テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◇◇◇◇
城下町を見渡せる場所。
石造りの城門の上は、風がよく通る。
セレナが大好きな場所のひとつだった。
青く広がる空。遠くまで連なる屋根の彩り。行き交う人々のざわめき。パンの焼ける匂い、子どもの笑い声、商人の呼び声。
生きている国の音が、ここにはある。
風にクリームベージュ色の髪をなびかせながら、セレナはそれらを眺めていた。
「セレナ様、陛下がお越しになりました」
クリスがそう言うと、セレナは背後に振り返る。
「なんだか、元気がないように見えます」
レオニスは隣に立つ。
「そうか? いつもどおりだ」
城下を見下ろしながら、短く答える。
「だが……そうだな。バルタザールの陽気に当てられたのかもしれん」
わずかに苦笑する。
「初めてお会いしましたけど、陽気な方でしたもんね」
セレナがくすりと笑う。
その横顔。
その穏やかな表情ひとつで、国の命運が揺れる。
皮肉な話だ。
バリスハリスの戦況は、絶望的だった。
同盟国は次々と白紙撤回を選んだ。ヴァルディウス王国と正面からぶつかるとなれば、誰もが及び腰になる。
それだけでも不利だ。
そこにエルピアータ帝国まで加われば。
勝算は、限りなく薄い。
「セレナ」
「はい?」
彼女は素直にレオニスに振り向く。
疑いも、警戒もない瞳。
「少し……お前に触れてもいいか」
「ん? はい、いいですよ」
何の躊躇もなく、頷く。
次の瞬間。
レオニスはセレナを強く抱き寄せた。
「え、え、え!?」
驚きの声が城壁に反響する。
腕の力が、想像以上に強い。
「へ、陛下……っ、く、苦しいです」
「……もう少し、このままで」
頼りのない声。
声は震えてはいない。
だが、抱く腕だけがわずかに震えていた。レオニスは必死だった。
壊れかけた信念を、抱き締めることで繋ぎ止めるように。
セレナは、気づいた。
これは独占欲ではない。
恐怖だ。
国を守れないかもしれないという恐怖。
自分を守れないかもしれないという焦り。
「……私を、手放してください」
静かに言う。
「ならん」
信念の言葉。
「私が死ねば、戦争はなかったことになります。それくらいは私でもわかるんですよ」
セレナの言うことは事実としてある。
レオニスの腕が、さらに強くなる。
「俺を誰だと思っている。バリスハリスの王だ。俺が負ける未来なぞ、まだ決まっておらん」
耳元で低く響く。
「そしてお前が生きる未来くらい、俺が作ってやる」
「でも……」
「黙れ」
強く言い切る。
力強く、そして温かい。
守ると決めたものを、絶対に離さないという意志。
セレナは、抵抗をやめた。
城下町の喧騒が遠くにある。
空はどこまでも青い。
風が二人を包む。
絶望の足音が近づいているとしても。
この瞬間だけは、確かに温もりがあった。