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青×赤
先生×生徒
地雷さんback推奨
赤「」
青『』
Liura side
放課後の教室。
カーテンがゆるく揺れて、窓から射し込む夕陽が、机の上を黄金色に染めている。
『この問題……どこが分からないん?』
いふ先生の低い声が、教室にぽつりと響く。
静かな空間に、チョークが黒板をかすめる音だけが心地よく残る。
「……ん」
頬杖をついたまま、ノートを見つめる。
視線は教科書の上を彷徨っているが、実際にはまるで頭に入っていない。
赤(こんな近くで……無理だって、集中なんて)
斜め前に座るいふ先生の横顔を、こっそり盗み見る。
無造作に落ちる淡い藍色の髪、細くて長い指、時折見せる爽やかな笑み。
どれも、どれも、好きになってしまった。
『りうら、聞いてる?』
「……あ、ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
『……』
いふ先生がペンを置いた音が、妙に大きく感じた。
そして、ふとこちらに向き直る。
『最近、ずっとそんな感じだよな。……俺の顔、なんか付いとる?』
最近の行動に気づかれていた事実に、りうらの心臓が跳ねる。
「ち、ちがっ……」
『勉強に集中できない理由、なんとなく分かっとるよ』
いふ先生の声は優しい。でも、それが逆につらい。
拒絶じゃない。けれど、すぐに触れられない距離を突きつけられる。
「……俺、どうしようもなくて……気づいたら、先生のことばっか考えてて……」
発した声は震えていた。
やっと口にした言葉だった。
先生は黙ってその言葉を受け止めると、そっと椅子を引いて立ち上がり、りうらの隣に腰を下ろす。
『りうら』
静かに名前を呼ばれるだけで、胸が熱くなる。
『ありがとう。……でも、りうらは、生徒で、俺は教師や』
「……分かってる。でも、俺は……」
『俺も、りうらの気持ちをなかったことにはしないよ』
優しい声に、目の奥が熱くなる。
『やから、卒業するまで、待ってて。……それまでは“先生”としてしか、りうらには向き合えない』
指先が、そっとりうらの手に触れた
それは恋人のような触れ方ではなく、約束のように確かなものだった。
りうらは小さく頷いた。
「……うん。待つよ、俺」
If side
放課後の教室は、いつもと違って静かだった。
隣の教室からも物音ひとつ聞こえない。
夕焼けに染まった窓辺の席で、りうらはノートを開いている。けれど――。
(また、俺の顔を見てる)
気づかないふりをするのは、もう何度目だろう
視線はやわらかく、けれどどこか切実で、まっすぐで、時に刺さる。
教師として、このまま気づかないふりを続けることもできた。
でも――。
『りうら、聞いてる?』
声をかけると、りうらは少し焦ったように目をそらした。
「あ、ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
(……やっぱり、だな)
ペンを置く。
このまま勉強を続けたところで、りうらはきっと集中できない。
そして、俺も。
『最近、ずっとそんな感じだよな。……俺の顔、なんか付いとる??』
一瞬、彼の表情が止まる。
バレてないとでも思ってたのだろうか。答えに詰まりながらも、彼は震える声で言葉を紡いだ。
「……俺、どうしようもなくて……気づいたら、先生のことばっか考えてて……」
(言わせてもうたな)
本当は、もうずっと前から分かっていた。
けれど、その言葉をりうらの口から聞くと、どうしようもなく胸が痛む。
俺が教師で、りうらがまだ生徒でなければ――
そんな「もしも」に逃げたくなるほど、愛おしいと思ってしまった。
椅子を引いて、彼の隣に座る。
こんなに近くにいるのに、触れてはいけない。
でも、言葉でだけは、応えなくてはならない。
『りうら』
名前を呼ぶと、彼は少しだけ肩を震わせた。
『ありがとう。……でも、りうらは、生徒で、俺は教師や』
「……分かってる。でも、俺は……」
『俺も、りうらの気持ちをなかったことにはしないよ』
これは教師としての責任ではなく、ひとりの人間としての答えだった。
彼の言葉が本気だったからこそ、真っ直ぐに返したかった。
『やから、卒業するまで、待ってて。……それまでは“先生”としてしか、りうらには向き合えない』
言葉だけじゃ足りないような気がして、そっと彼の手に触れる。
指先が重なるだけの、静かな約束。
(あと少しだ、もう少しだけ、俺たちは待たなきゃいけない)
彼の小さな「うん」が、夕陽に溶けていった。
春の風が、桜の花びらを教室に吹き込んでくる。
卒業式が終わり、体育館での余韻が残るなか、生徒たちはそれぞれ記念写真を撮ったり、先生に挨拶をしていた。
その喧騒の中で、りうらの姿だけが見えなかった。
俺は最後のホームルームを終えて、自分の教室に戻る。
黒板には「卒業おめでとう」の文字、そして、書ききれないほどの寄せ書き。
静かな教室。けれど、そこにはもう一人いた。
『……りうら』
窓辺に、背を向けて立っている。
制服姿のまま、花束もそのまま片手に持っている。
「……いふ先生」
振り返ったりうらの瞳は、どこか張りつめていた。
「来ないかと思った」
『俺も……来るなって、言われるかと思った』
ふたりとも、ふっと小さく笑う。
俺もは扉を閉めて、りうらの前まで歩く。
今日はもう、「教師」と「生徒」ではない。
『卒業、おめでとう』
「……ありがとう」
りうらはまっすぐに見つめてくる。その目に、迷いはなかった。
『俺、今日この日をずっと待ってた』
「知ってる」
「ずっと……あのときから、いふ先生のこと、ずっと考えてたよ」
俺は静かに目を伏せる。
この数ヶ月、何度言いかけた言葉を飲み込んだだろう。
でも今だけは、言ってもいい。
『俺も……ずっと、お前のこと、りうらのこと考えてた』
顔を上げたとき、りうらの目がわずかに揺れる。
『“先生”って呼ばれるたびに、いつか終わるその関係が怖かった。
でも、それ以上に――お前のこと、ちゃんと、堂々と“りうら”って呼べる日を、待ってた』
りうらの喉が、小さく鳴った。
「じゃあ……呼んでよ、今」
沈黙が、ほんの少し流れたあと――
俺は、微笑んで君の名前を呼ぶ。
『りうら』
それだけで、りうらの目尻から涙がこぼれた。
春の風がまた吹き、散った花びらがふたりの肩に落ちる。
「……もう、“先生”って呼ばないでいい?」
『……ああ』
りうらは、そっと俺のスーツの袖をつかんだ。
「俺と……ちゃんと恋、してよ」
俺は迷わず、りうらの手を取り返した。
『もちろん。もう、俺らの間に壁なんかない』
教室の中、ふたりの距離が静かに縮まる。
新しい関係の始まりは、桜の香りと共に訪れた。