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黒樹は外へ出て、その火を消した。
すでに終発のバスも過ぎた大通りからは少し離れただけで耳鳴りがしそうなほど静かになる。
黒いパーカーのフードを被って歩く。涼は置いてきてしまったが、べつにどこへ行くつもりもなかった。ただ、歩きたくなっただけだから。
「君、ちょっと」
誤算は土地勘がもたらした。砂田橋まで歩いたところで、交番の外に立っていた警官に呼び止められた。
黒樹はただでさえ童顔。未だに小学生に間違われることすらある。眼の前で訝しげに黒樹と話し ている警官にどう映っているかはさておき、このまま捕まれば大変なことになる。
黒樹は返事半ばに、横目で近くの交差点を見る。信号はまもなく変わる。西方向ならすぐに渡れるはずだ。
黒樹は走り出した。
点滅し始めた歩行者用信号を無視して走り、渡りきったら赤になる。警官はそれを追ったが、左折の車に阻まれ手こずり、そのまま地下鉄の入口に駆け込んだ黒樹を見失った。
「あっぶね……」
そのまま改札前まで行き、誰もいないなか胸をなでおろす。
「だれ?」
すると、甲高い声が響いた。
眼の前には、派手な服装の少年。
黒樹は気づいた。もう終電はとっくに終わっている。ではなぜ、ここは明るいのか。
「ここ、わたしのとこなんだけど」
少年は女のような言葉で喋り続ける。
「わかってんの?」
そのまま拳を握る。
黒樹は応戦した。人差し指を彼に向けて。
一歩遅かった。
黒樹は少年に馬乗りになられて倒れる。
「ばぁか」
少年は黒樹の後頭部を殴る。目の前がチカチカと点滅。
黒樹は指を上げる。
腹圧をかけて、火を灯す。
火は命の危機を敏感に捉えて燃え上がった。
「あああああっ」
少年の痛声が変な匂いのする地下にこだまする。黒樹は躊躇わなかった。まるで獣のように、命を守るのに必死だった。
翌朝。
黒樹は歩道橋の上で目を覚ました。
指先が痛い。まだ起ききらない頭でみると、爪が折れていた。
時刻は五時過ぎといったところだろうか。まだ少し青かった。
階段をおり、地下鉄入口に向かう。
すると、規制線が貼られていた。
どうしたのかそこにいた警察に尋ねると、”少年”が立ち入って火事を起こしたらしい。
黒樹はそれだけ聞いて立ち去った。
火事を起こしたのは、間違いなく黒樹。
でも警察が睨んでいるのは、たぶんあの場に残された”彼”だろう。
「おい」
工場に戻ると、涼が頬を膨らませていた。
「どこ行ってた、こんな朝から」
怒ってるぅ。
「強くなるためだよ」
黒樹は胸を張る。
「月は人を狂気に落とし込む。それを焔で遮れるのは俺なんだ」
涼はしばらく黒樹を見たが、ふいっと歩きだして
「とにかく、飯だ飯」
そこで、目が覚めた。
どこからが夢だろう。でも変わらず寝ているということは外に出たところから。
よかった、と思った。
同時に、すこし怖気づく。
黒樹の力は危険なのだ。この焔は引火してからだと制御が効かない。夢の通り、火事を起こすかもしれないし、人を殺すかもしれない。
“一般社会”の黒樹はもう火事で死んだ。だから、黒樹は今、ひとりの自立者とならないといけない。つまり、責任が伴う。それが欲しくて手に入れた力じゃないとしても。
黒樹は火を点ける。
この力をどうするかは黒樹の自由。だからこそ、できるだけ使わないようにしようと思った。
だって昨日”傷つけた”少年がいるから。