テラーノベル
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軋む身体を引っさげて、なんとか到着した村の宿。
ボロボロの白シャツのままではみすぼらしいと思われたのか、「村の人から服を借りる?」と促されたが、その先、着替えた後の服を荷物みたいに運び続けるのも面倒と思い、肩から膝までを覆う黒い布を一枚貰って羽織ることにした。
「アーシアの王国は国民から支持されてんだな。 横にいるだけのオレにもかなり良くしてくれる」
「……支持されてたのは少し前までの話ですよ。 今は、恐怖されている」
「恐怖?」
「……ヴィクトーリアは民主主義の優しい国だった。 私は父の築いたこの国が好きだった……。 でも世代が交代して、私の兄が台頭してから変わってしまったの……。 国も、兄も……。 かつては魔王征伐の希望だった『転生者』すら、今ではあの扱い。 民に恐怖されるのも道理よ……」
「そうだ、『転生者』! オレ以外にも、こっちの世界に来てる奴がいるのか? どこにいるか知ってるか!?」
理紗も流れ星になってこの異世界に落ちてきたなら、アーシアみたいに誰かに拾われてるかもしれない。
それが優しい人か、怖い人なのか分からないのが恐ろしい。状況確認するために、すぐにでも合流する必要がある。
「このくらいの身長の女の子で! 服はオレと同じ制服……、じゃあ伝わらねえよな。 白い服とスカートで、長い黒髪で……」
「それって、『結晶』の……!」
『結晶』の?
アーシアには心当たりがあるみたいだが……、何故か話を止めてしまった。
何か、言い辛いことでもあるみたいに。
「頼む、知ってることがあるなら教えてくれ。 その子はオレの大切な妹なんだ!」
「あの子が、勇者様の……。 それなら知る権利がある。 いえ、知らなければいけないわ……。 私の兄、エドガーの凶行を」
「……アーシアのお兄さんが、何か関係してるのか?」
「恐らく、妹君はヴィクトーリア王国が保護しているわ。 聞いた身体的特徴と一致しているし、最近見つかった流れ星はその子だけだもの。 二週間ほど前に斥候部隊が発見して、今は城の地下で治療を受けているはずよ」
……妹が見つかったのが、二週間も前?
確かにマリアの開いた『窓』を通ってこっちの世界に送られたのは、妹の方が先だ。でも、オレが送り込まれたのだって数分ほどの間隔しかない。
それで二週間も差があるなんて……、あの『窓』の中の青い空間は時間の流れが歪んでたとしか思えない。この世界に到着する前に、時間がねじ曲がっちまったとしか……。
「てか、治療って何だよ! 理紗は怪我してんのか!?」
「いいえ、発見された時の怪我はかすり傷程度で命に別状はなかったそうよ。 でも問題は別のところ……、その『転生者』は、目覚めないらしいの」
「……二週間、ずっと眠りっぱなしってことか?」
「ええ……。 少なくとも、私が城を出た昨日までは。 国の解呪師を呼んで試してみたけれど、効果はなかった。 私たちの世界に転生してくる前から植物状態だったか、それとも……、より上位の存在から受けた呪縛なのか。 でもそんなことが出来るなんて、魔王か神柱の級にしか……。 女神マリア様の力をお借りしても目覚めないなんて……」
まさか、その女神マリアが妹を眠らせたなんて思いもしないのだろう。
アーシアの言動からして、どうやらこの異世界ではマリアは敬愛と信仰の存在らしいしな。
「なあ、アーシア。 君のいたヴィクトーリア城ってとこに案内してくれないか? オレは妹に会いたい。 疑うワケじゃねえけどよ、保護されてるっつってもこの目で見るまで信じられねえし、安心してえんだ」
「それは……、少し難しい、かもしれません」
アーシアは更に顔を曇らせた。
だがこんなところで話を止めてもらうわけにはいかない。まだ聞きたいことは山ほどある。
妹はヴィクトーリア城で保護されているって言ってたが、何のためだ? 新しい王となったアーシアの兄の凶行ってのは?
「教えてくれ。 オレは兄として、こっちの世界に来ちまった妹を救わなきゃならねえ。 妹を連れて、元の世界に帰らなきゃならねえんだ!」
「……勇者様の妹君を、兄のエドは『夢幻』と呼んでいた。 『夢幻』と言うのは、王国に古より伝わる御伽噺にでてくる魔女の名前。 膨大な魔力と古代術式を扱う謎の魔術師。 あの子からは、その名で呼ばれるほどの強大な魔力が感じられたの。 あの子なら、過去の『転生者』たちでも成し遂げることのできなかった魔王征伐を為せるかもしれない。 皆、そう思ったわ。 ただ、それは眠り続けていなければの話だけれど……」
「……エドガーは、オレの妹をどうする気だ? その空気じゃあ、ただ大人しく目覚めるまで待ってますって感じじゃなさそうだ」
「……エドは、彼女を『結晶』にしようとしている。 私たちヴィクトーリアの王族の歴史は、魔法剣の技術と共にあるの。 本来交わるはずのない複数の魔法を混合させ、剣を器と見立てて注ぎ込み、ひとつにする。 強制的な昇級による特大威力の剣技を扱う戦闘技法よ。 血脈と共に伝えられてきたこの技法は、末裔たる私とエドだけが扱えるもの。 並大抵の戦士や魔術師では、その膨大な魔力消費量を支払えず、発動すらままならないわ。 幼きから毎日、剣の魔法の両の鍛錬を続けている私ですら炎と氷と雷の三色混合が限界……。 でも、エドはその壁を優に超えた、六色混合の魔法剣を扱うことのできる天才。 兄なら、魔法剣技術の天辺を押し上げられる。 その為には、更なる膨大な魔力が必要。 しかし、人の身にこれ以上の魔力を蓄えることは前人未到、いつ暴走を起こしてもおかしくはない危険域に踏み込むことになる。 そこで提案されたのが、外部魔力源の利用です」
「……外部、魔力源?」
「はい、魔力を注入し、保管し、後ほど使うための小型の貯蔵器です。 クリスタルのような形をしていることから、私たちは『結晶』と呼んでいます。 扱い方は乾肉のような保存食だとご想像ください。 事前に魔力を注入した『結晶』より必要な時に、必要な量だけ魔力を引き出し、術者の力を補う代物です。 そうですね、例えば……」
アーシアが指さしたのは、この村に来る目印となった窓の外の風車。
「あの施設は、この一帯の風通りの良さを利用してエネルギーを発生させる建築物なのですが、発生したエネルギーを一時貯蔵する入れ物として利用されているのが『結晶』です。 あの施設で生産された風エネルギーの『結晶』は、村の火起こしなどに利用される。 ……ここまで話せばもうお分かりでしょうが、エドは勇者様の妹君を『結晶』とし、女神の加護によって与えられた魔力を、自らの源にしようとしている。 魔法剣技術を進化させるために……」
「なんで、どうしてそんなことを……! 魔法剣ってのを進化させて、何をするつもりなんだ!?」
「それは……、私が今ここにいる理由でもあります」
アーシアは机に立てかけられていた剣の柄に触れて、
「エドは魔王を倒す『転生者』が一向に現れないことに腹を立て、自らが力を持ち、新たな勇者になろうとしているのです。 究極の魔法剣を開発し、魔王を征伐しようとしているのです。 それだけなら良かったのですが……、エドは現世における最強の魔法剣士として、力に魅入られてしまった……。 己が力のためなら、人を殺す。 奴隷を増やす。 国間戦争に加担する。 あらゆる暴虐、非道徳に手を染め始め、今や恐怖が国を率いている。 私の好きだった父の優しいヴィクトーリアは、もうない。 だから兄の恐ろしい運国を止めようと私は……、私は…………」
「兄だってのに、妹の意見が無視された? それで……、抗議の家出ってことか? おかしいとは思ってたんだ。 王妹だってのにお付きの人の一人もいねえ。 嘘ついてんのか、何か事情があるんだろうってな……」
「……お見通しだったのですね。 城から出て、城下町から出て、行商人の馬車に紛れていたら、森に落下する流れ星を見つけた。 それが、貴方だった」
この異世界じゃ『転生者』ってのは、魔王を倒す可能性のある女神様の加護ってのを受けた別世界の存在で、アーシアにとってエドの凶行を止めるには新しい『転生者』を見つけて、勇者として魔王を倒してもらうしかなかった。
そんな折に、たまたまオレが流れ星となって落下してるのを見つけて……、飛びつくような思いで森に救出に行ったが、出会ったのは女神の加護を無為にしたオレだったってワケか。
事情を知った今なら、さっきの驚き具合にも頷ける。
「……家出して気を引く以外に、エドを止める方法はなかったのかよ? だって危ねえじゃねえか! 盗賊とか、山賊みてえなのもきっとこの世界にはいるんだろ? それにあのドラゴンが二、三匹になって襲ってきたりしたらよ、王族の一人旅、しかも女の子ってのは危険すぎるだろ」
「……他の方法は思いつかなかった。 悪かったわね、幼稚で……。 でも、私は、お飾りだもの。 運国に対しても、私の発言にはそこまで力もない。 魔法も剣も、兄の劣化版。 それに現状、この国で唯一魔王を倒す可能性がある存在はエドしかいない。 王族の失踪、なんてトピックを国に広まらせて、兄の計画を遅延させることくらいしか、思いつくことはできなかった……」
オレと理紗とは違う兄妹関係。
本物の血の関係とは、ここまで下に劣等感を生ませるものなのか。それとも、時代の影響か、兄の狂気が落とした影なのか。
「……だから、勇者様を国には連れて行けないの。 貴方には魔王を倒せる程の女神の加護もないみたいだし……、ごめんなさい、私は、エドを止めたくて……」
「……その話、兄には直接話したのかよ?」
「ええ、何度も。 でも、何にもならなかった……」
「なら、決まりだ」
オレは、アーシアとエドガーの関係をよく知らない。
異世界の常識や時世を理解しているわけでもないのだから、当然と言える。
だけど、それでも。
妹の真摯な訴えを聞かねえ兄が、良い兄なワケがねえ。
「もう一度、エドガーと話し合いに行こう。 オレと一緒に! 凶行を止めて、お前の好きだった昔の王国に戻すんだ」
「なっ……!? 貴方っ、何を言って……!」
「アーシアがオレのことを『転生者』だって紹介してくれれば、門前払いってことにはならないはずだ。 上手くいけば謁見の場で、他の兵士たちも見ている目の前に連れてかれる。 そこで訴えてやるんだ、こんなことはやめてってな」
「分かってるの? 『結晶』になった『転生者』は一生、魔力の器にされる。 人格を失って、死んだも同然の石にされるのよ!? 貴方を国まで連れて行ったら、貴方も『結晶』にされてしまうかもしれないのよ!」
「アーシアが説得してくれりゃあ、そんなことにはならない。 それにオレの妹だって助かる。 だから、これは提案じゃなくてお願いだ。 ……頼む、オレと一緒に、エドガーを止めてくれ」
「そっ、そんなの……! 私じゃ無理よ……。 何か奇跡でも起きない限り、兄は止められない……」
「じゃあ、起こそう! オレ達で奇跡をさ!」
「奇跡って……、奇跡ってなんですか……?」
会ったばっかのオレのために、『転生者』だってのに何の力も持ってないオレのために、身勝手なオレのために……、アーシアは目を逸らさず、一生懸命に考えを巡らせてくれている。
奇跡。
それがどんなもんなのか検討もつかねえが、それを起こさなきゃ理紗も救えねえ、アーシアの好きだった国も帰ってこねえ、エドガーとの兄妹関係も修復できねえってんなら。
「分かんねえよ。 でもよ、起こそうぜ奇跡! 嫌なことも不安も、望んでないことも最悪も、全部をひっくり返す、無計画で最高の奇跡をさ!」
「あ、貴方って人は……、これまで私がお会いした『転生者』の誰よりも無茶苦茶な勇者様です。 ……きっと私が首を縦に振らなければ、一人でも向かわれるおつもりでしょ?」
「ああ、妹のためだ。 オレは手段は選ばないぜ!」
「分かってるんですか? ヴィクトーリアへの道」
「えーと…………、あっちとか?」
「あのですね、そちらは貴方の落ちた森の方角ですよ。 ドラゴンからしたら、まるで”勇み足の砂糖漬け“じゃあないですか」
「スイ……、何だって?」
「”勇み足の砂糖漬け“。 自ら人の胃袋へ食べられに向かうお菓子のよう、という意味ですよ。 レムリア大陸に伝わる諺です。 勇者様の世界では馴染みない言い回しかもしれません」
「王族貴族ならではの豪華な冗句だな? オレのいた元の世界でも、昔の人にとっては砂糖は高級品だったんだぜ。 そういうところでは、どっちの国の歴史も少しは似てるとこがあんのかもな」
明確にOKとは言わなかったが、アーシアの和やかな笑顔は仕方なく協力を了承してくれたみたいだった。
「……それと、オレは煌だ。 神無月煌。 勇者様ってのはやめてくれ。 やってやろうぜ、アーシア。 分からずやのお兄ちゃんにワンモアアタックだ」
「キラさん。 貴方の妹君はリサさん、でしたね。 一緒に、救い出しましょう」
「呼び捨てでいいって」
「キラー? あまり慣れない名前ですから、ちょっと呼び辛いですね……」
「敬語も別にいいのに。 本当はオレが敬語使わなきゃなんねー立場なんだからさ。 ……森で助けてくれてありがとな。 それと、よろしく」
「はい、よろしくお願いしますねっ!」
アーシアはどこか気が晴れたみたいな顔で、そう返した。
コメント
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第115話読み終えたわ! エドガーが妹・理紗を「結晶」にして魔力の器にしようとしてるって衝撃的な真実が明らかになったね…。アーシアが「自分じゃ無理」って諦めかけてたのに、煌が「無計画で最高の奇跡を起こそう」って言い放つシーン、めっちゃ熱かった🔥 しかも「勇み足の砂糖漬け」って異世界の諺が可愛くて笑ったわ。二人の関係性がグッと近づいた回だった!
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睡蓮
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