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魔王が病んでる感じがするかもしれない。
いや、病んでるかな……。
お店を出たところにあった自動販売機で水とコーラを購入し、若井と涼ちゃんの姿を探す。店の隣が駐車場になっていたようで、若井の車が停められているのを確認して近づくと、すでに中に乗り込んでいた若井が鍵を開けた。
「ありがと」
「後ろでいいの? 涼ちゃん寝てるけど」
「うん」
涼ちゃんの頭を持ち上げ、俺の膝に乗せてシートベルトを閉める。涼ちゃんにはつけられないけど、まぁ寝ていたら姿も見えないだろう。
「出すのちょっと待って」
「ん?」
「はい」
「お、さんきゅー」
手を伸ばしてコーラを渡す。笑顔で受け取ってすぐさま口をつける若井を見てから、水のボトルを開けて自分の喉を潤す。もぞと動いた涼ちゃんが、うっすらと目を開ける。
「……もとき……? あれ、ふまくんは……?」
「夢でも見てたんじゃない? お水いる?」
「んん……」
とろんとした目で俺を見て不思議そうに首を傾げる涼ちゃんにボトルを見せると、いらない、と言うように顔を俺のお腹に埋めた。
可愛い仕種に思わず笑みがこぼれる。要らなくても入れておいた方がいいな、と涼ちゃんの背中に腕を回し、少しだけ上体を浮かせる。水を口に含んで、そのまま涼ちゃんの口を塞いだ。
「ん、ぅ……」
口を無理やり開かせて、水をゆっくりと流し込む。こく、と喉を鳴らしながら飲み下すのを見て、口に入れた水を全て移していく。飲み込みきれない水が涼ちゃんの服を濡らすが、シートにこぼれることはなかった。
もう一度涼ちゃんの頭を俺の膝に乗せ直すと、へにゃ、と笑ってありがと、と擦り寄った。
「ごめん、お待たせ」
何も言わずに待っていてくれた若井にそう言うと、必要な措置だと判断してくれたのか肩を竦めた若井が静かに車を発進させた。
「若井」
「なに?」
「悪いんだけど、二人にしてもらっていい?」
本当は若井もこっちに帰る予定だったけれど、今夜は涼ちゃんと二人で過ごしたかった。若井は少しだけ考えて、いいよ、と応じた。
本来なら若井を労って然るべきだし、若井には俺に対して文句を言う権利がある。でも、こうやって俺の気持ちを優先してくれた。こういうところは本当に見習うべきだ。得難い友情に感謝を忘れてはならない。涼ちゃんは言わずもがな、若井を失うようなことがあっても俺は俺ではいられないかもしれない。
ありがと、と笑顔で返し、穏やかに揺れるシートに身を沈めて目を閉じた。
眠るつもりはないが少しだけ疲れた。身体がというより心が疲れた。自業自得だと分かっていても、涼ちゃんの居場所が分からなかったことは俺に相当なダメージを与えたらしい。
今回は無事に見つかった。涼ちゃんが出会った人が阿部さんだったことが僥倖だった。少し前に風磨くんを家に呼んで牽制しておいたことも多少は功を奏した。まだ油断ならないけれど、一線を踏み越えてくることはないだろう。
だから次に俺がやるべきは、同じ状況を作らないようにする根回しだ。
どうすればいいだろう。勝手にやったことに涼ちゃんが不満を抱いたなら、顔認証とGPSアプリは説明をして宣言をすればいい。俺のスマホに涼ちゃんの顔を登録してくれても構わないし、GPSだってつけてくれて構わない。
だけど、今後はそれだけでは足らない。スマホを持ち歩かないことはあまり考えにくいけれど、その考えにくいことが今回は起こった。同じ轍を踏むわけにはいかない。
程なくしてマンションに到着し、俺一人じゃ流石に自分より上背のある涼ちゃんを運べないから若井にも手伝ったもらって涼ちゃんをベッドに寝かせた。
「じゃぁ帰るけど、明日、遅れるなよ」
「うん。マネには俺から連絡入れとく。いろいろありがと、助かった」
「……ちゃんと話し合えよ?」
疑い深いな……話し合うよ、ちゃんと。目を覚ましたときの涼ちゃんの記憶具合によるけど。
「分かってる」
こくりと頷いた俺にそれでも疑いの目を向けながら、若井はおやすみ、と俺と涼ちゃんに言って部屋を出て行った。明日はマネージャーにここで三人とも拾ってもらう予定だったけれど、予定変更の連絡を入れておく。返事はないが朝になれば返信が来るだろう。
さて、まずは走り回ってかいた汗を流してこようかな。
強かに酔った涼ちゃんが目を覚ますとは思えないけど、目を覚ましてまたどっかいかれたら最悪だし、さっさと入ってこよう。
ざっと頭と身体を洗い流し、スキンケアとヘアケアはいつも通りに行い、冷蔵庫から水を取り出し、メイク落としと簡単にスキンケアのできるセット、あたためた濡れタオルも持って寝室へと戻る。
すやすやと眠る涼ちゃんに安堵しながら、ベッドに腰掛けて涼ちゃんの頬を撫でた。
「……ふふ、かわいい」
薄く開く酒臭い唇に触れるだけのキスをして、メイク落としをたっぷりと含ませたコットンで顔を優しく拭っていく。今度は化粧水を含ませたコットンで保湿し、クリームも塗布していく。
「脱がすよ」
返事は期待していないから答えは待たずに黙々と涼ちゃんの服を脱がせていく。羽織っていたシャツを取り払ってTシャツを少し苦戦しながら脱がせて、パンツのボタンを外して足から引き抜き、下着もゆっくりと脱がせた。
その間涼ちゃんはもにょもにょ言っていたけど起きることはなかった。
一糸纏わぬ姿でベッドに横たわる涼ちゃんの全身を眺め、きれいだなぁ……と深い溜息と共に呟く。
なめらかな白い肌に、すらっと伸びた手脚、細すぎない太腿はむっちりとしていて、腰のラインが艶かしい。
写真に残したい欲求に駆られるが、起きた後の話し合いの最中にその写真を見られても困るからどうにか我慢する。
少し生ぬるくなってしまったタオルで涼ちゃんの首に触れると、ん、と声が聞こえた。ちらりと視線で窺うが、起きた様子はない。
首から胸元、お腹、腰、と簡単に清拭していき、腕、手首と続ける。太腿、膝、ふくらはぎと拭き終わる頃には、ひどく興奮している自分に気付いた。
意識のない相手に手を出すつもりはなかったんだけど、愛する人を好き勝手できるという状況が俺に背徳感に似た高揚を与えた。
「……ほんとに俺だけのものになったみたい……」
静かな涼ちゃんが好きなわけではない。動いて、笑って、俺の作った曲を弾いてくれる涼ちゃんが好きだ。ころころと変わる表情が見たいし、甘い声で名前を呼んで欲しい。
俺を求めて、俺に縋って、俺を抱き締めてくれる涼ちゃんが心底愛おしい。
「俺のもの。俺だけの、宝物」
涼ちゃんをここに閉じ込めて仕舞えばいいんだと何度思ったか分からない。愛し合って眠ってしまった寝顔を見ながら、毎晩のように湧き出るその感情に、何度蓋をしたか分からない。
俺と若井以外の人間と接する姿に、いいお友達である阿部さんとご飯に行くたびに、その気なく相手にやさしさをばら撒いて堕としていく様に。
俺のためだと、Mrs.のためだと言って自分を犠牲にしてしまうやさしい彼に、そんな選択をさせるような世界から何度連れ出してしまおうと思ったか。
涼ちゃんのことは信じている。涼ちゃんが俺を好きだと言う、愛していると言うその言葉と感情を疑ったことなどない。
「……愛してるよ、涼ちゃん」
そっと左手を取って薬指にキスをする。嵌められた指輪の冷たい感触を唇で楽しみながら、涼ちゃんの上に跨った。
法的効力のない結婚でも、俺の傍に居てもらうための、俺の人生に縛りつけるための鎖としての指輪。
涼ちゃんの左手を、俺の心臓の上に持っていく。
「約束したよね? 俺の傍にいて、俺と生きて、俺だけを愛して……俺をひとりにしないって」
涼ちゃんの胸の上に手を置いて、とくとくと揺れる鼓動を感じる。俺を生かす、天上の音楽だ。
「破ったら、殺しちゃうからね」
でも安心してね。そのときは俺も一緒にいくからね。
涼ちゃんの身体にぴったりと自分の身体を乗せて目を閉じた。
「……き、もとき……ッ」
「……なに……うるさぃよ……」
パシパシと腕を叩かれて、うめきながら目を開ける。
困惑する涼ちゃんと目が合うが、ベッドヘッドに置いてある時計に目を遣った。まだ5時前じゃん。
「まだはやいって……」
「ちょっと起きてってば! なんで俺裸なの? どうやって帰ってきた?」
焦るように続けられた言葉に脳が覚醒する。ぱちっと目を開けて身体を起こす。
「……覚えてないの?」
「お、おぼえてない、ってわけじゃないけど……」
しどろもどろに目を泳がせる涼ちゃん。
これは覚えてないな? はは、最高だ。いくらでも付け込める。
「……元貴?」
ああ、危ない、笑いそうだった。まずはちゃんと謝らないと。
「ごめんなさい」
「え?」
「勝手に顔認証登録して、内緒でアプリ入れて」
どこからの記憶がないかはわからないけど、流石にこれは飲む前だから記憶にあるだろう。現にすっと表情を変えて眉間にしわを寄せている。
「……そんなに俺、信用ない?」
「そんなことない。俺が弱いだけ」
「……俺のせい?」
「ちがう。不安なのは本当だけど、涼ちゃんが悪いわけじゃない」
ぐ、と唇を噛み締める。涼ちゃんのせいとは言わない。俺の弱さが招いた結果なのも事実だし、非常識なのは俺の方だ。一般論で言えば。
「……言ってくれたら、スマホだって見ていいし、GPSだって別に良かったんだよ」
「え……?」
知っているけれど驚いて見せる。
呆れの中にやさしさを滲ませた涼ちゃんを、わざと見開いた目で見つめる。
「なんも言ってくれなかったから、嫌だっただけ」
「……ごめん」
「俺もごめん、突き放すようなことして」
涼ちゃんは何も悪くないのにね。そうやって俺を甘やかすから歯止めが効かなくなるんだよ?
笑いそうになるのを我慢しながら、真剣な表情を作る。
「涼ちゃんが嫌なら顔認証もGPSも外すから」
「いいよそのままで。それで少しは安心できるんでしょ?」
こく、と頷くと、涼ちゃんは小さく笑う。もうこの話はおしまいね、と俺の頰を撫でる。それより気になることがあるんだろうね。
「……それで俺、どうやって帰ってきたの?」
「阿部さんが風磨くんに連絡してくれて、風磨くんから俺に連絡が来て、若井と迎えに行った」
「まじ……? 最悪じゃん……お会計は?」
「俺が払っといた」
「ありがと……申し訳なさすぎ……若井は?」
「あっち帰ったよ」
「か……重ね重ね申し訳ない……」
うわぁと顔を覆う涼ちゃんのころころと変わる表情を見て、深夜に抑え込んだ欲がふつふつと湧いてくる。
「んぁ! ちょ、なに?」
する、と涼ちゃんの中心に程近い太腿を撫でる。びくっと震えて俺を慌てて止める涼ちゃんに、意図して冷たい目を向ける。
「覚えてないかもしれないけどさ、涼ちゃん、風磨くんに膝枕されてたんだよね」
「へ!? う、うそだぁ……」
「ほんと。若井に訊いてもいいよ? 阿部さんも見てたはずだし」
「ぅ……」
にっこりと笑って逃げ場を壊す。
大丈夫、怒ってないから。怒ってないけど、夜中から我慢したんだよね、俺。
「……せっかく早起きしたんだし、仲直りしよ」
「し、仕事……」
「大丈夫。ちゃんとお風呂入る時間も残すから」
まだ文句を言いそうな口を塞いで、抵抗する手を絡め取ってシーツに押し付けた。
諦めて俺のキスを受け入れる涼ちゃんに、またこうして俺を甘やかすんだから、と心の中で苦笑する。
「今度阿部さんうちに呼んでよ。お詫びもしたいしさ」
「え、いいの? あ、それなら風磨くんも」
「風磨くんはだめ」
「なんで!?」
というか、先に言い出したのは俺だけど、ベッドの中で他の男の名前呼ばないでよ。
ダメなものはダメ、と返して、首筋に吸い付いた。甘やかな声をあげながら、くすくすと笑う涼ちゃんに首を傾げると、
「やきもち?」
と、涼ちゃんは悪戯っぽく目を細めた。
そうだよと認めるのも癪で、綺麗に浮き出た鎖骨に噛み付いてやった。
愛し合った後、シャワーを浴びに行った涼ちゃんのために簡単な朝食を作ってから、自分のスマホを操作して馴染みのあるりんごマークのストアにアクセスする。コイン状の位置情報を教えてくれるものをカゴの中に入れる。いくついるかな、と考えて、なくしやすい鍵や財布、鞄の数だけ注文した。
あとはうちの中に見守りカメラでも置くか小型の盗聴器でも仕込ませるか悩むが、それはまた何かあったときにとっておこう。
今度はちゃんと伝えてからつけてもらうから、安心して俺に安心をちょうだいね。
終。
よそ様の魔王はちゃんと可愛いのになぁ。うちの魔王、ただただヤバい奴だよ。
『鬼ごっこ。』のとき、プリンの次に浮かんだのがあの罵詈雑言の嵐だったなってさっき思い出しました。涼ちゃんの劣化版、って言わせたかった記憶がある。
コメント
5件
私的に可愛い魔王より愛重で絶対誰にも渡さないっていう激しい執着がある魔王のが刺さるみたいです🤣 だから今回のお話も、自分にされたら嫌だけど、魔王がするなら全身身体拭くのも健気て思うし、最後のはそこまで?てちょっと笑ってしまったけど、総じて愛だなと微笑ましく思えます🥰自分にされたら嫌だけど(2回言うときます笑) でもそこまでしてもお互い後ろめたいことは何もないんだろうなぁ❤️💛
激重愛な魔王♥️くん、めちゃ好きです!💛ちゃんにお芝居して謝りながら、次の安心材料探すとことか🫣笑 💚くんがお家に来る所も見てみたくなりました🤭きっと💜くんも来ますよね〜笑