テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
赤髪の魔女は天涯孤独だ。
天技と呼ばれる素養の発現で、加齢は三十代で停止した。
老いないことを利用して、彼女はおおよそ四百年もの年月を鍛錬に費やす。
また、魔道具の研究にも労力を傾けており、森の結界もその内の一つに挙げられる。
彼女の名前はハクア。その髪は誰よりも長く、恐ろしいほどに真っ赤だ。
白衣を日常的に着用するため、その身なりは里長と言うよりは研究者が近い。
そうであろうと、この魔女は里をまとめあげている。それが仕事であり、使命でもあることから、彼女の一日は慌ただしい。
「これ、ハクアさんが作った卵焼き?」
「そうだけど、何? 文句でもあるの?」
血の繋がらない三人が、家族のように食卓を囲っている。
エウィン。
アゲハ。
そして、ハクア。
境遇も生い立ちも異なる三人ながらも、食事の度にこうして顔を突き合わせる。今では当たり前の習慣であり、何かしらの話題がない限りは基本的に静かだ。
しかし、緑髪の少年が場を凍らせてしまう。
エウィンは料理が作れないため、子供のように食べる専門だ。
一方で、ハクアはこの家の中でも偉い。そもそもここは彼女の自宅であり、エウィンとアゲハは居候に過ぎない。
「そういうわけじゃ……。ただ、味がちょっと素朴だなぁって……」
「嫌なら食べなきゃいいでしょ。ほんと、口だけは達者になって。いや、舌が肥えたって言った方が正しいかしら?」
時刻は丁度の正午。
つまりは昼食の最中であり、テーブルの上には油っぽい料理と白米が並んでいる。
四角い黄色が彩りを添えるも、エウィンの感想はそれを食べた結果だ。
「僕は基本的に何でも美味しく食べますよ。ただ、この卵焼き……」
「それってもう悪口よ。私は薄味が好きって何度も言ってるでしょ。わかった、もうあんたには作らないから」
「だったらアゲハさんに作ってもらいまーす」
「く、こいつ……」
料理当番のような制度は設けておらず、基本的にはアゲハが三食作る。
しかし、ハクアも隙を見て一品二品手伝うことがあり、今回は卵焼きがそうだった。
口喧嘩と呼ぶほどではない口論を前にして、三人目がフォローする。
「ハクアさんは、その、舌がおばあちゃんだから……」
「アゲハ、それフォローになってないから。むしろ本物の悪口よ」
アゲハの指摘は正しい。
ハクアは千年を生きる魔女だ。容姿は三十代のままながらも、心や感覚はいくらか老け込んでいる。
本人としては否定したいところが、本物の若者からは共感を得られない。
「漬物とか野菜が好きな時点で、年寄り臭い」
「ただの偏見よ。漬物好きの子供だってくさるほどいるんだから」
この調子で三人は軽口を言い合いながらも、眼前の昼食を次々と平らげる。
食べ終わる頃合いだった。家長が午後の予定を共有する。
「今朝言った通り、午後の鍛錬は無し。しっかり体を休ませなさい」
裏を返すと、午前はエウィンを鍛えた。
普段通りなら午後も鍛錬に励むのだが、今日はそうもいかない理由がある。
「あぁ、そんなこと言ってましたね。警戒班の皆さんと作戦会議でしたっけ?」
「そんな大事じゃないけどね。最近は意味不明な襲撃もないし、至って平和だもの。ただまぁ、警戒を怠るわけにもいかないってだけ……。暇だからって、これ以上トカゲを狩らなくていいんだからね? 倉庫、パンク寸前なんだから」
ミファレト荒野のトカゲは貴重な食糧源だ。その肉は少々硬いものの、工夫を凝らせば問題なく食べられる。
トカゲ狩りはエウィンの仕事だ。以前は警戒班が見回りのついでに狩猟していたが、今はこの少年がたった一人で村民全員分の肉を供給している。
#探偵
橘靖竜
6,601
#クトゥルフ神話TRPG
にこ
43
#王道
涙乃
684
「わかってますって。今日だけで三回は死にかけたし、昼寝でもしようかな」
それが許される理由は、それほどの運動をこなしたためだ。
エウィンの一日は目まぐるしい。
起床後、朝食を食べたら早々に修行が開始される。対戦相手はハクアゆえ、一瞬も気を抜けない。
大地がえぐれるほどの死闘は、おおよそ十一時頃に切り上げられる。
ここからは別行動だ。
ハクアとアゲハは昼食作りのために帰宅するも、エウィンはこのタイミングでトカゲを狩りに出かける。
森を抜け、ミファレト荒野を駆けまわるのだから、それだけでも重労働だ。
さらには、自身の何倍も重たい魔物を持ち帰るのだから、運動量は並大抵ではない。
午後も普段通りなら、鍛錬に費やす。
しかし、今日ばかりは惰眠を貪っても構わない。
「さてと。行ってくるわ」
昼食の片付けはアゲハに任せ、ハクアが白衣をまとう。
外出だ。警戒班の事務所を目指して、玄関の扉を開く。
その瞬間、外で待機していた三毛猫がミャンと鳴くも、ハクアはわずかな時間しか立ち止まらない。小さな額をそっと撫でると、早々に歩き始める。
(もう。エウィンが餌付けするから、家に居ついちゃったじゃない。まぁでも、クリクリのお目目がかわいかったわね)
この魔女も猫好きだ。飼うつもりはないが、人慣れしている猫にはやさしく接する。
飼わない理由は、寿命に他ならない。
猫は十年ないし二十年しか生きない動物だ。昆虫と比べれば長い方だが、不老のハクアにとっては短すぎる。
(野良をかわいがるくらいが、丁度良いのよね)
そんなことを考えながらも、里の中を颯爽と歩く。赤髪と白衣をたなびかせる姿は力強さと美しさを兼ね備えており、村民の視線を集めてしまう。
決して広くはない集落ゆえ、目的地にはあっという間に到着だ。
素っ気ない長屋ながらも、店舗でもなければ娯楽施設でもない以上、派手な装飾など必要などない。
慣れた手つきで扉を開いた瞬間だった。
騒がしいほどの話し声が、波のように押し寄せる。数人の女性が甲高い声で盛り上がっており、その勢いは留まることを知らない。
そうであろうと、ハクアは怯むことなく入室を果たす。
「楽しそうね」
室内は事務所らしいレイアウトだ。椅子やテーブルが整然と配置されており、壁沿いには棚がいくつも並んでいる。
里長の到来が喧騒を一瞬だけトーンダウンさせるも、その二人はいつまでも黙っているわけにはいかない。
「ハクア様、お久しぶりです。先ほど戻りました」
「妹あねさん共々、報告のために帰還しましたっす」
若い男女が我先にと椅子から立ち上がる。どちらもハツラツとしており、少女の方は大人びていようとまだまだ若い。
二人を取り囲んで盛り上がっていた女性達も、ハクアの到着を受けてスッと起立をする。
誰もがこの魔女を慕っているからこその対応であり、ハクアとしても気分は悪くない。
「久しぶりってほどでもないけど、そっちは問題ない?」
近くの席に腰かけ、ざっくばらんに語りかける。
ハクアにとって、この場の全員が部下だ。
とりわけ、この二人組には重要な使命を与えているため、腰を据えて話し合わなければならない。
室内には、十人近い人間が滞在している。その多くが警戒班のメンバーながらも、今日の主役は眼前の男女だ。
「はい。キール共々、任務に励んでます」
小柄ながらも勝気な少女はネイ。十代ながらもその実力は高く、こうして特別な仕事を与えられている。
黒髪はハクアほどではないが長く、左耳の後ろで束ねて尻尾のように垂らしている。
身軽さを重視した革鎧とホットパンツ姿は傭兵のようだ。イダンリネア王国に溶け込むための変装も兼ねており、実際にはこの地で生まれた人間に他ならない。
彼女の瞳は魔眼ではない。
だからこそ、スパイのような仕事を任されている。
もう一人の名前はキール。室内における唯一の男性ながらも、落ち着いた物腰は空気に溶け込めている。
「妹あねさんの暴走に振り回されてまイタッ! ほ、ほら、この通り……」
隣のネイに殴られながらも、キールは作り笑顔で場を取り繕う。
こちらは傭兵というより庶民のような風貌だ。防具の類を見に着けておらず、片手剣も椅子に立てかけているため、庶民にしか見えない。
小突かれた際に茶髪のおかっぱ頭が激しく揺れるも、乱れた前髪をさっと直してハクアに向き直す。
ネイとキール。この二人は警戒班ではない。王国の情報収集が主な仕事ながらも、今回は別件で里帰りを果たした。
ハクアの指示だ。真っ赤な長髪を傾けながら、早々に本題へ入る。
「あいつらの手がかり、見つかった?」
この問いかけが、室内の空気をピリリと張り付かせる。まるで室温が下がったような空気感だが、気のせいではない。
ネイは踵同士をくっつけるほど背筋を正すも、口ごもりかけながら報告を開始する。
「は、はい! あ、その、やはりトーム山地までが限界で……。なぁ?」
「残念ながら、あいつらの足取りを追うにしても、その辺りで途切れてしまうっす。北に進めば巨人の砦、西へ進んでも草原地帯と砂丘地帯があるだけっす。どちらかでしょうし、どちらが臭いかと言えば、まぁ……」
二人の説明は曖昧だ。
しかし、ハクアは静かに考え込む。その間は一瞬だったが、完全な静寂は緊張感を高めるには十分過ぎた。
「西が怪しいわね。敵も素人のはずないし、これ以上は時間の無駄……。いえ、危険なだけか。あんた達は王国に戻りなさい。傭兵として金を稼ぎつつ、エルが困ってるようなら手を貸してあげて」
ハクアにとって、敵は三種だ。
一つ目は魔物。人間を襲う外敵ゆえ、人類共通の敵と言っても差し支えない。
二つ目はセステニア。これの完全抹殺こそが、ハクアの生きる理由だ。
そして、三つ目は魔女。
同胞であるはずの存在から、この里はなぜか狙われている。
迷いの森が襲撃にあった回数は、一度や二度では済まない。
その度に警戒班あるいはモーフィスやハクアが迎え撃つも、両陣営が無事で済むケースは稀だ。
基本的には、敵側の魔女が敗れ去る。赤髪の魔女はそれほどに強く、彼女が駆け付ければ戦闘はあっという間に決着だ。
しかし、それまでの時間を稼ぐ際に、警戒班が被害を被ってしまう。
モーフィスも娘と義理の息子を失った一人だ。
警戒班は危険と隣り合わせであり、だからこそ猛者が選ばれ、この地を託されている。
裏を返すと、警戒班を異なる理由で動かすわけにはいかない。
そういった背景から、ネイとキールに白羽の矢が立った。
今回与えられた仕事は、この地を襲った魔女の足取りを調査。簡単なようで非常に困難な任務と言えよう。
(どんなに痛めつけても、絶対に吐かない連中だもの。手がかりはさすがに……)
ましてや、この大陸は広い。人間の住める場所は限られるも、開拓そのものが進められていない以上、敵の拠点を割り出すことなど不可能に近い。
それでも、ハクアは今回の報告に満足している。
方角については、以前から推測出来ていた。
北西か、西か。大陸図的にもこの二つしかありえない。
その確認作業が部下によってなされた以上、さらなる調査は別の担当に任せるつもりだ。
「他に、報告したいこととかある?」
ここからは定例的な話し合いが進められる。
ネイとキールの帰郷は久方ぶりゆえ、もたらされた情報は多く、一方でハクアとしては退屈だ。
イダンリネア王国ではこれといった事件が起きておらず、この場で議論するような案件は一つもなかった。
ゆえに、今後もエウィンの鍛錬に集中することが可能だ。
(反応速度と身のこなし、確実に良くなってる。本当に、信じられない成長速度で……。モーフィスを数か月で追い越した時も驚かされたけど、今のあいつは比較にならない。どういうことかしら? あー、私の指導がきっと優秀なのね)
自画自賛だ。
実は的外れなのだが、ハクアとの鍛錬が彼を育てていることに変わりない。
後に、この魔女は改めて知ることとなる。
エウィンという人間がいかに特別かということを。
そんなことは露知らず、今は警戒班の事務所で談笑に耳を傾ける。
この報告会はだらだらと続いたが、ハクアが立ち上がったタイミングで終了だ。
夕食作りのために、帰宅しなければならない。家には腹を空かせた居候が待っており、アゲハと共に献立を考える必要がある。
慌ただしい毎日だ。
しかし、平穏であることも事実なのだろう。
日中はエウィンを鍛え、その合間に昼食と夕食を作る。
朝食に関しては、アゲハに任せてしまって構わない。
なぜなら、彼女は三人の中で起床が最も早い。
大学を中退後、引きこもっていた頃は昼夜逆転が当たり前だった。
しかし、今はその頃が嘘のように規則正しい。
早寝早起きが完全に習慣づいており、夜も誰よりも早く布団に入る。エウィンとの鍛錬に付き合うことから、心地良い疲労が安眠へ繋がっている。
起床の後、アゲハは三人分の朝食を用意する。
完成する頃には家長が自力で目覚めるため、後はエウィンを起こすだけでよい。
午前はハクア指導の鍛錬を眺めつつ、適宜エウィンの傷を癒す。時折参加させられるも、足手まといを避けるためにも汗を流すことを拒まない。
午後も引き続き運動だ。食後は筋肉トレーニングに充てられ、腕立て伏せやスクワット等のメニューをこなす。
その後はハクアとの模擬戦が再開されるも、アゲハはやはり裏方だ。
もっとも、彼女の治療がなければ、エウィンは幾度となく絶命していただろう。
それほどにハクアの指導はハードだ。教え方の問題ではなく、実力差がそうさせてしまう。
だからこそ、アゲハは神経をとがらせて待機せねばならない。あくびくらいは許されるも、一瞬の攻防でエウィンが死にかける以上、走り出す心構えは常に必要だ。
心身ともに疲れるため、夜更かしなど出来るはずもない。
ましてや、ゲームやインターネットといった娯楽が存在しない以上、この世界は日本より退屈だ。
アゲハは明日に備え、自室で早々に眠る。想い人のために朝食を作るためなら、早い就寝も苦痛にはならない。
エウィンは強くなるために。
アゲハは支えるために。
ハクアはこの世界を守るために。
日々を過ごしている。
三人は進むしかない。
その先に絶望的な戦いが待っていようと、立ち止まる猶予などありはしない。
「この野菜スープ、ハクアさんが作っ……」
「うっさい。嫌なら食うな」
コメント
1件
みぅです🤍🥀 今回の小話、めちゃくちゃ好きです……! 三人の食卓の空気感がすごく温かくて、ハクアさんが不器用ながらも家族みたいに接してるのがじんわり沁みました。特に「嫌なら食うな」の繰り返し、前回よりちょっと柔らかくなってて、エウィンもアゲハも心許してるのが伝わるんですよね。報告会で一気にシリアスになるギャップも良かったです。日常と覚悟の両方を抱えてるハクアさんの強さと脆さ、これからも見守りたいです🌙