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黒樹はすでに焔を使いこなしていた。
この建物は古いうえにすでにガスが来ておらず、料理をするにもガスボンベ。着火は黒樹がやれば、かなりガスの消費を抑えられた。
「金はあるぞ?」
「そういうことではない」
「SDGs?」
「そういうことでもない」
金は無限ではない。
そうそれこそ、持続可能な生活のためにはこういう小さなところから始めていかねばならないのだ。
今日も空は鉛色に染まっている。
ただ気だるく進む時計。
黒樹もまた何も考えていなかった。
その日々を平穏だと思いながら。
似たような廃墟の前に、一台の車が停まった。ダイハツムーヴコンテカスタム。あきらかにサイズ違いなBbのホイールを履き潰している。LEDのフォグランプが眩しい割に、紫の車体は郊外のこの場所には似つかない。
車から降りた男は鞄を握って窓から建物へと入る。
建物はこの工業地帯の多くを占める製紙工場の敷地内にある。ただ、会社はなんの管理もしていないようだった。
「お疲れ様です。猪高涼について、進展が」
ムーヴコンテの男が告げると、前のところでパソコンをいじっていた長髪の男が顔を上げた。
「……どのように?」
「はい、姓名年齢ともに現在詳細を調査中ですが、なんでも異能をもった少年だと」
男の目が冷える。
「異能?馬鹿にしているのか」
「いいえ、指から火を吹くと」
男は訝しげに再び機器に視線を戻した。ただあんまり目の前の手下が真面目に話すものだから、あながち嘘だとも言いがたい。
「明日来さん……」
ムーヴコンテが口を開く。
気づいたら一五分も黙り込んでいた。
「すまない。今調査に向かっているのは?」
「武豊と旭です」
「妥当だな。よし、しばらく様子を見よう。前回涼にはかなり強めにやった。すぐに動き出す体力もないだろう」
明日来はムーヴコンテにそう指示を出した。
「そんな……!!」
千種警察署の管轄区域で三軒に渡る大規模な火災が起きたのはもう先週の話だ。
田代竜也《たしろたつや》は消防からの情報をコピーして、相棒の柴田啓太《しばたけいた》に手渡した。疲弊しきった女性を前に、啓太はそれを見て話し出す。
「ですから、現場から、一〇代男性と思われる遺体は発見されませんでした。救助に向かった隊員によると……」
「……よると……?」
啓太が言葉を失う。そして探す。
「一歩……遅かっ……たと……」
嗚咽とともに、女性が泣き崩れる。
この女性……稲武悠《いなぶはるか》は、あの火事の被災者だ。隣の家のタバコの不始末が原因だった。この火事で夫と息子を亡くしている……はずだった。
夫の遺体は、玄関すぐ入ったところで見つかった。
一方で息子黒樹くんの遺体は、あるはずの場所に無かった。骨や髪などの燃えにくい部位や、痕跡すら一切無かった。
救助に向かった隊員のひとりは目撃していたものの、眼の前で炎に飲まれてしまったと説明するばかり。
一応行方不明届も出すことを検討している。
「幼い頃からみんな、母も姉も喪い、上の子をひとり流産してやっとの家族も、たった一四年ですよ?!わたしがなにか悪いことをしましたか?!ただ老いていくだけなんて、わたし……!」
悠はもう憔悴していた。なぜ一人生き残ったのだろう。これ以上つらい思いをして、なぜ生きろというのだろう。自分がこの世界にそれほど大切な何かを残せるとは思えない。
旦那の葬式は済んだ。焼けただれ、一部が崩れ落ちた、あのハンサムな顔立ちも台無しな死に顔だった。保険と隣の家主から慰謝料が大量におりるというが、お金なんかいらないから旦那を返してほしい。
喪って初めて気づくなんて、そんなださいこと、したくなかった。
タバコの不始末?ふざけるなよ。あいつが死ねばいい。あいつが死ねばよかった。なんでうちの子、なんでうちの旦那。
警察も消防も黒樹のことを死なせようとする。行方不明届のひとつくらい、出してくれてもいいのに。
わたしは信じてる。
黒樹はぜったい、どこかへ逃げて生き延びていると。