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「おー、ここが王都ですか」
王都・フォルロワ―――
ジャンさんから聞いていた事前情報によると、
人口約30万人からなる一大都市。
元の世界に比べれば、東京や大都市とは比べ物に
ならないものの―――
この世界の、人口千人以下の町や村しか知らない
今までの状況に比べれば、新鮮な驚きであった。
中心にそびえ立つ、城か塔らしき建物。
そして人口の割には密集していると思える地区。
それとは反対に、立派で豪華な建物が並ぶ場所も……
ファンタジーであると同時に、封建制が残って
いる世界だと、改めて思い知らされる。
「あんまり驚かねぇな。
お前さんのいた世界では、珍しく無いのか?」
「いえ、もちろん珍しいですよ。
ただ初めて見るものばかりですので、驚く基準が
わからないと言いますか」
「まあそれもそうか。
完全に別世界の人間だからなあ。
じゃ、さっさと用件済ませようぜ」
ジャンさんはそう言うと、先導するようにして
歩き始める。
人の多さは町とは桁違いだが、それでも混雑、
という表現が合うほどではない。
「しかし―――
アルテリーゼさんに留守番させる事になるとは」
「だからこそこうして、俺とお前が王都に来る事が
出来たんだ。
ドラゴンがいりゃ、町の防衛は心配ねーからな」
そう―――
『私かギルド長のどちらかが町にいる』という
原則に逆らって、2人同時に王都に来れたのは、
私たちが不在の間、彼女が留守番を引き受けて
くれた、という理由があった。
しかも何か妙に乗り気だったし……
「そういや、あのコメってヤツだが―――
ドーン伯爵サマもえらく気に入ってたな。
また商売のタネになるんじゃねーか?」
町から王都への道中には伯爵様のお屋敷がある。
なので、挨拶していくのが決まりのようになって
いるのだが―――
そこで手に入れたばかりのコメを献上、調理して
召し上がってもらったところ、奥方やファム様、
クロート様のご子息と共に絶賛された。
ただ実際、自分にしてみれば―――
普段日本で食べていたコメに比べれば、数段
味が劣るシロモノだ。
野生種、原種に近いものだから仕方無いが。
まあドンブリ物にすればほとんど気にはならない。
何より、主食が食べられるのは嬉しいものだ。
「しかし、時期的にはちょうど今頃が収穫期
なんですよね。
シャンタルさんが可能な限り刈り取ってきて
くれると言ってましたが」
「そうなんだよな。これから冬になるし―――
今からじゃ、町の中で栽培も出来ねぇ」
この世界に来てから約11ヶ月が経過した。
季節の感覚はよくわからないが―――
熱中症対策(14話)をしてから、かれこれ
3ヶ月は経過しているはず。
ならば今の時期はちょうど秋頃に相当するはずだ。
「一応、一画を借りて試していますから……
生育可能だとわかりさえすれば、来年から
取り掛かれますよ」
何より、地球の最新農法も真っ青な1ヶ月毎の
収穫が期待出来るのだ。
軌道に乗れば『東の村』でもやってもらおう。
「だが、ありゃ本当に手間が掛かる。
シンの国じゃアレが主食だったって
本当か?」
「あー……
あんな方法は昔のやり方ですよ。
今は自動的に炊いてくれる道具がありますから」
食べられるようにするまで、かなりの手順を
要する穀物なのは事実だろう。
脱穀、精米はブロンズクラスで手の空いている
人たちがいるから、彼らに仕事として頼んでいる。
問題は炊く方だ。
沸騰させる→沸騰させたまま待つ→少し火力を
落として待つ→弱火にして待つ→火を止めて
蒸らす……
さらにその前に研ぐ、水を吸わせる、という手順が
あるので―――
料理人に取っても、この小麦メインの世界では
理解し難い調理法だろう。
だがそれでも、何だかんだ言って一番最初に
クレアージュさんがマスターし、
そして意外と言っては何だが、次いでメルさん、
アルテリーゼさんが覚えてくれた。
何か、2人とも妙に張り切っていたなあ……
あんなに食い意地張ったキャラだっけ?
そんな事を考えていると、目的地が見えてきた。
「……ここ、ですか」
「そうだ。
冒険者ギルド―――
王都・フォルロワ本部だ」
私の目の前には、5階建てくらいはあるだろう、
巨大な建物があった。
町のギルド支部はせいぜい2階建て……
というより、御用商人のカーマンさんの屋敷でさえ、
3階建て止まり。
ドーン伯爵邸も3階だったはず。
以前から感じていた事だが、建築や繊維技術は
思いのほか発達しているんだよなあ。
まあこればかりは魔法でポンポン作れないし。
「やっぱり、町の物とは規模が違いますね」
「当たり前だろ、何人常駐出来ると思ってんだ。
それに貴族サマ専用の受付だってある。
さっさと行くぞ、ギルド本部長サマが
お待ちかねだ」
背中を軽く叩きながら、先を促す。
……ん? ギルド本部長……?
「あの、ギルド本部長様って」
「王国にあるギルドで一番エラい人」
それが何だ? というようにぐいぐいと背中を
押して―――
半ば強引に私は本部の中へ連れ込まれた。
中に入ると、人がたくさんいて混雑していた。
だが、町のギルドとは雰囲気が異なる。
町では、酔っ払いに絡まれた事さえあったが―――
何というか、人の『質』が違う。
怒鳴り声や大声は聞こえず、淡々と事務的に時間が
進んでいく。
「何か、その……
妙に静かですね?」
「ここにいる連中は―――
全員がシルバークラス以上だが……
王都に所属している連中は普通じゃない。
下手をすりゃシルバーでもゴールドに匹敵する
実力の持ち主もいる。
職員もシルバー、ゴールドの引退者が多い。
そりゃみんな『大人しい』さ」
冒険者は実力主義―――
その頂点とも言える場所で、少しばかり腕がある
くらいでは、騒ぐようなバカも余地も無いという
事か。
そして銀行のように受付が何人もいる
カウンターまで近付いて行くと、
名乗る前から職員に声を掛けられた。
「お待ちしておりました。
ドーン伯爵領西地区ギルド長、
ジャンドゥ様ですね?
そちらの方は……」
「以前からご指名のあった人物だよ」
受付の女性は、私に視線を向けると礼儀正しく
頭を下げる。
「あ、シンです。
ここへは初めて来ますが―――」
「お話は伺っております。
それでは5階へどうぞ。
本部長がお待ちですので……」
そこへ別の女性職員が現れると、その案内で
階段の方へ進む事になった。
「……やけにあっさりしてますね」
「何だ?
どこかおかしなところでもあったか?」
私は軽く首を左右に振って否定を伝える。
今までは初対面で何者かわかると、驚かれるか
気絶されるか、どちらかでしたから……
とは言えず、職員の後を付いていく。
最上階までたどり着くと、女性職員と別れ―――
さらに廊下を歩く。
案内は? とも思ったが……
廊下の左右には扉は無く、ただ正面、行き止まりに
ひとつあるだけ―――
「……あそこが、本部長室ですか」
大きく息を吐くと、呼吸を整える。
「何だ、珍しい。
お前でも緊張する事があるのか」
「いえ、それもありますが……
これは緊張だけではなくて……」
アウトドアで鍛えているとはいえ、5階まで階段を
上がってくるのは、アラフォーの体にはさすがに
こたえる。
「ただ単につ、疲れて……
エ、エレベーターでもあれば……」
「えれべーたー? 何だそりゃ。
ってお前さん、身体強化も何も使えないん
だったっけ、スマンな」
まあ自分の世界の昔の建物だって、昇降機なるものは
無かったわけで……
考えてみれば、全員が魔法を使う前提―――
レイド君だって『防御』に回せないだけで、
身体強化は使えるんだから、そういう便利な物は
無くて当たり前か……
そうそう高い建物も無いだろうし。
とにかく一休みして呼吸を整え、私とギルド長は
奥の部屋を目指した。
「久しぶりだな、ジャン」
「この前来たばっかりだろ、ライ」
ノックもせずにギルド長がドアを開けた先には―――
部屋の大きさの割には簡素な家具や調度品が備え付け
られている中、その奥の机に座っている男が一人。
旧知の仲なのか、ジャンさんが配慮もへったくれも
なく話し掛けたその人は、座ったまま眼前の彼と
会話を継続させる。
「まあ呼び出したのは俺の方だけどな。
それで―――
そっちが噂の新人か?」
ギルド長がこちらに振り返ると、私はそれまで
忘れていた挨拶を自己紹介をする。
「は、初めまして。シンです」
するとライと呼ばれた本部長は立ち上がり、
「冒険者ギルド本部長―――
ライオットだ。
ライと呼んでくれて構わん。
まあ座ってくれ。
クラウディオやオリガからも話は聞いている。
あの2人を鍛え直してくれたそうだな。
俺からも礼を言うよ」
見た目、ジャンさんよりは細身に見えるが……
魔法メインであれば筋肉は必要ない。
40代前半に見えるが、恐らく年齢はもっと
いっているだろう。
グレーの短髪には白髪が混じり、顔に刻まれた
シワは、表情を動かす度にその影を移す。
改めて、テーブルとソファのある応接室スペースに
移動して―――
話をする事になった。
本部長は私の対面に、そして支部長は右の席に……
上に置いてある飲み物を部屋の主人自らが注いで
用意する。
「しかし、一緒に来るとは思わなかった。
お前、町は大丈夫なのか?
『俺かシン、どちらかは必ず町に残す―――』
そう言っていたじゃないか」
「大丈夫だ。
今あの町は、ドラゴンが留守番している」
「そうか。それなら安心だな」
本気で対応しているのかどうかわからないほどの
軽い口調で、2人は応答し―――
ライさんはお茶を私と支部長の前に差し出す。
私は室内をきょろきょろと見渡す。
下は様々な業務をこなすためと思われる、
職員さんが結構いて、大企業の受付のように
応対がなされていた。
しかし、ここ―――
王都のギルド本部で、かつ最高責任者がいるこの
空間に、秘書も誰もいないというのは……
「あの、この部屋―――
本部長さんだけなんでしょうか」
「今回は人払いをしてある。
君の能力―――
全無効化、だったか?」
……!
思わずジャンさんの顔を見るが、ふてくされたように
口を一文字に結んで、不満を隠そうともしない。
恐らく彼の態度には気付いているだろうが、
本部長は構わず言葉を続け、
「ジャンからの報告書でも要領を得ない。
そこで俺自ら、能力を試したいと思って
呼んだんだよ。
……異なる世界からのお人」
そこまで知られているのか……
しかし、ジャンさんが明かした相手なら、信頼出来る
人なのでは―――
そう楽観的に思おうとしたところ、
「やっぱりテメェのワガママかよ!
俺がどんだけ苦労したと思ってんだ!?」
「いやー?
幹部連中がしつこかったのは本当だぜ?
『俺が確かめる』って言ってようやく
黙ったんだからさ。
それに俺なら、情報を全部シャットアウト
出来るだろ?」
噛みつこうとせんばかりに怒鳴るジャンさんに、
慣れたようにそれをあしらうライさん―――
何か深刻な問題の割にノリが軽いような……
するとライさんは私に笑顔を向けて、
「あ、お茶の後でいいからさ。
向こうに訓練場があるんだ。
そこで君の能力を見せてもらおう。
最高級の魔力防御壁で作られているから、
どれだけ暴れても大丈夫!」
私が視線をそのまま支部長の方に移すと、
彼はハァ、とため息をついて、
「こーゆーヤツなんだよ。
ちょっと付き合ってやってくれ。
ま、一度経験すりゃわかると思うが」
その後、5分ほどのティータイムの後―――
3人で訓練場へと移動する事になった。
「……広いですね」
「この最上階は本部長の貸し切り施設みたいな
モンだから。
他にもいろいろあるけど、まーよほどの事が無いと
どれも使わねーからなあ」
用意してある訓練用の武器防具、見た事も無い
アスレチックのような器具など―――
そのどれもが町とは異なるグレードの高さを
見せつける。
「えーと、ジャンさん。
ライさんはどんな魔法を使うんですか?」
スタスタと歩いて距離を取る本部長を見ながら、
支部長に情報収集のため問う。
「火・水・風・土・氷―――
そのどれもが使え、そして攻撃特化だ。
身体強化は、武器特化魔法を使った時の
俺より少し劣る程度。
特殊系は治癒・浄化……
後は範囲が狭いが空間転移か」
「それと飛行も出来るぜ、少しだけど」
私は一通りの説明を聞いた後、ライさんと対峙して、
「すいませんがそれは何ていう名前の
生き物なんですか?」
「人間?」
本部長はイジワルそうに笑いながら答える。
この世界に来てから、私もそれなりに知識と情報を
得て来たものの―――
考えうる限りの全ての能力を上乗せしたような
戦力には驚かざるを得ない。
さすがは冒険者ギルドの最高幹部……
「まあ化け物だよな、誰から見ても」
呆れたようにつぶやくジャンさんに、
ライさんは―――
「その化け物にすら勝たせてくれないクセに
よくゆーよ。
さて、と……
ジャン、お前の話だと―――
『何も効かない』という事だったな。
つまり、俺の『切り札』もか?」
「……ああ、何度でも言う。
シンには何も効かない。
誰も勝てん」
すると、彼は私の方へ向き直って―――
「さて、やろうか。
小手調べから?
それとも、出し惜しみせず最初から全力?」
「……お好きに」
私は、もうどうにでもなーれ♪
という感じで、投げやりで答えたのだが……
この時の私の『お好きに』を、2人は余裕と
受け取っていた事を、後で知る事になる。
「じゃあまずは―――」
本部長の両手が光り、右手に巨大な火柱、
左手に竜巻のような暴風が発生する。
まあ、少なくとも地球では―――
「あり得ない事です」
そう私が言った瞬間、炎と風はスイッチが押された
かのように消えた。
「……!?」
ライさんは自分の両手をまじまじと見つめ―――
その光景をジャンさんがニヤニヤしながら見守る。
「ではこれは……!」
突然、彼の目の前に巨大な透明の塊―――
津波のような水流が現れ、こちらに向かってくる。
「―――あり得ません」
「!?」
まるで空気中に霧散したかのように、跡形もなく
水は消失する。
本部長は、今度は床を凝視し―――
濡れてすらいない状況を確認した後、視線を
こちらへ戻す。
「こ、これでは……!」
今度は部屋の温度が一気に下がったかと思うと、
ライさんの胸の前に吹雪が出現し―――
見る間に巨大な、槍のような尖った氷柱が
作られていく。
「―――あり得ない」
「ッ!!」
彼が胸の前で構えるようにしていた両手は、
見えない何かを持つようにして固定されていた。
当然、そこには『物質』と呼べる物は無く―――
「ははっ、なるほどなるほど!
抵抗魔法なんてモンじゃねぇな、コレ!
完全に消し去られている……!!」
「シンのいる世界に魔法は―――
概念としてはあったが、実在する物では
無かったらしい。
あちらで実在しない能力や状況は、
全部無効化されるぞ。
恐らく『切り札』もな」
ジャンさんの説明に、ライさんは困惑気味に
なりながらも―――
その口元には笑みすら浮かべていた。
「石弾も残っちゃいるが……
時間のムダだな。
おーし、見せてもらうぜ、異界の人……!
『切り札』も通用しないかどうか!!」
すると、彼の全身が光を帯び、室内が振動する。
「……あれは、身体強化?」
「あれがアイツの切り札―――
『特殊系』ってヤツだ。
火・水・風・土・氷、そのどれでもなく、
また全てでもある。
全属性の魔法弾、とでも言えばいいか」
レイド君から聞いた事がある。
魔力のある物なら彼は範囲索敵で探知出来るの
だが、どうして無機物であるブーメランを認識
出来るのか。
それは、多かれ少なかれ―――
手にして使用した時点で、魔力が宿るのだという。
『この世界』の人間ならば。
彼のブーメランは当初、誘導弾と間違われたが……
何かを媒体にする・しないに関わらず、魔法・魔力は
使う事が前提。
なので風刃や、ギル君の使う石弾も広義の
意味では、魔法弾に入るのだという。
そして何の媒体も使わず、純粋に魔力のみを
魔法弾として使え、さらに攻撃に特化出来る
人間は非常に少ないのだと。
ましてや、『全属性』の魔法弾など―――
「……本当に化け物ですね」
「その化け物の攻撃を―――
全部無効化しておいて、かよ!」
そう言いつつ、彼の前に光る球体が形成され、
膨らんでいく。
シューティングゲームでいうところの、チャージ
ショットみたいな物が。
だけど、どちらにしろそんなものは―――
「―――あり得ないんですけどね」
「…………」
目の前で、付けた電灯の明かりが消えるかのように、
魔法弾は音も無く消滅した。
しばらく茫然とそのままの姿勢で固まっていたが、
ようやく理解出来たのか、
「おいっ、ジャン!!
ホンっっっっとタチが悪ぃなコイツ!
下手すりゃテメー並みだぜ!!」
「ご理解頂けたようで何より♪」
どっかとその場に座り込む本部長を、支部長が
見下ろしながら近付き―――
「シンはその気になりゃ、ワイバーンやドラゴンでも
落とす事が可能だ。
そして魔法・魔力前提のモンは全て却下―――
隠す必要性はわかっただろ?」
正確には、物理法則を無視する事や、生態系上の
強度や構造が成立し得ない事の否定なのだが……
それをカバーするのが魔法・魔力というのであれば、
あながち間違ってはいないだろう。
「確かにな。
この情報は俺のところでストップさせる。
まったく……
人生で一番の爆弾をしょい込んだ気分だぜ。
こりゃ王族の中でも最大級の秘密だな」
……?
何か引っかかる。
確かにこの世界に取っては、世界そのものを
否定するような力だから、トップシークレットと
いうのはわかるが……
「あのー、王族も絡むんですか?
失礼ですが、ギルドの影響力というか力って、
どれくらいなんでしょう?」
自分としては、身内の中だけの秘密、という
レベルでいいと思っているのだが。
私の問いに、ライさんはガシガシと頭をかいて、
「俺も王族なんだよ。
このウィンベル王国の―――
前国王の兄、ライオネル・ウィンベル。
それが俺の本当の身分であり、名前だ」
「……へ?」
その答えに、思わず私は叫びにも似た大声を上げた。
「……落ち着いたか?」
「はい……」
ひとまず応接室スペースへ戻った3人は、
改めて今後の事を話し合う。
「俺が前国王の兄どころか、王族っていうのは
このギルド本部でも一部の人間しか知らねえ。
クラウディオやオリガにも俺の正体は
教えていない。
君もこの秘密は守ってくれ。
俺もシンの正体はバラさないからさ」
組織のお偉いさんに顔見せすると思ったら、
国のトップオブ上級国民に会わされ、
さらに国家機密を共有されたでござる、の巻。
放心しながらも、コクコクとただ首を縦に
振り続ける私を、ジャンさんが珍しい生き物を
見るような目で見てくる。
「すげぇ叫び声だったが……
お前でも驚くって事、あったんだなあ」
「いやそりゃそうですよ!
元の世界じゃ私は一般人、ド庶民ですよ!?」
『お前のような庶民がいるか』という目で2人は
視線を向けるが―――
それはこちらの世界基準なので、私としても困る。
「それにしても……
どうして身分を隠しているんですか?」
会話の流れを変えようとしたのもあるが―――
純粋に疑問に思う事が口に出る。
「一応ここは、貴族も何も身分は関係無い、
実力主義って事になってるんだ。
それがトップは王族って言ったら―――
興覚めもいいところだろ?」
からかうように笑うライさんを、隣りに座っていた
ジャンさんがヒジで小突く。
「いって!
わかったわかった、ちゃんと教えるって」
そう言うと本部長は姿勢を正し、
「元々はまあ―――
実力主義となっているはずのギルドで、
身分によるランク上げや不正が行われていないか
潜入捜査しに入ったんだよ。
で、改善していくうちに……
トップになっちまったってワケだ」
改善、という事は―――
実際に不正はあったという事か。
まあ、どこの組織も不正ゼロというのは
あり得ないけど。
すると支部長が両目を閉じてひじをつき、
顔の前で手を組んで、
「ま、それは表向きの理由だな」
「?? 潜入捜査なのに表向きの理由?」
思わず聞き返すと、ライさんは腕組みをし、
「本当の目的は別にあるって事だ。
そもそも、冒険者ギルドは実力主義と言われて
いるが―――
実力のあるヤツは最初から冒険者になどならん。
王侯貴族が高い金で囲ってくれるんだからよ」
身もフタも無い言い方だが―――
確かにその通りだ。
最初から実力があれば好待遇で迎えられるのだから、
何もわざわざリスクを背負う必要は無い。
「まあジャンのように、生まれ故郷の安全が
最優先だとか―――
身分差のある恋人と結婚したいがために、
相手に実績を積ませたくて一緒に冒険者やっている
子爵令嬢もいるけど」
「誰だろうなあ(棒」
「誰でしょうねえ(棒」
露骨に話を合わせ、先を促す。
「後は純粋に、自分の腕がどこまで通用するか
試してみたいヤツ……ってところか。
まあ、ここまではいい。ここまでは。
問題は―――」
急に雰囲気が変わり、室内が緊張感で満たされ、
自分の喉がゴクリと音を立てる。
「それ以外の目的でギルドに所属する実力者だ。
他国のスパイか反体制主義者か―――
それとも犯罪組織の一員か。
特に裏で貴族と繋がっているヤツとかが
入ってくると厄介なんだよな。
過去に犯歴があれば登録は出来ないが、
揉み消す方法などいくらでもある」
つまり、そういうケースや疑惑が生じた場合に―――
潜入していた彼が動く、という事か。
「代々王家は、こうやって王族の実力者を
冒険者ギルドへ送り込んで来たんだ。
俺のように、最高幹部にまでなっちまった例は
さすがに無いようだが」
「でも、そこまで気にするのなら……
王家の直轄にしたり、管理するんじゃ
ダメなんですか?」
それを聞くとライさんは顔をテーブルに突っ伏して、
「それが出来れば苦労はしねーよ……
予算とか権限とか面倒な事になるし、
反対する貴族だって出てくるだろう」
いきなり酷く現実的な話になったな……
次いで隣りのジャンさんも口を開き、
「結構かじ取りが難しい組織なんだよ。
まあ貴族とソリが合わなかったり、組織の中では
実力が発揮出来ない一匹狼もいるから―――
そういうヤツらの活躍の場、収納先という
側面もある」
ファンタジーの世界では王道のギルドだけど、
考えてみれば、『武力集団』なんだよなあ。
特に魔法前提のこの世界で、実力者の集団って
いうのは―――
自分の所属している地方の町ならともかく……
しかも王家・権力者になびかない連中というのは、
施政者に取って脅威以外の何物でもない。
そしてそれに対する手もきちんと打っている―――
「とゆーわけで、シン。
君の安全確認は取れたからもういいよ。
後は何かあったら相談に乗ってくれ」
軽っ!!
思わず心の中でツッ込む。
「あ、それと―――
下の王都ギルドの厨房にいる料理人たちに、
教えられる事があったら教えてやって
欲しいんだが」
「構いませんよ。別にそれくらい」
私が答えると、本部長の隣りにいたジャンさんが
片手を上げ、
「じゃあ、ちっとばかり年寄り同士で長話
していくからよ。後で迎えに行く」
「はは、ごゆっくり」
付き合いは長いようだし、水入らずで話したい事も
あるのだろう。
私は一礼すると、本部長室から退室した。
部屋に残された2人は、隣り同士から対面に
座り直すと―――
「どうだ?
お前さんの『危機判定』で見た感想は?」
「自分の目で見たし、納得するしかないだろ。
あの全無効化能力もさることながら―――
それでいてしている事と言えば、異界の技術を
伝える事のみに専念している。
何の企みも危険も感じなかった。
あのような人物がいるとはなあ」
実はライオネルの『危機判定』こそが―――
彼の言う『切り札』であった。
能力を見るためのバトルは口実であり、本命は
その判定で、それを知るのは室内の2名のみである。
「それに、俺が考えていた新たな可能性が見込める。
魔法は否定しないが、魔法が全てじゃない。
アイツの作る料理や施設は、魔法だけでは
出来ない領域―――
楽しみだぜ、これからも」
「そっちは期待してくれていいぞ?
『東の村』でも、いろいろと作っているらしいし」
旧友の言葉に、彼は頭の後ろで手を組んで背中を
大きく後ろに預け、
「しっかし、これで肩の荷が下りたぜ。
時間を取らせてすまなかったな、ジャン。
町が心配だろ?
もう帰っても構わんぞ」
「ん? 大丈夫だが。
ドラゴンが留守番しているって言わなかったか?」
すると彼は豪快に口を開けて笑い、
「はっはっはっ! そりゃいい!
もしかして、ドラゴンのように強いヤツが
まだ町にいるのか?」
「いや、だからドラゴンだって。
シンがワイバーンを撃墜した報告は
入っているよな?
その時、ドラゴンの母子が襲われていたのを
助けているんだ。
そのドラゴンの母の方が今、人間の姿になって
シンに求婚しに来てんだよ」
支部長の話に、本部長はしばし腕を組んで考え、
「……なあ、ジャン。
今度シンから、胃に効く薬か食べ物か、
方法を教えてもらってくんねーか?」
「わかった。聞いてみよう」
そして2人は飲み物の入ったカップに手を伸ばすと、
ほとんど同時にそれを飲み干した。