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それから数日間、何だかんだで慌ただしくなってしまった。
ほとんどは旅の準備だったんだけど、何しろ元の世界とは勝手がずいぶん違うから――
……もしものときのために、まずはある程度の携帯食。
怪我や病気をしたときの備えもしておかなければいけない。
『毒治癒ポーション』や『麻痺治癒ポーション』も必需品だけど、この辺りは自分で作れたから節約ができた。
それと、服!
転生してきたときの服はヴィクトリアの従魔にボロボロにされたから、同じような服を仕立ててもらっていたのだ。
ルイサさんの口利きもあって、優先してすぐに作ってもらえたのは助かった。
……ちなみに、予備の服とかもつい買い込んでしまって、結構な出費をしてしまったのは内緒だ。
あとは……薬草や鉱石を扱うお店で、素材になりそうなものを出来るだけ買っておいた。
新しい何かを作ろうとしたとき、どんな素材が必要になるかが分からないからね。
それ以外には、日用品とか。
身だしなみはしっかりと、常に清潔にしておきたいし――
……そんなこんなで、手持ちのお金は金貨3枚ほどまでに減ってしまった。
少し心もとなくなったけど、その代わりに準備は万端だ。
きっと、何とかなるはず。
多分、大丈夫。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ルイサさん、いらっしゃいますか?」
宿屋の入口、カウンターの奥に向かって呼び掛ける。
転生して以来、ずっとお世話になってきたこの宿屋ともお別れだ。
そう考えると、しんみりと心にくるものがある。
「今日でお別れとは、寂しいねぇ……」
ルイサさんは姿を現すと、寂しそうな笑顔を向けてくれた。
「そのうち戻ってくると思いますので、そのときはまたお世話になりますね」
辺境都市クレントスは、この世界で私が初めて訪れた街だ。
ヴィクトリアがいるのは嫌だけど、それでもこの街に思い入れはある。
……そのうち、必ず戻ってきたいとは思っているのだ。
「ははは、約束だよ。
何せ、アイナさんは私の恩人なんだからね」
そう言いながら、ルイサさんは治った足をさすって見せる。
「いえいえ。
これからも頑張って、宿屋を切り盛りしていってくださいね!」
「もちろんさ!
ああ、それでね。アイナさん、薬のお代はどうしても受け取ってくれなかっただろう?
代わりといってはなんだけど、プレゼントを用意したんだよ」
「え? プレゼントですか?」
ルイサさんは満面の笑みで頷くと、奥から包みを持ってきた。
両手で受け取ると、柔らかい感触が手に伝わってくる。
包みを広げて、中の物を取り出す。
それを広げると――上等な布で作られた、法衣のような丈の長い服が姿を現した。
漫画やゲームのコスプレにも見えるけど、この世界では違和感の無い服だ。
「……これは?」
「聖人が着るようなイメージで作ってみたんだよ。
アイナさんは実際、凄腕の錬金術師だろう?
いざというとき、服でハッタリをかましたくなるときもあるだろうし、さ」
「もしかして、ルイサさんが作ったんですか?」
そう言いながら、自然とルイサさんを鑑定してしまう。
裁縫スキルは……レベル32!
「ルイサさん、裁縫スキルが高いんですね」
「ふふふ、死んだ旦那に会うまでは裁縫師だったからね。
旦那と一緒になって、世界一の宿屋を目指すようになったんだけど――」
……ルイサさんは懐かしそうに微笑んだ。
初めて聞いた話だけど、彼女も今まで、きっと色々なことがあったのだろう。
「とても素敵な服だと思います! 大切に使わせて頂きますね!」
「ははは、そうしておくれ。
そうそう、アイーシャさんも贈り物があるって言っていたから、是非訪ねておくれね」
「そんなに気を遣って頂かなくても良いんですが……。
うーん、それじゃ、このあとご挨拶に伺いますね」
「うん、頼んだよ。
それではアイナさん、お元気で!」
ルイサさんの姿が見えなくなるまで、私は手を振って……そして、宿屋を出た。
……太陽の光を浴びながら、まずは大きく伸びをする。
旅立ちに相応しい、とても素晴らしい朝だ。
「出発前に挨拶するのは、距離的に――
……ルークさん、ケアリーさん、最後にアイーシャさん、の順番かな?」
まずは一番近い場所、街門のルークさんのところに挨拶に行くことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナさん、おはようございます。
え? ルークは、今日は……えっと、そうそう、非番でして」
ええ? 何とも間が悪い。
まぁ仕方が無いか……と思いながら、そのままルークさんの同僚に挨拶をする。
「私、今日でこの街を発ちますので、最後のご挨拶にと思ったんですが」
「そうでしたか、もう旅立たれるんですね……。
ははっ、ルークのやつ、アイナさんの話ばかりしていたんですよ。
アイナさんも、アイツと話していて鬱陶しかったでしょう?」
「いえいえ、そんな……」
……って、肯定も否定もしづらいわ!!
でもまぁ、少なからず好意を持ってくれていたのは嬉しかったかな。
何とも間の悪い青年だったけど、お元気で。
胸の中でそう祈りながら、私は街門を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ! アイナさん、おはようございます!」
次に向かったのは冒険者ギルドの受付、ケアリーさんのところだ。
「ケアリーさん、おはようございます。
出発前のご挨拶にきました」
そう言うや、ケアリーさんの顔は悲しそうに崩れてしまう。
「ああ……、今日でしたね……。
ふえぇ、アイナさんお元気で……っ」
「泣かないでください、また来ますから。
そうそう、しばらくのお別れということで、ちょっとした手土産を……」
そう言いながら『中級ポーション』『高級ポーション』『精神安定剤(小)』などの新作アイテムを何本かずつ並べる。
もちろん全部、S+級だ。
「つらいときに……ぐいっといってください。
いろいろ大変でしょうけど、応援していますから!」
「アイナさんらしい差し入れですね……。
でもこれ、このまま私の鞄に入れると、すごく横領っぽいですよね?」
言われてみれば、ここは冒険者ギルドの受付カウンター。
そこで出されたアイテムを受付嬢が自分の鞄に入れたとなれば……どう見ても横領だ。
「あああ! そう言われてみればそうですね、しまったー!」
「あはは、上司に確認してもらえばたぶん大丈夫です!
少し待っていてください」
そう言いながら、ケアリーさんはすぐに彼女の上司を呼んできた。
その監視のもとで、私があげたアイテムを鞄にしまっていく。
「……何だかゴタゴタとすいません、そういう場所なので。
では、何かあったときには使わせて頂きますね」
「いえ、こちらこそ気がまわらなくて。
それでは本当にお世話になりました。またそのうち、顔を出しますね」
「お待ちしてます!
あの、それと――」
「はい?」
「あ、いえ……なんでもないです!
それではお元気で!」
……最後に何か言葉を飲み込んだ気もしたが、私はそのまま、冒険者ギルドを後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最後に訪れたのはアイーシャさんの家。
長屋のような建物の一室だ。
「あら、アイナさん! よく来てくれましたね」
「今日この街を発ちますので、最後のご挨拶をと思いまして」
「ルイサから聞いてはいたけど、本当に残念だわ。
でも、世界にはあなたのことを待っている人がたくさんいるでしょうし……仕方がありませんね」
「あはは……。出来るだけ頑張ります」
「是非、そうしてくださいな。
それでね、ルイサから服をもらったでしょう?」
「あ、はい、頂きました。とても素敵な服で!」
「それは良かったわ。
私からも贈り物があるんだけど、受け取ってもらえるかしら」
そう言うとアイーシャさんは、部屋の中からひとつの長いものを出してきた。
「……杖?」
それは魔法使いが使うような杖。
かっこいいとかわいいの中間くらいのデザインで、とても私好みである。
「長旅にはこういうものがあると便利ですからね。
是非、持っていってくださいな。デザインも素敵な感じでしょう?」
これは嬉しい!
……のだけど、アイーシャさんって没落貴族で貧乏なんじゃなかったっけ?
こんな立派な杖、一体どうしたんだろう。
そう思っていると、アイーシャさんは察したように小声で話してきた。
「これはね、私の支援者に取り寄せてもらったの。
足を治してもらってからね、私にもやらなければいけないことが出来たのよ」
……支援者?
そういえばルイサさんが、アイーシャさんには『未だに悪い連中が声を掛けて来る』……って言ってたっけ。
大丈夫なのかな……?
アイーシャさんはそれすらも察して、言葉を続ける。
「私も結構な野心家なのよ? 毒を食らわば皿まで。
そうそう、アイナさん。ヴィクトリア様にちょっかいを出されていたんでしょう?」
その言葉に私は驚き、アイーシャさんの顔をまっすぐに見てしまう。
「私の恩人にちょっかいを出すなんて、誰であろうと許せませんからね。
うふふ、アイナさんがこの街に戻って来たとき、どうなっているかしらね……?」
アイーシャさんは悪い感じに笑った。
そんなイメージは無かったけど、本当はこういう人だったんだ……?
没落貴族とは言え、元は貴族。やっぱり貴族って……怖い!!
「あ、あはは……。
がっつり、再起不能なくらいにお願いします!」
「任せなさい♪」
アイーシャさんは小さくガッツポーズを取った。
今までは品のある振る舞いばかりだったので、そういうところがやたら可愛く見えてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――さてと、そろそろ時間かな」
アイーシャさんの家を離れて、私は乗り合い馬車の場所に向かった。
そこからは、もう街の外だ。
残りの時間は僅かだけど、それまではこの街を楽しんでいくことにしよう。