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白玉くん
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ことみ
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7月6日(月)
教室は、先週までと同じ形をしていた。
机の配置も、黒板の白さも、窓から入る光も変わっていない。
誰かが視線をそらす。
誰かが必要以上に静かになる。
そして、誰もあの話題に触れない。
こさめはいつも通り席に座っていた。
ただ、いつもより少しだけ遅れて。
捺はすでに席にいる。
その横にはいるまがいる。
その距離は変わっていないのに、前とは違って見えた。
◇◇◇
休み時間。
廊下の向こうで、小さな声がする。
「金曜のさ……」
「見た?」
「こさめ、泣いてたって」
断片だけが切り取られ、形にならないまま広がっていく。
誰も正確なことは言わない。
でも誰も間違いだとも言わない。
それが一番早く、真実みたいに広がる。
◇◇◇
昼休み前。
担任が教室に入ってくる。
いつもより少しだけ声が硬い。
「なつくん、少し来てください」
捺は一瞬だけこさめを見るが、すぐに視線を戻す。
いるまが立ち上がる。
いるま「俺も行きます」
教師はそれを止めない。
職員室前の廊下は静かだった。
先生は困ったような表情をしている。
「昨日のことなんだけどね」
その言い方は、まだ決めつけではなかった。
ただの確認のはずだった。
「少し、やりすぎたって話を聞いていて」
捺の表情がわずかに動く。
捺「別に」
短く答える。
いるま「そんなつもりじゃねえ」
先生は少しだけ言葉を選ぶ。
「でもね、手が出たっていうのは……」
その言葉のあとに、別の言葉が落ちる。
「いじめに近い行為になるからね」
その瞬間、空気が変わった。
捺の目が止まる。
いるまの肩がわずかに動く。
“いじめ”
その言葉は、まだ誰のものでもなかった出来事を、ひとつの形に固定してしまう。
教室に残されたこさめは、何も知らないまま時間を過ごしていた。
ただ、周囲の視線が少しだけ違うことには気づいている。
優しさでも敵意でもない。
「扱い方を決めかねている目」
それが一番距離を感じさせた。
先生と話を終えたあと、捺は廊下で立ち止まる。
いるまが隣にいる。
捺「……これ」
捺は言葉を探す。
捺「俺が悪いってことか?」
いるまはすぐには答えない。
しばらくしてから、低く言う。
いるま「違う」
捺の顔がわずかに歪む。
捺「じゃあどうすればいいんだよ」
沈黙。
いるまは静かに言う。
いるま「……俺が代わりに怒られる」
「だから、お前はお前のままでいい」
教室に戻るとこさめの席だけが、少し遠く感じる。
誰も何もしていないのに、距離だけが生まれている。
◇◇◇
休み時間。
誰かが小さく言う。
「かわいそう」
その言葉は、優しさの形をしているのに、どこか線を引いている。
こさめは気づかないふりをする。
捺は聞こえているふりをしない。
いるまはその両方を見ている。
◇◇◇
放課後。
教室はいつもより早く静かになる。
こさめは一人で帰る準備をしている。
捺といるまは少し離れたところにいる。
誰も近づかない。
誰も遠ざけない。
廊下の窓から夕方の光が差し込む。
その光の中で、先生の言葉だけが繰り返される。
『これはいじめに近い行為です』
その一言で、誰もが同じ場所に立てなくなった。
そして、その日の最後。
捺は教室の外で小さく呟く。
誰にも届かない声。
捺「……俺は、何なんだよ」
風が通り抜ける。
返事はない。
そのまま歩いていると家に着いた
扉を開ける。
玄関は暗いままだった。
ただいま、と言っても返事はない。
リビングの電気はついているのに、人の気配だけがない。
机の上には、昨日のままのカップ麺の容器。
シンクには洗われていない皿が重なっている。
捺「……またか」
捺は小さく呟く。
それ以上、驚きもしない。
いつも通りお湯を沸かしカップ麺を食べる
スマホを見ても通知はない。
連絡先の上の方は、どれも“未読”のままだった。
部屋に入る。
静かすぎる音だけがある。
誰かに怒られることもない。
誰かに話しかけられることもない。
それなのに、ずっと落ち着かない。
(別に、ひとりは慣れてるし)
そう思おうとして、やめる。
慣れたはずなのに、慣れきれない感覚だけが残る。
捺「もう寝よ」
◇◇◇
7月7日(火)
朝。
返事のない朝が続くことに、もう違和感すら薄くなっていた。
目覚ましは鳴っていた。
けれど、止める手だけが先に動く。
部屋は昨日と同じまま。
カーテンは半分閉じたままで、光だけが細く入っている。
布団の中で少しだけ息を吐く。
捺「……別に」
声に出してみるけど、誰に向けた言葉でもない。
起きる理由は特にない。
でも、起きない理由もない。
それがいちばん面倒だった。
制服の袖に腕を通し、ネクタイを結ぶ。
キッチンに行くと、昨日のコップがそのまま置いてある。
水が少し濁っている。
冷蔵庫を開ける。
“すぐ食べられそうなもの”はほとんどない。
捺「……まあいいか」
小さく言って、そのまま出る準備をする。
玄関。
靴は一つだけきれいに揃っている。
もう一つの靴は、どこにあったか覚えていない。
探す気も起きない。
捺「行ってきます」
言葉は部屋の中に落ちるだけで、誰にも届かない。
ドアを開ける。
外は普通の朝だった。
捺「あ」
こさめがいた
すぐに目をそらした
気まずくていつもより早く歩いた
通学路の声も、車の音も、いつも通り。
その“いつも通り”が、少しだけ遠い。校門が見えてくる。
人の流れが少しずつ分かれていく。
友達同士で並ぶやつ。
一人で早歩きするやつ。
その全部が、遠く感じる。
ただ、少しだけ周りの声が耳に残る。
「昨日さ……」
「まだ続いてんのかな」
途中で途切れる会話。
続きは聞こえない。
でも、それで十分だった。
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コメント
5件
♡300にしといたー! 一部だけ切り取られて噂が広がっていくのって怖いよねぇ! 最近見た🍓👑🐶くんの切り抜き?みたいなんで改めてこっわって思ったとこやったから、うわぁってなった!
読んだよ…第5話。空気が重くて、読んでるこっちまで息が詰まった。先生の「いじめ」って一言で、関係性がパッと固定されちゃった感じがすごくリアルだった。それでいてなつの家の静けさが痛い…「慣れてる」と呟くところが切なすぎる。こさめの気づかないふりも、いるまの庇い方も、みんな正解がわからなくてもがいてる感じが伝わってきたよ。続きがすごく気になるわ。