兄弟と共に詰所から西に向かって10分程度歩いていくと、目的地である『リアン大聖堂』に到着した。外観はリオラド神殿と同じ、青みがある白い石造り。神殿に比べかなり大きな建築物であり、空を切り裂くように立っている2つの尖塔が目を惹きつける。
「近くで見るとほんとデカいよね。中に入るのなんて何年振りだろ」
「お前達、聖堂内では騒がず静かにしてろよ」
「分かってるって」
ルイスは軽く返事を返すと、さくさくと中へ入っていく。俺とレナードもその後に続いた。しかし、俺たちの姿を見て、扉口の側にいた衛兵が慌ただしく駆け寄って来る。事件でもあったのかと誤解したようだ。この格好のままで来たの失敗だな。
思わぬ所で衛兵に足止めを食らってしまったが、俺たちは無事に聖堂の中に入ることができた。
30メートルはある高い天井を美しく整列した柱が支えている。壁や床に施された装飾も見事だ。窓を彩るステンドグラス……そこを通り抜け堂内に降り注ぐ光は、神秘的な色彩で中央通路を照らしていた。この独特な雰囲気に飲まれ、心が洗われるような気分になる。
内部はひっそりと静かで人の数もまばらであった。そんな中で俺達の姿は非常に目立つし浮いていた。周囲からどよめく声も聞こえてくる。酒場がシエルレクト神に襲われた事件のせいで、近隣住民は不安になっているのだ。さっき声をかけてきた衛兵と同じで、いきなり軍の人間が大聖堂に現れたら身構えてしまうだろう。
すまないな。ブレスレットを買いに来ただけだから、そんなに注目しないでくれ。
無駄に怯えさせてしまっていることに申し訳無さを感じている自分とは違い、兄弟はしれっとした顔で堂内を歩いている。俺は居心地の悪さを振り払うように内部を見回し、ブレスレットが売っている場所を探した。早く買って退散しよう。すると、中央通路の両脇……柱で区切られた右側廊下に設置されている懺悔室が目に入った。
懺悔室とは司祭を通して自分の罪を告白し、神に許しを請う場所だ。小部屋がふたつ繋がっていて片方に司祭、もう片方には懺悔をする信者が入る。部屋の間には窓が付いた衝立があり、お互いの声は聞こえるが顔は見えないように配慮されている。そして、告白の内容を司祭が第三者に明かすことはない。
「セドリックさんったら、何か後ろめたいことでもあるんですか。イケナイ事しちゃった?」
「どういう意味だよ……」
「だって懺悔室とか熱心に眺めてるんですもん」
レナードは茶化すように笑った。俺に懺悔したいことなんて無い……無いはずだ。
「何となく見てただけだよ。そんなことよりブレスレットは見つかったのか?」
「今ルイスが探しに行ってくれてますよ。あまり連なってぞろぞろと歩き回らない方が良さそうなので、私はここでセドリックさんと待機しています」
こいつらも一応周りを気にはしていたのか……。ルイスを待つ間、俺とレナードは中央通路から聖堂の奥にある祭壇を眺めた。そこにはリオラド神殿にもある、女神の彫像が置かれている。コスタビューテの守り神、メーアレクト様……像は想像で造られたはずなのに、どことなくご本人に似ていた。
「そういえば……殿下とクレハ様が婚儀を上げられるのもこの場所なんですよね?」
「ああ。正式な儀式はリオラド神殿で執り行なわれるが、リアン大聖堂でも簡易的にだが行う手筈となっている。こっちは大衆に向けたお披露目の意味合いが強いけどな」
「花嫁衣装を身にまとったクレハ様はさぞお綺麗でしょうね。今から楽しみですよ」
「そうだな……」
「レナード、セドリックさん! こっち、あったよ。ブレスレット」
ルイスが手招きをしながら小声で呼びかけてきた。探し物が見つかったようだ。早く早くと急かす彼に従い、俺達はそこから移動した。
ルイスに先導され一旦聖堂から外に出ると、同じ敷地内に聖堂に隣接して柱と屋根だけの簡素な建物が建っていた。そこには僅かだが人集りができている。
「あそこで商人が出店を出してるんだって。ブレスレットが売られてるのもそこだってさ。フェリスも教えるならもっと詳しく言っておいてくれないと……俺、探し回っちゃったじゃん」
ぶつくさと文句を垂れるルイスの機嫌を取りながら、俺達は建物の方へ向かって歩いて行った。
ルイスが言っていた通り、建物の中にはいくつか出店のようなものが確認できた。人集りの理由はこれだったんだな。設置された台の上に、商人達が持ち込んだ様々な品物が所狭しと並べられている。陶器類やガラス製品、古本などなど……。香ばしい匂いがすると思ったらクッキーなんてものまで販売していた。存外興味をそそられ、心が弾む。しかし、本来の目的を忘れるべからずだ。
出店の数は5つほど。俺達は陳列されている商品を注意深く眺めていく。そして、建物の一番端のスペースで店を開いている女性の前で足を止めた。
「あらあら……兵隊さんが来られるなんて珍しい」
「贈り物にしたいんだけど、ちょっと見せて貰ってもいい?」
「ええ、どうぞ。あなた達運が良いわ。今日新しい商品を入荷したばっかりなの。ゆっくり見ていって下さいね」
その女性商人の前には色とりどりの美しいアクセサリーが並べられていた。品数の多さに単純に驚いてしまう。何でも、ここ数日は特に売れ行きが良く、多めに補充したのだという。フェリスの言っていたことは本当だったな。入荷予定を知っている彼女は相当頻繁にここを訪れているとみた。
「ほら、4日前……化け物が出たって町中大騒ぎだったでしょう。兵隊さん達が頑張ってくれてるのは知ってるけど……どうしても不安になってしまうのよ。こんな小さなお守りでも、身に付けていると心を落ちつかせてくれるから。商品が売れるのは有難いことだけれど……複雑だわ」
化け物の正体が神だなどと言えるわけもなく。俺は女性の話をやりきれない気持ちで聞いていた。シエルレクト神がコスタビューテの民に危害を与えることは無いと信じたい。けれど、人を好んで食すという恐ろしい特性がある以上、楽観的に考えることは出来そうになかった。
「ネックレスにブローチ……あっ、髪飾りもある。ブレスレットもたくさん種類があるね。石の色も青だけじゃないんだ」
「あっ、私これがいいな。アンクレット」
レナードが手にしたのは2連チェーンの細身なアンクレットだった。ピンク色の石が銀色のチェーンに可憐に飾られている。
「贈るのはブレスレットじゃなかったのか?」
「こっちの方がちょっと変わり種で良いじゃないですか。クレハ様は短い丈のドレスをお召しになってることが多いですし、足元のアクセント付けにぴったりです。とりあえず候補ってことで……」
レナードはぶつぶつと呟きながら商品を物色している。これは似たようなデザインの持ってたとか、あれはクレハ様の好みとは違うとか……こいつよく見てるな。
「ボスの分も買っていこうぜ。姫さんのだけだと拗ねるぞ」
「いいね、おふたりでお揃い。それならアンクレットよりバングルの方がいいかな……いっそ両方でも。石の色はどうしよっか。クレハ様青系のアクセサリーはいっぱい持ってそうだし、赤とか緑にしてみる?」
「ボスと揃いで贈るなら白とかが無難じゃないか。ボスはあんまり派手なの嫌がりそう。白なら姫さんも好きな色だし」
「飾りの色が白ならチェーン部分はゴールドでも可愛いと思う……これとかどう?」
「悪くないけど、俺はシルバーの方が好きかな」
「熱心ねぇ……贈り相手はご家族の方かしら? それとも恋人?」
「当たらずとも遠からずってとこですよ。とても大切な方達なんです」
「そう……。チェーンの長さは調節出来るから、必要なら言ってね」
レナードの言葉に女性は優しく微笑んだ。若い娘さんのようにアクセサリーを選んでいる兄弟には混ざらず、俺は先程の懺悔室のことを思い出していた。何故だろう……あの懺悔室が妙に気にかかるのだ。自分では意識していないが、後ろめたい事や後悔している何かがあったりするのだろうか。
「ちょっと、セドリックさん! セドリックさんも一緒に選んでよ!!」
アクセサリー選びに非協力的だった俺は、ルイスにせっつかれる。考え込んでも答えが出ないものはしょうがないな。懺悔室のことは忘れて気持ちを切り替えることにした。
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