テラーノベル
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丁寧に弦を弾き、正確なチューニングをこなす。律のかき鳴らすコードは胸の奥底を震わせて、宏斗の羨望を掻き立てた。
律はまだ、ギターを始めて1週間しか経っていないのに、中級レベルの譜面を完璧に弾けるようになっていた。
「どお?宏斗」
「わ、悪くないんじゃね…」
流石、ヒーロー様としか言いようがなかった。
宏斗が何か月もかけて弾けるようになったフレーズを、律はたった一週間で形にしてしまう律に、嫉妬心が疼いていた。
「お前、ほんと反則だろ」
「反則?」
「なんでもできすぎって意味」
律は不思議そうに瞬きをした後、わずかに眉を下げた。
その顔が、褒められるのを待っている大型犬みたいで、宏斗は思わず視線を逸らす。
「あーーー!もうわかったよ!よく頑張ったな!」
顔を真っ赤にさせてそっぽを向くと、律は満足気にまたギターを手に持った。丁寧に弾かれるその音に胸を掻き回されながら、宏斗は無意識に鼻歌を重ねていた。
「………好きだよ、宏斗」
何小節か弾き終えた後に律は手を止めた。けれど、宏斗に目線を向けることもなく、ただ弦を撫でながら細い声を漏らした。
「こんなに心が苦しくなるの、初めてなんだ。正直、どうすればいいのか分からなくて」
じわじわとピンク色に染まっていく律の耳を見ているうちに、宏斗の鼓動まで落ち着かなくなる。なんでこんなに目が離せないのか、自分でも分からないけれど、ただ、夕日に照らされた律の横顔は、彫刻みたいに綺麗だった。
「律…俺は…」
「だから……部活で宏斗に近づくやつらを、徹底的に……」
「おい!ちょっと待て!ストップ!!」
甘ったるい空気が、一瞬で吹き飛んだ。油断していた。無意識に伸ばしかけていた手を慌てて引っ込め、一気に律から距離を取る。そもそも、あのまま流されていたら、自分が何を口走っていたのか分からなかった。
「俺、自分の感情を言語化することができない。表現するのも下手だし、宏斗みたいに感情を上手く外に出せないんだ」
音楽室を照らす夕日が徐々に沈んでいき、律は今もずっと静かに弦を撫でていた。その横顔を見つめながら、宏斗はようやく気づく。律は、完璧なんじゃない、完璧に設計されているだけなんだ。だから感情の扱い方を知らないままなんだ…。嫉妬も、独占欲も、好きという気持ちさえ抱えきれないまま、不器用に宏斗へ差し出してくる。
その真っ直ぐさが、どうしようもなく苦しかった。
「じゃあ、曲作ってみれば?」
ずっとギターを見つめていた律の視界を遮るように、宏斗はそっと顔を覗き込んだ。その瞬間、律は瞳を揺らして硬直した。徐々に赤く染まる頬は、もしかしたら夕日のせいなのかもしれない。そして、今ここにいるのは、ヒーロー様なんかじゃない。ただ一人の、恋をしている如月律だった。
「曲……? 俺、作ったことない」
「うん、知ってる」
宏斗は、律のギターを軽く指で弾いた。小さな音が、静かな音楽室に響く。
「音楽ってさ。ただ綺麗に音を並べるだけじゃないんだよ。言葉にできない感情でも、音に乗せれば誰かに伝わることがある」
「誰かに…届く。」
その瞬間、律がゆっくりと身を乗り出した。視界いっぱいに白銀の髪が広がり、少し冷えた風が頬を撫でる。ふわりと漂ったシトラスの香りに、宏斗の呼吸が止まった。
「曲、作ってみる」
「お、おう…」
真っ赤になる宏斗の頬も、夕日のせいにすることにした。
_____________
翌朝、学校に着くと何やら昇降口に人だかりができていた。原因はなんとなく察してはいたものの、その予想は見事に的中した。
“やばい、如月くんがギター背負ってる…”
“え、如月くんがギター?なに、幻覚??”
“あ、死ぬ”
女子生徒たちの騒めきと共に目に入った光景は、あの律がギターケースを背負って宏斗を待っている姿だった。そういえば、律が軽音部に入ったことは公になっていないし、突然彼がギターケースを背負うなんて何とも異様な光景だった。
「な、なにしてんの?」
「宏斗おはよう。早く会いたくて待ってた」
「いや、そういうことじゃなくて…って、人すごいから早く中入った方がいいんじゃ」
人混みの中心はとてつもなく居心地が悪い。宏斗は逃げるようにその場を抜け、律は宏斗の背中を追いかけた。
「宏斗、待って」
「待たなくても追いついてるだろ!」
律は人混みを割るように歩きながら、当然のように宏斗の隣へ並んだ。それどころか、宏斗の腕を掴んで、人気のない空き教室へ連れて行った。
「お前、強引すぎ…」
「曲のことで話したいことがあって」
律の一言で宏斗は思わず顔を上げた。律は、ギターケースを丁寧に置き、珍しくため息を吐いた。
「俺、曲が書けないみたい」
律の言葉に、宏斗は呼吸をすることさえ忘れてしまった。今まで、どんなことでも完璧にこなして来たあの“如月律”が……曲を書けない?
信じられなかった。せめて、Bメロまでは書いてくるものだと思っていたけれど、律は色のない表現で真っすぐと宏斗を見つめていた。
「な…なんで」
「……分かんない」
また、小さく息を吐いた。
「苦しいのに。宏斗を見てると胸がぐちゃぐちゃになるのに」
ゆっくりと自分の手のひらを見つめ、一瞬表情がこわばったのを宏斗は見逃さなかった。
「なのに、音にしようとすると全部消えるんだ」
律の表情や声、その温度に心臓が締め付けられる。あぁ、なんて繊細な人間なんだろうと、気づけば律の肩を強く抱き寄せていた。
「別に、今すぐ作れなくてもいいだろ」
「ひろ…」
「そういうのって、無理やり作るもんじゃないだろ」
おかしいのは、律だけじゃなくて自分もだった。胸元に触れる律の鼓動がやけに熱くて、心臓まで同じ速さに引っ張られていく。
「お前、なんでもすぐできすぎなんだよ、できないことくらいあってもいいんじゃね…」
夏は終わったはずなのに、汗が滲むほど暑かった。律が見せる初めての表情に振り回されながら、自分の気持ちを上手く言葉にできないのは、宏斗も同じだった。
コメント
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🌷 第13話、読み終わりました。 律が「曲が書けない」と初めて弱音を見せるシーン、すごく胸にきました。あの“完璧なヒーロー”が初めて見せる不恰好さ——それを宏斗が「今すぐ作れなくてもいい」と包み込むところ、言葉にできないものが確かにそこにあって、ぎゅっとなりました。夕日に染まる音楽室、シトラスの香り、熱を帯びた距離感……どの描写も繊細で、読んでいて息が止まる瞬間が何度もありました。律の感情の不器用さが、むしろ愛おしくて。続きがとても気になります🤍