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「業務提携、か……」
「うちでは他にもいろいろ考えたけどな」
資料の中に『(仮)』と書かれたプラン案があり、美冬はその中身を確認してゆく。
「本当は今のミルヴェイユとは違うセカンドラインを販売することはどうなんだと思った。今のミルヴェイユのターゲット層はキャリア、セレブ層だろう? それに憧れる層をターゲットにしたセカンドラインブランドを作るとかな」
ブランドを新たに立ち上げるということだ。
新たなブランドなんて発想は美冬にはなかった。
「それは片倉に却下されたよ。壮大過ぎるし現実味がないと言われた。第一金がかかると言われたな」
そう言って槙野は苦笑しているが、活き活きとした瞳はまるで少年のようだ。
「社内で揉んでくれてたの?」
「それはもちろん。うちでやる以上は様々な角度から分析、発案する」
それは、美冬だけでは思いつかなかったことで、服のことばかりを考えている社員からも出てくることはない意見だろう。
「セカンドラインブランドかぁ……。きゅんきゅんするなあ」
「いい案だろ?」
「私は好き! 確かにお金かかりそう。でもその案は夢があって好きだなぁ」
槙野は一瞬目を見開いて美冬を見た。
──ん?
「片倉からはクソ提案だとバッサリ切られたやつなんだ。企画書も作らせてもらえなかった」
「あー、やっぱりあの方笑顔で人を斬れるタイプなんだ」
「そうだな。それはもうバッサリ」
最初、美冬は槙野のことを怖いと思った。
けれどこんな風に話す槙野は怖くない。むしろ、同じ方向を向いて一緒に考えてくれる人なのだという気がした。
この人に任せて、大丈夫。一緒にやっていこう。
美冬はすでにそんな気持ちになっていた。
「今回提携を考えている企業は販路についてはすでにかなり広がっているんだ。郊外はショッピングセンターとか、都心ではファッションビルとかな。その一部のファッションビル内の店舗での限定コラボ企画が今回の提案なんだよ」
「結構具体的に教えてくれてない?」
秘密保持は良いのだろうか。
「それだけでは企業は特定できないだろう。まだ確定でもないしな。そんな企画があるってレベルだ」
「限定とかコラボ企画とか、女子は好きだと思う」
「それはカンフルみたいなもんで、他にもパターンオーダー商品の導入とか、ミルヴェイユに検討してほしいことは結構ある」
「パターンオーダー!」
「そう。ワイシャツなんかは割とあるらしいな。例えばうちの女性社員に聞くとスカート丈なんか、もし好みのもので作れたらいいって話もあった」
槙野の話を聞いていて、先程までの不安よりもワクワクする気持ちの方が湧き出てくる美冬である。
自分の好きな素材や好きな柄、好きな丈、好きなパターンでオーダーできるスカートやワンピース。
特別感が更に増すし、上手くすれば組み合わせは無限でもある。
パターンオーダーなら、型紙があるということなので、作る方にも負担は少ない。聞いていて楽しくなってしまう。
「うわー、そうしてみるとうちは本当にまだまだだったのね。ベンチャーキャピタルってそこまでするものなの?」
「うちはその辺は割と幅広く仕事する。いい技術もいい商品も持っているのに経営や商売が上手くなくて会社がなくなる、なんて残念過ぎるだろう」
そういうことで悔しい思いをしているのか、そう言った槙野は眉間にシワを寄せていた。美冬はそのシワを指先で触れて人差し指と中指できゅっきゅと伸ばす。
「真面目な顔しちゃって。そんな顔しなくても大丈夫。私は社員を信じてる。でもだからこそ、守ってあげたいし、もっと頑張りたいの」
槙野は美冬のその手を掴んだ。
「お前さぁ、俺のこと、どうしたいの?」
「どう……?」
はーっと深い吐息が槙野から聞こえた。
よし、この機会だ言っておこう。
「祐輔、そのため息やめてほしい」
「んぁ? ため息?」
「気づいてないの? すごく深いため息よくしているわよ。他の人が聞いたら……」
「ため息じゃない。深呼吸だ」
え? 深呼吸?
「だから、そういうところ」
また、大きく息を吸っていて、大きく息を吐きそうなところを美冬に指摘されたからか、そっと吐いている。
──本当だ。深呼吸だわ。
「ごめん。本当に深呼吸だったのね」
「いや。美冬が不快なら直す。大きく息をすると落ち着くんだ」
つまり、美冬といる時にその回数が多い、ということは落ち着かないということなのだろうか。
「スポーツしてた頃からのルーティンなんだろうな」
「スポーツ! 何してたの?」
「水泳。高校の途中でやめたけど」
あまり聞いてほしくなさそうだったので美冬はそれでその会話はやめることにした。
美冬はそれよりもその深呼吸の回数が美冬の前で多いことの方が気になったのだ。
「それって、その深呼吸が多いって私と一緒なのは落ち着かないってことかな」
「ああ。落ち着かないな」
ががーん! である。
とてもショックだ。
(いや、どうせ好みじゃないしね、契約なんだしね、ショックを受けることはないんだけどね。なんだろうすごーくへこむわ……)
一方の槙野にしてみれば落ち着くわけがないのだ。