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#探偵
橘靖竜
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にこ
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#王道
涙乃
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両手に花とはこのことか。
エウィンはベンチに腰掛け、満面の笑みを浮かべている。
一方で体中が汚れており、衣服に至っては流血が原因で黒い染みだらけだ。緑色の頭髪も寝起きのように乱れている。
午後の鍛錬を終えた直後であり、帰宅の最中に他ならない。
木製のベンチに座ったことで、奇しくも女性二人に挟まれた。
エウィンの右手側には赤髪の魔女。この里の長であり、白衣が汚れる程度には指導に励んだ。
左手側にはアゲハ。彼女だけが清潔感漂う理由は、鍛錬に参加した時間が短いためか。
三人が並んでベンチに腰かけている。それ以上でもそれ以下でもないのだが、エウィンの笑顔は女性二人とは関係ない。
「爆音でごろごろ言っちゃって。おー、よしよし」
少年の太ももには、黒と白の毛玉が乗っかっている。
野良猫だ。額から背中にかけて黒く、一方で体の下側が雪のように白い。
前足を折りたたむように行儀よく座っており、鼻息のようなゴロゴロ音は心を許している証拠か。
その顔はアゲハ側を向いており、彼女としても撫でずにはいられない。
「かわいいハチワレちゃん、だね。大人しいし、すごい甘えっぷり」
彼女の言う通り、猫の顔は八の字のように黒毛と白毛が分かれている。額をさすられたことで、大きな瞳は幸せそうに閉じられた。
一方で口がわずかに開かれるも、声にならない声で鳴いているのかもしれない。
ハクアも負け時と左腕を伸ばすと、黒い背中を丁寧に撫でる。
「この子、三軒隣の子供達にいつもかわいがられてるわね。どういうわけかモーフィスにも懐いてるわよ。わかってると思うけど、連れて帰らないからね」
ペットを飼うつもりなどない。
つまりはそう宣言しており、エウィンに対しては繰り返し釘を刺さなければならない。
「そこをなんとか」
「だーめ。そうだ、時間もあることだし撫でながらでいいから決めて頂戴」
「何をですか?」
「今更なんだけど、あんたのリードアクター、パワーアップ状態の名前よ」
確かに今更だ。
煉獄の魔物に追いつめられた結果、エウィンの天技は進化した。
しかし、かれこれ半年近くも前の出来事であり、少年としても口を尖らせずにはいられない。
「またその話題ですかー? 別にリードアクターのままでもいいんじゃ……」
「あんたを指導する上で、区別しておかないと何かと不便なの」
「そこをなんとか」
「リードアクターを発動させなさいって言っても、どっちかわからないでしょう?」
「普通の方と、バチバチしてる方でいいような」
その主張もわからなくはないが、間の抜けた言い回しなのも事実だ。
リードアクター。エウィンの身体能力を大幅に向上させる天技。それに付随して純白のオーラをまとうことになるも、進化後は雷のようなスパークが付随するようになった。
これを第二段階と定義するも、実はまだ名前を与えられていない。
アゲハは猫を一旦撫で終えると、日本人らしく提案する。
「リードアクター・アクトツーとか、どうかな?」
「いいと思います。じゃあ、これで」
エウィンが首を縦に振ったことで、この話しはあっという間に終了だ。
そのはずだが、ハクアが顔をグイっと近づける。
「長ったらしいから却下」
「えぇー⁉ 省略すればいいじゃないですか、アクトツーとかって」
この反論に対し、赤髪の魔女は魔眼をパチパチとさせる。
(た、確かに? だったらアクトツーでいいかしら)
しかし、ここには地球からの転生者がいる。
その知識は豊富であり、代替案などいくらでも提案可能だ。
「前も言ったかも、だけど、スーパーリードアクターとか」
「それもありですね」
「他には、リードアクター・ツヴァイ、とか……」
「お、それもかっこいい」
日本人だからこその引き出しであり、言い換えるならパクリでしかない。
そうであろうと、ここは異世界だ。
ましてや、エウィンは何も知らない。胸を昂らせてしまうのも必然か。
一方でハクアは冷静だ。両腕を組みながら、ベンチの背もたれへ体を預ける。
「ガラッと変えてみたら?」
「えー? 例えばー?」
呼ぶ側にとっては、アゲハの案は不評らしい。
エウィンは反撃の如く問いかけるも、ハクアは瞬く間に代替案を思い浮かべる。
「例えば、そうね……、光輝・滅、なんてどうかしら」
「こうきー? めつー? 滅はどこから来たんですかー? あ、わかった。セステニアを滅ぼすって意味が籠められてるのか」
「う、そうよ。何、悪い?」
「悪くはないけど却下でーす」
残念ながら、若者受けは良くないらしい。
エウィンは鼻で笑うも、そのタイミングで野良猫がニャーと鳴いたことから、三人は促されるままにこの猫を撫でる。
一瞬の沈黙は、思考の猶予でもあった。
ハクアがふと思い出す。
「リードアクターって、オーディエンが名付けだったかしら?」
「そうですよ、あいつが決めました」
奇妙な話しだが事実だ。
オーディエンは魔物であり、セステニアの封印を解くために暗躍している。
しかし、実際には己の願望を叶えることしか考えていない。
そのための道筋こそがこの魔物にとっての台本であり、エウィンはある意味で主役に抜擢された。
リードアクターと名付けた行為も、脚本家としての一環か。
もっとも、オーディエンは自身を観客と定義したがっており、だからこそ介入には消極的だ。
そういった思惑を知ってか知らずか、ハクアが方向性を指し示す。
「オーディエンに引っ張られる必要なんてないのだけど、それはそれとして、あんたがどうしたいかが重要なんじゃない?」
「僕が?」
「戦う理由とでも言うのかしら? 目標みたいな、そういうのあるでしょう?」
進化したリードアクターの命名から、話題が飛躍してしまう。
それでもエウィンは問われた以上、野良猫から手を離す。
「それはまぁ。前までは、アゲハさんを元いた世界に帰してあげたいって思ってました。でも、アゲハさんはここにいてくれるみたいなので……」
「うん。私は、帰らない」
「だから……、だけど……、お母さんと挨拶くらいはさせてあげたいので、やっぱりオーディエンとセステニアはぶっ倒します」
そうすることで、地球への行き来が一時的に実現する。
少なくともオーディエンからはそう持ち掛けられたため、真偽は不確かながらも信じるしかない。
「そう。ことこれに関しては一貫してるわね。ぶれない意志は大事よ。忘れずに持ち続けなさい」
「わかってます。アゲハさんがいてくれなかったら、僕はとっくに死んでますし」
「なーに? 珍しくノロケ?」
「そんなんじゃないですけど……」
エウィンとアゲハは恋人同士ではない。
しかし、それに近い間柄であることも事実だ。
少なくとも、アゲハは好意を告げており、どちらかがもう一歩踏み出せば、関係は次の段階へ進む。
だからなのか、ハクアはふと気づいてしまった。
「あー、話し変わるけど、あんた達、いつまで私の家にいるの?」
「え? さぁ? 考えたことないですけど……」
「自分達の家が欲しいとか思わないの?」
この問いかけが、エウィンの思考を完全に停止させてしまう。
この少年は浮浪者だ。
そして今は、居候としてハクアの家で住み着いている。
自分の家を持ちたいなどと考えたことはなく、なぜならそのような発想を抱けなかった。
「僕は今のままで構いませんけど」
「それってアレでしょ? 待ってれば三食出てくるから、不自由してないってだけじゃ……」
「そうですけど?」
「く、こいつ、開き直って……。アゲハはどうなの? あんた達の家くらい建ててあげるわよ?」
突然の提案だ。
そうであろうと、非常にありがたい。
現在は三人で暮らしているため、過剰なスキンシップは困難だ。
しかし、二人だけの家を持てるとなると、話しは変わって来る。
若い男女が一つ屋根の下。このシチュエーションならば、恋人らしいことも可能だろう。
「あ、その、えっと……」
アゲハの顔はトマトのように真っ赤だ。もじもじと体を捻っており、その視線はチラチラとエウィンを盗み見る。
「まぁ、僕も、ある意味で自立出来てた人間なんで。住む場所もらえるなら、やぶさかではないですよ」
貧困街の廃墟暮らしを自立と定義すべきか否かは疑問の余地がある。
そうであろうと、自身で金を稼ぎ、具なしのおにぎりや干し肉で食い繋いでいたことも事実だ。
居候生活が終わろうと、生きていけると胸を張る。
「そう。だったら、ちょっと時間はかかるでしょうけど、建ててあげるから待ってなさい」
ハクアは里長ゆえ、このような決定が可能だ。
この地は森に囲まれており、木材については困らない。
建築技能を持ち合わせた人間も多く、ハクアの声で彼らはすぐにでも動くだろう。
まさかの事態にアゲハが目を輝かせる一方で、エウィンはどういうわけか冷静だ。
「一人暮らしかー。ハクアさんちにご飯食べに行ってもいいですか?」
「え?」
「え?」
「え?」
気まずい沈黙が訪れた瞬間だ。
女性陣も今だけは言葉に詰まってしまう。
ハクアは気遣ったつもりでいた。
アゲハは二人だけで暮らせると思っていた。
エウィンだけが、異なる風景を思い描いていた。
「ダメなんですか? だったら、ご飯の時だけ、アゲハさんちにお邪魔するしか……」
今なお食い違う主張に対し、ハクアが静かに握り拳を作る。
「そういうことじゃないでしょパンチ」
「ぐほっ!」
エウィンの右頬に拳がめり込む。
その結果、野良猫が驚いて逃げ出すも、追いかける猶予は与えられない。
「なんで一人暮らしする前提なのよ」
「イタタ……。なんで僕が殴られたのか、小一時間問い詰めたい……」
「問い詰めたいのはこっちよ」
ハクアはそう主張するも、エウィンは未だに理解不能だ。
少年は殴られた頬を摩りながら、理不尽な暴力に立ち向かう。
「だってそうじゃないですか。ハクアさんちを出るってことは、僕とアゲハさんが一人暮らしを……」
「なんでそうなるのよパンチ」
「ぶべ⁉ 暴力、反対……、ぐふっ」
ノックアウトだ。二発目のストレートパンチが顔面にめり込んだことで、エウィンはアゲハへもたれかかるように意識を失う。
結果的には微笑ましい光景の出来上がりだ。
エウィンが鼻血を流していることには目をつぶる必要があるが、若い男女がベンチに座ってくっついている。
そんな二人を眺めながら、ハクアがふぅと息を吐く。
「あんたの分も殴っておいたわよ。ほんと、面倒くさい男ね」
「それが、エウィンさんの、良いところだから……」
奇妙な空気が出来上がる。
夕食作りは残っているが、鍛錬やトカゲ狩りを終えたことで、残された時間は完全に自由だ。
エウィンの顔面陥没はあっという間に治療されるも、未だに意識は戻らない。
アゲハとハクアはベンチに腰かけたまま、喉かな時間を満喫する。
もはや、言葉など不要だ。
エウィンが意識を取り戻す瞬間まで、二人はそよ風に耳を傾ける。
後日、それには新たな名前が与えられた。
命名者はハクアとアゲハだ。
エウィンの意志をくみ取るように、進化したリードアクターはこう名付けられる。
リードアクター・ビヨンド・ザ・ワールド。
コメント
1件
わあ、125話お疲れさまです!野良猫を挟んで三人がベンチに座るほっこりした光景、すごく好きです。エウィンが「一人暮らしならハクアさんちにご飯食べに来てもいいですか」って天然な発言で殴られる流れ、思わず笑っちゃいました(笑)。アゲハさんが真っ赤になるところにもきゅんとしました。最後の命名「リードアクター・ビヨンド・ザ・ワールド」、格好良くてエウィンにぴったりですね!