テラーノベル
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ヨコハマの夜は、潮騒と硝煙の匂いがよく似合う。
密輸組織の掃討任務を終えたばかりの中原中也は、路地裏のコンクリートに背を預け、煙草に火をつけた。隣には、返り血を拭うことすら面倒そうにしている太宰治が立っている。
「……手際が悪ィんだよ、手前は。あと五分早く動けただろ」
中也が紫煙を吐き出しながら毒突くと、太宰はわざとらしく深い溜息をついた。
「手厳しいねぇ、中也。私は君と違って繊細な人間なんだ。あんな野蛮な連中に囲まれて、心臓が縮み上がっていたというのに」 「心臓が縮む? どの口が言ってやがる。死にたがりが聞いて呆れるぜ」
太宰はふわりと微笑んだ。その笑みには温度がなく、どこか遠くを見ているような虚ろさがある。中也はそれが、昔からたまらなく癪に障る。
「ねぇ中也。さっきの敵の断末魔、聞いたかい? 『まだ死にたくない』だってさ。滑稽だよね、望まなくても死は来るし、望んでも死は逃げていくというのに」 「……知るかよ。生きてる奴は生きてる。それだけだ」
中也は短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けた。 沈黙が流れる。 この男といると、時間は泥のように重く、それでいて一瞬で過ぎ去るような錯覚に陥る。
「……おい」 「なんだい?」
中也は太宰の襟首を乱暴に掴み、自分の方へ引き寄せた。太宰は抵抗もせず、されるがままに距離を縮める。 至近距離で合う視線。太宰の瞳の奥にある「虚無」を、中也の「熱」が無理やりこじ開けるように。
「手前がどこでどう死のうが勝手だがな、俺の目の前で勝手に消えるのだけは許さねェ。……死ぬ時は、俺が直接ブチ殺してやる。それまで勝手に絶望してろ」
太宰は一瞬だけ目を見開いた。 やがて、くすくすと喉を鳴らして笑い始める。その笑いは先ほどまでの虚無感とは違い、少しだけ「今」に繋ぎ止められた人間の響きがした。
「それは心強いね。最高の狗に看取ってもらえるなんて、私の心中計画も修正が必要かな」 「狗って言うな、この包帯無駄遣い装置が」
中也が手を離すと、太宰はひらひらと手を振って、闇に溶け込むように歩き出した。
「じゃあね、中也。また明日――生きていたら」
残された中也は、再び新しい煙草に火をつけた。 喉の奥に残る苦味と、太宰が去った後の冷たい空気。 最悪の相棒で、最高に嫌いな男。 中也は夜空を見上げ、短く舌打ちをした。
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