしたのはひぃくんだし……っ)



 私にはどうする事もできない。



「ひ、ひぃくん……? なんか……ご、ごめんね?」



(これって本当に私が悪いの……?)



 そんな事を思いながらも、大泣きするひぃくんを黙って放っておく訳にもいかず、とりあえず謝罪の言葉を述べた私はヘラッと笑ってみせる。



「花音……っ、花音っ……。結婚して……下さい……っ」


「……っ。それはできないよ、ひぃくん。……ごめんね?」


「どうして……っ? 約束したのに……。っ、……!!! まっ、まさか……っ!!!」



 青白い顔をしてガクガクと震え出したひぃくんを見て、今度はまた一体何事かと怯えて身構える。



「ふっ……!! ふりっ……、不倫っ!! っ……、花音!! 不倫だなんて酷いよぉぉおおーー!!!」



 ガシッと私の肩を掴むと、そう言って泣きながらガクガクと私の身体を揺らすひぃくん。



(不倫て何よ……っ。私達まだ結婚もしてないじゃない。私が浮気してるとでも言うの……? っ……、酷いよひぃくん。私、こんなにひぃくんの事好きなのに……っ)



 ユラユラと揺れる視界の中に見えるのは、鼻水を垂らしながら涙を流しているひぃくんの姿。

 そんな情け無い姿を目にしても、やっぱり好きだなーなんて思えてしまう私は、相当ひぃくんに惚れているのだ。





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