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先の話の魔王視点をさらっと書くつもりですとか言って7,000字くらいになったのでふたつに分けました。
誰か短く書くコツを教えてください。
気を抜いていた。
本当にその一言に尽きるミスをした。多忙を言い訳にしたくはないが、疲労は判断力を鈍らせるらしい。
手にしたスマホをよく確認せず、自分の顔以外で自分のスマホのロックが外れる瞬間を、事もあろうに涼ちゃんに見られた。
なんで俺のスマホのロックが外せるの、と、驚くくらい冷淡な声で問われ、すぐにはなんの言い訳もできなかった。
俺の性格をよく知る涼ちゃんは俺の手から自分のスマホを取り返し、俺が密かに仕込んだ位置共有アプリの存在も見つけ出して、元貴が入れたの、とやはり冷淡な声で言った。
あのクソ親娘(と一部社長のせい)で鬼ごっこをしてからと言うもの、俺の中に芽生えた不安を僅かなり緩和させるための措置が、一番知られてはいけない人に最悪な方法でバレた。
顔認証を登録しているからと言って、勝手に見たことはそんなにない。見たことがないとは言わないし、言えない。
今日は言ってたより帰りが遅かったなってときや、ゲームや動画視聴以外にやたらスマホを触っているときくらいなものだ。
位置共有アプリはちゃんと機能しているかの確認程度に週に一度見るか見ないかで、あとは俺が帰れない日に涼ちゃんが家にいるか確認する程度にとどめている。
涼ちゃんに係る全てを把握したいと思ってはいるけれど、決して支配したいと思っているわけではない。管理したいとも思っていない。
涼ちゃんにも涼ちゃんの世界があって、その世界を俺よりも優先することがなければ楽しんでくれて構わない。俺だけのことを考えていて欲しいけど、俺のパートナーとしてだけではなく、Mrs.として生きて行く上ではどうやったって必要な世界もあるから。涼ちゃんにはこの世界を好きでいて欲しいから。
だけど、それをどうやって説明すればいいかが分からない。
基本的にいつも笑顔の涼ちゃんの、感情を削ぎ落とした無表情を久しぶりに見た気がしてひゅっと喉が鳴った。そんな顔を少なくとも俺にだけは向けることはなかったのに。
何か言わなければと分かっているのに何を言っても無駄だと状況が告げる。
「っ、りょ、ちゃ、そのっ」
「いい。聞きたくない」
自分のスマホを机の上に投げ捨てるように置き、腕時計としてつけているスマートウォッチも外して同じように置いて、涼ちゃんは俺に背を向けた。さっさと自分の荷物を持ってスタジオを出て行く。
やばい、やばい、やばい……!
追いかけないといけないのに、あまりにも涼ちゃんの冷たい視線に心臓が凍りついたように動かなくなって、入れ替わるように入ってきた若井が涼ちゃんがこわい顔してたんだけどなんかした? って訊くまでどうやって呼吸をしていたのか分からなくなるほどだった。
「っ、涼ちゃん!」
「あ、おい!」
やっと動けた頃には廊下に涼ちゃんの姿はなくて、頭から血の気が引いていく。恐怖と不安が押し寄せて、足元がぐらぐらと揺れている気さえする。
「どうしたんだよ。てかこれ、涼ちゃんのだよね?」
「……涼ちゃんどこか行くって言ってなかった?」
「はぁ? 車じゃないの?」
「言ってなかったかって訊いてんの!」
完全に八つ当たりだ。若井に向かって怒鳴る俺にスタッフたちが何事かと視線を向けるが、そんなもの気に留めていられなかった。
急にキレる俺にびっくりしていた若井が、俺がこんなふうになるのは涼ちゃん絡みだと悟り、俺の荷物をスタジオから持ってきてこっちに押し付けた。自分の荷物と涼ちゃんのスマホと時計も持っている。
「とりあえず車行こ。話はそこで聞くから」
今日は三人で一緒に帰る予定で、自分の車で来てくれた若井に引きずられるように車の後部座席に荷物みたいに押し込められた。周囲に涼ちゃんがいないことを確認してから運転席に座って出発の準備をしながら、なにしたんだよ元貴、と、こっちに非があるに決まっていると言う鋭い口調で言った。
あぁそうだよ、確かに俺が悪いんだろう。涼ちゃんのことを信用していないとかそういうことじゃないけどロックを外せるようにしてGPS仕込みましたなんて、流石の幼馴染にだって言い淀むくらいのことをしたと自分で分かっている。
でもそうするしかなかったんだよ、俺がささやかにでも安心するためにはさぁ。わかってくれなんて言わないけど文句も言われたくない。文句を言う権利は涼ちゃんにしかないでしょ?
無言を貫く俺に溜息を吐き、取り敢えず家向かうから、と車を発進させた。
車内で自分のスマホに入れたアプリを起動させるけれど、当然自分と同じ場所を指し示すだけだ。なんの意味もなく同じように移動する位置情報を眺めながら、頭の中で涼ちゃんが行きそうな場所を思い浮かべる。
二人でよく行く24時間経営のスーパー? いや、買い物は先日一緒に行ったからまずない。ヤケ酒をするにしたってお酒のストックも家にあるからそういったお店は除外できる。定食屋、レストラン、居酒屋……怒っているとはいえボディメイクに気を使っているから、可能性として一番高いのはお酒が飲める居酒屋だろうか。
居酒屋だとすると候補は莫大で、しらみつぶしにあたるしかない。タクシーで移動したとなると近辺以外の店も候補にあがるから、全てに当たるのは不可能に近い。
それなら一緒に出かけたちょっとしたデートスポット? それこそ車がないと移動できない。若井が一緒にいるなら有り得たけれど、涼ちゃんがひとりで行動するならまずないと思っていい。
……ひとりじゃなかったら?
車を持っている誰かと一緒にいるとしたら? 俺とよく行く店ではなく、その人がよく行くお店だったら? どこかに行く、ではなく、ただただ街を移動していたとしたら?
スマホはここにあるけれど、その辺で誰かに会う可能性だって拭いきれない。
そうだとしたら誰がいる? 俺から涼ちゃん奪おうとしているのは誰?
今思えば、先の鬼ごっこは涼ちゃんの居場所だけはわかっていたから簡単だった。定まった的を捕まえるだけで良かったのだから。
でも今回は違う。今回のこれは、ただしく鬼ごっこだ。
どうしたらいい? こういうときに活躍するはずのスマホは今ここにある。
ぎゅうと自分のスマホを握りこみ、奥歯を噛み締める。ろくな解決策がうかばないまま車はマンションの駐車場に到着した。
俺が車から下りるより先に、若井がシートベルトを外して俺が座る後部座席を振り返った。
「……元貴、理由は言わなくていいからこれだけは教えて」
真っ直ぐに俺を見る若井は、怒ってもいないし軽蔑もしていなかった。戸惑いは見えるけれど俺を疎んじているような目はしていない。
あぁ、お前のそう言うところに俺はいつも救われる。
「俺は何をすればいい?」
「っ!」
優しく告げられた言葉に息を呑む。
どこまでも若井は俺と涼ちゃんを支えてくれる。ほんとうに、お前がいなかったら俺と涼ちゃんはもっと苦労があったかもしれない。
驚く俺に小さく笑って、まぁ気にならないわけじゃないけど、と前置きをして、
「涼ちゃん、こわい顔してたけど怒ってるって言うより傷ついてたから。ちゃんと話し合いな」
そう続けた。
話し合うことが大切なのは俺だって分かってる。俺がやったことで涼ちゃんが傷ついたならまずは謝罪するべきだ。
「……でも、今どこかわからない……ッ」
「何言ってんの、見つけるんだよ、何がなんでも。絶対に手放さないって言ったの、もう忘れたの?」
弱音を吐く俺に視線を鋭くした若井が即座に反駁した。俺が何をしたのかについては咎めなかったのに、今回は明らかに責めている声音だった。若井のあの言葉を思い出して唇を噛む。
次こんなことがあったら……それが今だって?
は、笑わせるなよ。誰がやるかよ。
「……若井は家に向かって。涼ちゃんが家にいてもいなくても連絡して。いなかったらそのまま待機で」
低い声で指示を出すと、真面目な表情で若井は頷いた。
「分かった」
「車出してもらうかもしれないからお酒は飲まないで」
「飲まないって。一人で飲んでも美味しくないし」
何かわかったら連絡する、とお互いに言い合ってそれぞれ車を降りた。若井のこういうところがたまらなくカッコよくて羨ましくて、何より心強かった。
先ほど頭の中で思い浮かべた徒歩圏内のお店に向かっていると、家には居なかった、と若井からメッセージが入った。そうだろうな、と予想に違わぬ結果に了解とだけ返事を送る。待機で、と伝えてあるから、きっと風呂にも入らず、ご飯も食べず若井は待っていてくれる。
くそ、と吐き出して歩くスピードを早める。夜はまだ涼しい方とは言え、じんわりと汗が滲む。日夜問わずいくつもの仕事をこなす身体は悲鳴をあげたが、涼ちゃんを失うくらいなら倒れたって構わなかった。倒れてしまいたかった。
だって俺の心臓は涼ちゃんのものだから。俺に備わっているこれは、君がいない世界ではただの一度も拍動しないんだよ。
念の為に近くのスーパーにも寄り、いないことを確認する。その後は思いつく限りのご飯屋を覗いてはいるかどうかの確認だけをしてまた来ますと挨拶をして帰るというのを繰り返した。
5軒目を回ったあたり、時間にして一時間が経過した頃、俺のスマホが震えた。若井からかと思って慌てて見ると、思いもよらない風磨くんからで、テキストはなく写真だけだった。見た瞬間に電話を掛ける。
「どこ!?」
『マジ焦りじゃん。住所送るよ』
揶揄うような笑いを含んだ声に苛つきが募る。
送られてきた住所の上に示された、酔っ払って顔を赤くしてふにゃふにゃの笑顔を浮かべる涼ちゃんと、その涼ちゃんの頭に触れる風磨くんの手。
ねぇ、触らないでよ。俺のだって言ったじゃん。分かったでしょ、この前で。あれで足りなかったの? 次はセックスでもして見せようか? 俺に縋り付いて泣く涼ちゃんを見たら流石に諦めつく?
言葉が沸騰するようにわいて出て、送られてきた写真と住所をそのまま若井に転送する。察しのいい若井のことだ、これだけで伝わるだろう。
ここからだと歩いて15分くらいの場所だから、タクシーを拾うより走った方が早いと夜の街を駆け出した。
店名を確認して中に入ると、夜も深い時間帯なのに割と客は入っていて、何人かにもしかして、という目を向けられる。だけど、元々が芸能人御用達のお店だからか大した騒ぎには至らず、一番奥の個室、と住所の後に書いてあった場所を真っ直ぐに目指す。
「涼ちゃん!」
扉を開けると風磨くんと、風磨くんの膝枕で眠る涼ちゃんと、おそらく俺に連絡を取ろうと腐心してくれた阿部さんがいた。
よかった……いた……。
「はやかったねー」
阿部さんがいると分かっていたけれど、風磨くんの言葉に取り繕うことなく舌を打つ。上がった息と汗だくな俺の様子を見れば走ってきたことなど一目瞭然なのに、軽い調子の風磨くんに腹が立って仕方がない。
ズカズカと座敷に上がり込み、どいて、と風磨くんに吐き捨てる。思ったより素直に場所を譲った風磨くんから涼ちゃんを取り戻し、抱きしめるように俺の膝に乗せた。
顔が赤いけれど気分が悪そうな様子はない。酔っ払って寝落ちしただけかなこれは。
涼ちゃんの寝息とぬくもりを感じて、やっと心臓が正常に動き出すのを感じる。凍りついて動くのをやめた鼓動が再び拍動する。
ほ、と息を吐いて阿部さんをまっすぐに見て頭を下げた。
「阿部さん、ありがとうございました」
すると阿部さんは風磨くんをチラリと見てから、心底申し訳なさそうに表情を曇らせた。
「いえ、連絡先を存じ上げなかったので、すみません、こんな形になってしまって……」
阿部さんの言う“こんな形”は、おそらくさっきの風磨くんの態度を指している。風磨くんの涼ちゃんに対する感情を阿部さんが完全に把握しているかは不明だが、風磨くんの態度は既婚者に対するそれではなかったのだろう。
頭の良い彼には俺の涼ちゃんに対する異常なまでの執着はバレているだろうから、すみませんという言葉が俺に対して心からの謝罪だと感じる。
涼ちゃんが声を掛けたのか阿部さんが声を掛けたのかは定かではないけれど、涼ちゃんと一緒にいるのが阿部さんでよかった。
「ねぇ俺には?」
机の上のポテトをつまみながら風磨くんがわざとらしく声をあげた。食べるのはいいよ、だけどさぁ、空気読めないの?
「風磨くんは黙ってて」
「風磨は黙ってて」
まさかの阿部さんの口から出るとは思わなかった言葉が俺のものと重なって、風磨くんはやれやれと言いたげに肩を竦めた。連絡をくれたことには感謝してるけど、膝枕の件、許した記憶ないからね? ほんと、覚えとけよ。
涼ちゃんの阿部さんに対する信頼は篤い。つい先週、亮平くんには直接言いたいんだけどいい? と言われて……あぁ、そうか、その日もこの店だった。二人でよく使うお店なのかな、覚えておかないと。
で、今日は偶然に出会ったのだろう、流れでこのお店に来て、信頼する“亮平くん”に涼ちゃんは話をしたはずだ。
「……話、聞きましたよね?」
なんの話とは言わなくても阿部さんは察してまぁ、と頷いた。単純に勉強ができると言うだけの頭の良さだけではない“賢さ”を待つ阿部さんは詳しく口にするつもりはないし、飄々としているくせに“賢い”風磨くんはこういうときに口を挟まない。
「怒ってましたか?」
俺の静かな問い掛けに、阿部さんは少しだけ考えて、言葉を選ぶように、涼ちゃんの気持ちをなぞるようにやさしく言った。
怒ると言うより拗ねていた、と。言ってくれたら、と言っていたと。
涼ちゃんの頭を撫でる俺の手に力が籠る。
言ったらよかったの? 俺が望んだらなんでも許してくれるの? そんなこと言われたら、俺、止められない自信があるよ。
俺の思考を知らない阿部さんは、ふわ、とやさしく微笑んだ。アイドルらしい、綺麗な笑顔だった。
「……ちゃんと話し合えば大丈夫ですよ」
「え?」
「涼架くん、大森さんと結婚したって教えてくれたとき、すごくしあわせそうだったので。大丈夫です」
根拠なんてありもしないのに、やけに確信めいた口調で言う。なるほどね、涼ちゃんが懐くわけだ。
あぁでも良かったな、阿部さんが“いいお友達”で。
俺が何をしたかを知っても苦言を呈することなく、それが俺たちの形なのだと受け入れて、あまつさえ涼ちゃんを慰めつつも俺が不利にならないようにしてくれるなんて。
風磨くんだって涼ちゃんと付き合いたいとは思っていないだろう。俺のものだとちゃんと理解しているはずだ。でも、風磨くんは俺と少し似ているから。涼ちゃんの滴るように中毒性のあるやさしさを欲してしまうから、油断ならないんだよね。
でも取り敢えず、阿部さんは大丈夫だろう。今後俺がミスをしない限り、きっと俺の味方でいてくれる。だからどうかそのままでいてくださいね?
阿部さんの笑顔に応えるように、俺も意識してやわらかな笑みを浮かべた。
「阿部さんが涼ちゃんのお友達でよかった」
阿部さんに免じて風磨くんの暴挙は不問にしてあげる。
「……失礼します。あ、いた」
顔を覗かせた若井が俺と涼ちゃんを見て安堵し、阿部さんに頭を下げて風磨くんに対して嘆息した。そうだよね、若井さん流石ですね、分かってる。
若井に目配せすると小さく頷いて、座敷に上がって涼ちゃんを揺り起こした。もにゃもにゃと意味不明な言葉を吐き出す涼ちゃんを抱えるように立ち上がらせる。
俺は財布からお札を多めに取り出して、足りますか? と問う。手持ちのお金を全部置いて行っても良かったけれど、それは引かれてしまうだろうからやめておく。
常識人の阿部さんは多すぎると慌てたが、どうせ机に残るお酒は涼ちゃんが飲んだんだろうし、風磨くんが変なことを言い出さないようにこのままここで飲んでいて欲しかったから受け取ってもらった。風磨くんは相変わらずの調子でゴチになりますとか言うけれど、まぁいいよ、今回は。多少感謝はしているから。
さっさと帰って汗を流して涼ちゃんを抱き締めて眠りたい俺は、頭を下げて立ち上がる。
「あ、大森さん」
まだなにか、と言いそうになって口を噤んで振り返る。
「ご結婚、おめでとうございます」
うわぁ、ここで祝福の言葉が出るんだ? ほんっといい人だなこのひと、と瞬きながらまじまじと見てしまう。
本当によかったよ、阿部さんが涼ちゃんのお友達で。純粋な祝福の言葉ににこやかに笑いを返す。
「ありがとうございます。今度うちに遊びに来てください」
そして俺の知らない涼ちゃんをもっとたくさん教えてください。
「はい、ぜひ」
俺のことを疑いもしないそのやさしさで、俺にもっと安心をください。
「俺も行っていい?」
「だめ」
やっと話したと思えばそれかよ。風磨くんはしばらくは接触禁止だから。接近禁止にしてもいいくらいだよ。
続。
ぜひ前話と比較してみてください。
喧嘩した理由、うちの魔王ならやりそうだって思われてるのか、やばくない? って誰も言わなくて笑った。
コメント
6件
実際自分がされたらちょっと無理…てなりますが、魔王がする嫉妬も束縛も執着も愛重もキュンキュンしちゃうんですよね🤣なにより💛ちゃんが全てを受け入れてる! 💙様が変わらずカッコイイ!結婚したのは❤️💛ですが、3人いないとダメなんだなって改めて思いました🥰 ⛄️💚ちゃんも優しくて。変な意味じゃなく魔王との絡みをもっと見たくなりました🫣
普通にやってそうで違和感がありませんでした...😶 確かに、今思えばやばいですね ほーんとに阿部さんがいい人すぎる。藤澤さんも懐きますよねそりゃ。魔王視点、見れてハッピーです!!!
作者様の言う通り、ヤバくない?!は1ミリもなかったです👍 魔王信者なので🫶笑 ♥️くんが必死に探してる姿見れて満足させて頂きました! 💙や⛄️💚が2人にとって、本当に優しすぎる存在で好きです💕