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「ふー、疲れましたね」
王都・フォルロワからの帰り道―――
ドーン伯爵家が用意してくれた馬車に揺られながら、
私とジャンさんは町までの帰途についていた。
※ライさんの魔法はきちんと戻しました。
まずは途中のドーン伯爵の屋敷へ行ってあいさつし、
そこで一泊した後、町まで戻る予定だ。
「いろいろと巻き込んでスマンな。
ま、お前さんも有名になり過ぎた、そのツケだと
思ってくれ。
それと―――
くれぐれも『例の件』は他言無用だぜ」
コクコクと首を縦に振ってうなづく。
『例の件』とは言うまでもなく―――
ギルド本部長の事だろう。
考えてもみれば、王都という王家のお膝元に、
ハイレベルの『武力集団』がいるという事に対して、
全くの無警戒である事はあり得ない。
それが権力になびかない連中となればなおさらだ。
同時に、目の前のジャンさんについても、いくつかの
疑問が氷解した。
町が盗賊集団に襲われた時、そのバックにいる
ドーン伯爵の排除をあっさりと口にし、実行に
移そうとしたが……(第5話)
ゴールドクラスとはいえ身分は平民だ。
いかに強大な魔法所持者とはいえ―――
伯爵クラスに手を出して、無事でいられる
ものだろうか?
この人はギルド支部長という組織のトップだ。
考え無しで行動するような人物ではないし、
トラブルを解決したり、利害関係を調整する手腕は、
ハッキリ言って『有能』だ。
そうでなければ、組織の運営など出来ないだろうが。
だからこそ、あの時の彼の言動は―――
怒りに駆られてとはいえ、軽はずみ過ぎないか?
と、ずっと疑問に思っていた。
そのジャンさんが伯爵家と敵対どころか、始末すると
口にしたのは……
それなりのツテや『後ろ盾』があってこそ―――
つまり、あの時も彼は……
『冷静』で『自分の能力』の中で、『可能な事』を
口にしていたに過ぎなかったわけだ。
一人思考を巡らせていると、その彼の声が私を
現実へと引き戻す。
「どうした、シン?
また考え事か?」
「あ、いえ。
そういえば料理、結構普及してましたね。
おかげで、アレを作る時も何とかなりました」
私が言うアレとは、ハンバーグの事だ。
冒険者本部の厨房で、何か料理人に
教えてやってくれと本部長から頼まれて
いたのだが……
いざ厨房に着くと、すでにマヨネーズや天ぷら、
フライ、それを使用したサンド系はすっかり
ポピュラーになっていて―――
そこで料理人たちに、新作料理は無いかと
せがまれたのである。
だが魚醤が出来上がるのは来年だし、コメは
そんなに大量には持ってきていない。
何より、持ってきた材料のみで出来るのを
教えても……
と思った時、厨房にある大量の肉類が目に
入ってきた。
さすがに王都、魔物やいろいろな動物の肉が
用意してあり―――
それならばとまず、ひき肉にする加工を頼んだ。
料理人に身体強化を使わせ、両手に包丁を持たせて
台の上に置いて叩くように切り刻む。
高速で肉はあっという間に細切れを通り越して
ミンチにされ―――
その後、フライ・カツ用に用意されていたパン粉を
つなぎに使用。
こねて混ぜ合わせ、円盤状の塊を作り―――
焼くのは自分で行い、彼らに見て覚えてもらう。
片面を2、3分で焼き、焼き目が付いたら
ひっくり返してさらに焼く。
この時フタをして、蒸し焼きのようにする。
時間は片面を焼いた時のさらに3倍程度。
その間、酸味のある野菜か果実が無いか聞いて、
ジュースを作っておく。
ちょうどトマトのような物があったのでそれで代用。
焼き終えた後、ある程度ハンバーグから出た肉汁を
取り分け、そこに小麦粉を投入。
確か小麦粉は100℃、水の沸騰温度で
溶けたはず。
また作っておいたジュースも入れてソース作成。
そして出来上がったハンバーグを料理人は元より、
食堂にいた冒険者たちに振る舞っていた時―――
ジャンさんとライさんが到着したのだった。
「そういえばあの時の本部長、一気に10枚くらい
ハンバーグ食べましたね」
「あの匂いは反則だろ。
それとコメ!
確かにありゃいろんな料理に合う。
お前さんのところの主食というのも納得だ」
彼は当初、ジャンさんに『胃に優しい料理』が
無いか、私に聞くように頼んでいたらしいのだが……
どうやって料理を作るのか興味があったらしく、
結局2人で食堂を訪れたところ―――
大盛況になっていた現場に遭遇、そのまま食事へ
突入となった。
一応、胃に優しい料理として町の病人食である
麦粥(第11話)や、お米と一緒にお粥のレシピも
置いてきたけど。
「しかし、あんな旨い料理があるのに、どうして
町では作らなかったんだ?」
「んんん~……
手に入る肉系の物が鳥しか無かったので……
ミンチにしにくいんですよ。
骨あるし小さいしで……
ただ、身体強化さえ使えばやれそうですね。
どの道、帰りは伯爵家に寄りますし、そこで
試してみましょうか」
すると初老の男はアゴをなでながら、
「確かに、解体や力仕事に身体強化を使うヤツは
いたが……
料理そのものに使うなんて、考えつかないよなあ」
「まあ私の世界でも機械や道具を使って何とか、
でしたからね。
でもこれで、料理の幅が広がりそうです」
鳥団子は元より、魚のつみれとかも
作れそうだな、と、期待が膨らむ。
一人暮らししていた頃は、
料理はある程度やっていても、こうまで興味は
持たなかったが―――
必要は発明の何とやら、だ。
「そういえば、ジャンさん―――
ずいぶんとライさんと仲良かったですけど、
どういう関係なんですか?
まさか、ジャンさんまで王族とか……」
「ンなワケあるか。
言っただろ、俺はあの町の生まれだって。
アイツとはまあ、腐れ縁というか何というか……
ま、その辺りはおいおい話すよ」
そうだな……
プライバシーもあるし、別段険悪な関係という
訳でも無し。
緊急の案件という状況でもない。
「しかしよ、シン。
あれだけ熱心に厨房を探し回っていたのに、
持ってきたのはアレだけか」
彼が言っているのは、私が王都で調達した物の事。
本来は調味料や香辛料、使えそうな道具とかが
欲しかったのだが……
「考えてみれば、いかに王都と言えど―――
伯爵様が用意してくれる以上の物がそうそう
あるかと言いますと」
「そりゃそうか。
むしろお前さんが、あっちにいろいろと提供
しているような状態だしな」
そう―――
調達して欲しい物はすでにカーマンさん経由で、
伯爵様に揃えてもらっていた。
その伯爵様ですら用意出来なかった物が、
王都に行ったところで手に入るはずも無く……
なので、ソースに使用したトマトのような果実や、
調味料と名の付く、味付けに使える物は全て、
手あたり次第に持ってきたのである。
果実の方は、上手く行けば町で栽培出来るかも
知れないし―――
そんな事を考えながら、馬車が伯爵家に到着するのを
揺られながら待った。
「えっと……」
「んん?」
夜遅く―――
時間的には夜中の11時過ぎだろうか。
伯爵邸に到着した私とジャンさんは、ほぼ同時に
驚きの声を上げた。
「お、おお。
ジャンドゥ殿に、シン殿」
「……お久しぶりです……」
応接室まで通されたのだが―――
そこにいた予想外の珍客に、思わず目を見張り、
彼らの事を屋敷の主へ問い質す。
「どういう事、でしょうか?
何かご用件が―――」
するとドーン伯爵も困った顔で、
「ま、まあまあ。
『東の村』で起きた事を心配して、
何か入り用ではないかと来てくれたのだ」
「そ、そうそう!
そこもすごく発展しておるようだが、
ご協力出来る事はあるかと思って」
スキンヘッドのその顔は忘れようも無い―――
ロック男爵であった。
陰気な顔をした執事も一緒だ。
こっちは確か、フレッドと言ったっけ。
「そういえばお見舞い金、ありがとうございます。
これといったお礼もせずに失礼を」
仰々しくギルド長が頭を下げ―――
その一挙一動に男爵はビクッと反応する。
つまるところ、仲直りというか
全面降伏というか……
敵対の意思は無いという事を直接伝えに
来たのだろう。
しかし、怯え切ってビクビクさせたまま
対応するのは、いかにも気の毒だ。
「えっと、到着したばかりでお腹も少し減って
ますから……
食事にしませんか?
王都で新しい料理も出来たんですよ。
それを作りますので―――」
すると伯爵と男爵は顔を見合わせ、
「そっそういえばすごくお腹が空いてたなぁワシ!」
「奇遇ですね伯爵様!
私も今ちょうど空腹だったんですよ!」
それを困惑した目でフレッドさんが見つめ―――
「じゃあギルド長も手伝ってください。
厨房お借りしますね」
「え!? いや、俺は別に……」
そしてジャンさんを引きずるようにして応接室から
一緒に退出すると、中から大きな安堵のため息が
聞こえたような気がした。
「何で俺まで連れ出すんだよ」
「だってジャンさんだけ残したら、チクチクどころか
ザクザクと嫌味と皮肉で切り刻みそうな気がして」
するとギルド長は真顔になり、
「失礼なヤツだな! するけどよ!」
「気持ちはわかりますが自重してください。
せっかく言いなりになる手ゴマ……じゃなかった、
頼りになる味方になってくれそうなんですから」
「お前も負けず劣らず酷くね?」
こうして2人で笑いながら、勝手知ったる厨房へと
向かった。
そしてまた料理人たちに新作である、
ハンバーグ作りを伝授したのだが……
「う、旨い!!
これが獣肉だと!?」
「口の中で肉汁があふれてくる……
この酸っぱいソースがまた絶品で」
食べながら話し合いを、と思っていたのだが―――
初めてハンバーグを食べた伯爵と男爵は、それに
夢中でそれどころではなかった。
「あの、フレッドさんもどうぞ。
たくさん作りましたし、なるべく多くの人から
この料理に対する意見も聞きたいので」
「……は、はあ……
では遠慮なく……」
彼は差し出された皿を受け取り、大きなテーブルの
片隅に座る。
さすがに貴族様の付き人、従者だけあって、
マナーよく口に運んでいく。
「……!
これは……肉を細かく刻んでいるのですね。
しかし、ここまで細かいとボロボロになる
のでは……」
「小麦粉や塩と一緒に混ぜると、崩れにくく
なるんですよ。
『つなぎ』と言います」
この人はちゃんと分析してくれそうだ。
後で食レポでもやってもらおうか。
「フー……
しかし、深夜なのが残念だ。
明日、妻やクロート、ファムにも食べさせて
やりたいが……」
到着した時間が時間だったからな……
小さな子供とその母親なら就寝しているだろう。
「ご心配なく。作り方はまた料理人の方々に
覚えて頂きましたし……
いくつか作り置きも氷室に保存させて
もらいましたから」
「つーかアレ大丈夫なのか?
いったん焼いたのを冷やしちまうって」
ジャンさんが心配そうに聞いてくる。
氷室はあくまでも鮮度を保つためか、腐らせない
使い道しかないと思っているのだろう。
加工済みの物を冷凍・冷蔵しておくという概念が
無いのかも知れない。
「出来立てには及びませんけど、温め直すだけで
すぐ食べられるようになるんですよ。
どうせ明日までおりますし、そのやり方も
教えていきますから。
あ、そうだ!
氷魔法を使える人ってご存知ないでしょうか?」
貴族2名は、料理から視線を上げて、
「氷魔法……
攻撃に特化した人はなかなか」
ドーン伯爵の答えに、私は顔の前で垂直に立てた
手を振って、
「いえ、そういうんじゃなくて……
こちらにも氷室ってありますよね?
ああいう感じの、物か水を凍らせる程度の力が
あればいいんですが」
すると今度はロック男爵が、
「それは却って難しいかも知れませんなあ。
物を凍らせるというのは、価値の高い魔物や
材料、素材を輸送するとか……
後は氷室を作るだけの余裕がある商人や貴族
くらいからしか、仕事がもらえませんからな。
それだけでは食っていけない、というのが
現状でしょう」
そして彼が従者であるフレッドに目配せし、
「……夏ならば各地を転々として、それなりに
仕事があったと思いますが……
この時期に探す、となりますと……」
まあ、予想通りというか想定通りの回答だ。
食に対する興味が薄い事に比例して―――
さらに、水や穀物類なら不足の心配が無い。
つまるところ、大量に保存しておくという
重要性が低く―――
せいぜいが冬の間をしのぐ程度。
厳密に言うと『無くてもいいもの』なのだ。
つまりそれをメインにしては生活が出来ず、
他の仕事や雑用をしながら生きている。
そんな魔法の持ち主を探すのは―――
却って難しい、という事か。
「ワシのところの氷室を作っている者も、
年によって変わるので……
というより、それ用に常時雇っている
物好きな人間などいるかどうか。
お役に立てず、すまない」
「いえ、お気になさらずに。
もしまた氷室を作ってもらう時に、町へ寄越して
頂ければ」
これから冬になるし、自力で作っても何とか
なるだろうか。
そう考え始めた時、フレッドさんが口を開いた。
「……凍らせる事が出来ればいいのですね……?
……もし、規模や威力にこだわらないの
でしたら……
何名か心当たりが……」
「本当ですか!?」
思わず、離れた席に座るフレッドさんに
向かって叫ぶ。
「本当か、フレッド!」
「……はい……
王都に戻り次第、すぐに手配しましょう……
その時はドーン伯爵様にご連絡しますので……
……よろしくお願いします」
主人も驚いて聞き返し、彼は今後の方針で答える。
これは期待出来そうだ。
「おお、構わん。
いつでも連絡をくれ。
シン殿、それで良いかな?」
「はい、よろしくお願いします!」
ドーン伯爵の了承も得ると、改めてテーブルに
向かい、良い雰囲気のまま夜は過ぎていった。
そして翌朝―――
「何コレ!? めっちゃ美味しいー!!」
「す、すごく美味しい……です!
おかわりありますか?」
さっそく朝食で、ドーン伯爵の奥方とファム様、
クロート様にハンバーグを食べてもらったのだが……
「な、なんですかクロートまで……」
母親が息子をたしなめる。
娘の方はスルー対象なのかも知れないが、いつも
姉の方を注意するイメージのある彼にしては、
意外な光景だ。
だがそれも仕方ないだろう。
クロート様の年齢は恐らく10才前後……
ハンバーグの魅力に抗える小学生男子など
いるはずもなく。
ましてやそれが初めてならなおさら。
そして好評のままハンバーグの試食は終わり、
私とジャンさんの乗る馬車は、伯爵邸の前で
ドーン伯爵、そしてロック男爵と別れを告げた。
「世話になったな。
失礼するぜ」
「氷魔法の使い手の件、よろしくお願いします!」
まずは町へ行く馬車が遠ざかり、
「では、ドーン伯爵様。
私どももこれで失礼いたします」
「ウム。
こう言っては何だが、彼と仲良くしておいて
損は無いぞ?」
苦笑しつつロック男爵と従者のフレッドは馬車へ
乗り込み、王都・フォルロワへ帰途へ着いた。
そしてその道中、主人は安堵のため息と共に
口を開き、
「いやあ、さすがフレッドだ!
いろんな伝手があるのだな。
氷魔法の使い手もピンキリとはいえ―――
これであの男の機嫌も直るだろう」
「……ええ、その通りです……
王都に着いたら、死に物狂いで探しますよ……」
「え?」
従者の返答を、思わず彼は聞き返す。
「……そんなに都合良く知っているわけは
ないでしょう……
これで彼の心証はかなり改善されたはずです……
必ず探し出しますよ、金に糸目を付けずにね……」
「あ、ああ」
腹心の、静かではあるが異様な圧力に押され―――
ロック男爵は押し黙った。
「今頃アイツら必死だろうなぁ」
『真偽判断』が使えるジャンドゥは、
状況を正確に把握し、ポツリとつぶやいた。
「?? 何がです?」
「いや、何でもねぇ。
しかし、さっさと会ってさっさと帰ろうと
思ってたんだが―――
結局、半月ほどかかっちまったか」
御用商人のカーマンさん、そして王都遠征組を見て、
それなりの日程であるとは覚悟していた。
「出かける前に、いろいろ作ってきたり
植えてきたりしましたが……
さて、どうなっているでしょうか」
ドラゴンの2人が持って来てくれた穀物の類は、
コメ以外も畑の一角で育ててみたり、
また生えている果実ごと運んできた果樹は、
水路に沿って植えたりした。
その過程や結果を期待半分、不安半分で―――
私とジャンさんの乗る馬車は、町へと到着した。
「おう、戻ったぞ」
「ただ今、帰りました」
帰ってすぐ、まずはギルド支部へ顔を出す。
「お帰りなさいませ、支部長」
「やっと帰ってきてくれたッス!!」
ジャンさんはトップなので当然、そのまま残って
王都に行っていた間の書類整理などに入る。
というか出迎えるミリアさんとレイド君の
テンションの違いが、不在時の大変さを
物語っているな……
「レイド、お前も次期ギルド長なんだから
いい加減慣れろ。
……と言いたいところだが、
また人増えてんのか?」
出された書類に目を通したジャンさんは、呆れながら
聞き返す。
「王都へ行かれている間に、10人ほど増えました。
全員、ブロンズクラスです。
ただこれといったトラブルもなく、みんな大人しく
しておりますけど」
「そうなんですか?」
私がきょとんとして疑問を口にすると、レイド君、
そしてミリアさんがまぶしい笑顔で、
「まーもし暴れでもしたら……
ゴールドクラスの『武器特化魔法』か、
『ジャイアント・ボーア殺し』かドラゴンさんか
どっちがいい? って事になるッスからね♪」
「究極の三択ですね。
実質死刑ともいいます♪」
君は、生き延びる事ができるか。
ていうかさらりとその三択の中に自分が入れられて
いるのもなんだかなー……
「そういえば、『東の村』へ向かった
子供たちは……」
「あ、もう戻って来てるッス。
確か4日ほど前に」
なるほど。
まあ教える事は基本的には手すりに乗って
背中の上で踏むだけだし……
これで『東の村』でもサービスが普及してくれれば。
「詰め所の人員は交代で、すでに向かわせて
おります」
そっちも順調のようで何より。
今のところ、全てうまくいっているみたいだ。
「では、私はいったん宿屋へ戻りますので」
「おー、お疲れさん」
片手を上げるジャンさんに頭を下げた後、
若い男女の方へ振り却って、
「あと、お土産ですが……
あっちで新作料理が出来たので、今夜にでも
作ろうかと」
「おー、ありゃすげぇ美味かった。
期待していいぞ」
というアラフォーとアラフィフの男2人の
やり取りに、
「やったッスー!!」
「楽しみにしてます!!」
と、若者2人は体全体で喜びを表現し―――
私は支部長室を後にした。
「んお」
宿屋へ戻ってきた私の目に入ってきたのは、
軒先に所狭しと吊るされた果実……
出掛ける前に作ってきた物だった。
もっとも、自分は10個ほどだけ作った後、
他の人に様子見と管理を頼んだのだが―――
「こうして見ると、完全に干し柿ですね」
ドラゴンが持って来てくれた果樹の中に、柿らしき
実を付けるものがあったので、作ってみたのだ。
日本古来のドライフルーツで―――
作り方は意外とシンプルなもの。
まず固い葉を取ってヘタだけ残し、皮を薄く
むいた後、熱湯につける。
表面から雑菌を消毒するためなので、5秒か
10秒くらいでいい。
そしてそのまま日当たりと風通しのいい場所へ
お互いにくっつかないように干すだけである。
雨に濡らすのは厳禁だ。
1週間ほどしたら手で揉んでやり、その後は
3日ほど間を開けて揉む。
それで2週間から1ヶ月干したら食べられる。
……のだが、すでに2週間は経過したと
思われるのに、およそ見える範囲だけで百個ほど、
何も手を付けられていない。
この世界の人たちの口に合わなかったのだろうか?
取り敢えず1個だけを回収して、宿屋の中へ入って
いった。
「ただいまー。
今、帰りました」
と、2階に顔を向けると奥から女性2名が
走ってきて―――
「おお! 戻ったか我が夫(予定)!!」
「留守はきちんと守りましたよ~!!」
と、なぜかテンションの高いアルテリーゼさんと
メルさんが飛び出してきた。
「あ、ありがとうございます??」
勢いに押され、ついお礼を言ってしまったが……
というかいつの間に仲良くなったんだろう。
すると、2人はさっき持ってきた干し柿へ
視線を集中させ、
「あ~……」
「それ……」
不評のようだが、そんなにマズかったのだろうか?
「えーと、やっぱり味がダメでしたか、コレ?」
私の問いに2人は微妙な顔付きになり、
「干す前であればまだいいのだが、
食べる気には」
「見た目が、その、グロい?」
まあ確かに、みずみずしい他の果物に比べれば、
食欲がわくような外見ではない。
「『みかん』とかいう果実か?
アレならとても美味いのだが」
「アレはいいよねー。
つい食べ過ぎちゃう♪」
そちらも今は水路沿いに植樹されている果樹の
ひとつだ。
他に梨っぽい物やリンゴみたいな物もあったが、
お手軽さでいえばみかんはダントツだろう。
「そういえば……
アルテリーゼさん、お子さんはどこに?」
「我が子なら、子供を預かる施設があるというので、
そこに預けておる。
他の人間の子らとすっかり仲良くなったぞ」
というと孤児院か。
リベラさんやあのメンバーに任せておけば
安心だけど……
仲良くなるのは別に構わないが、ドラゴンと人間が
一緒にいて危険は無いのだろうか。
自分の不安を察したのか、彼女は私の目を見つめて、
「心配せんでもよい。
まだあの子は産まれて30年くらいだし、
人間にすら劣るのだ。火も吐けん」
「そ、そうですか―――
えっと、あの子の名前は?
それもまだ知りませんでしたが。
それに、男の子か女の子かも……」
「まだ名前は無い。
それと、ドラゴン族はある程度成長しないと
親にも性別はわからん。
だから、性別がハッキリするまでは名前は
付けない事にしている」
そういえば確かに、『我が子』『あの子』としか
呼んでいなかったものなあ。
「それはそうと、留守番お疲れ様でした、
アルテリーゼさん。
メイさんも留守の間、鳥の飼育施設や他、
いろいろとご面倒を―――
お礼と言っては何ですが、王都で新作料理が
出来たので、今夜はそれをご馳走しますよ」
「おお!? 新たな料理だと!
それは楽しみだ!」
「よっしゃー!!」
そして私は店の厨房へ、王都から持ってきた諸々の
物を置かせてもらうと―――
自室のある2階へ向かった。
「あ、クレアージュさん。
ただ今戻りました」
「お帰り。声は下から聞こえていたよ。
アンタの部屋もずっと掃除はしていたから」
宿屋なのに自分のために一室潰しているような
物だからな……
その点は頭が上がらない。
「そういえば、町に戻ってからもう1人の
ドラゴン……
シャンタルさんを見かけませんが、
帰ったんでしょうか?」
「アンタの言っていたコメ? とかいうの?
アレをずーっと取りに行っては帰って来てる
らしいよ」
どんだけコメ好きなんだ……
まあ精米しておけば、町の食糧貯蔵庫に保存
出来るけどさ……
そして軽く会釈して、久しぶりの自室に戻ると―――
持ってきた干し柿( らしきもの)に目を向ける。
誰も食べていないのであれば、自分でやるしかない。
果たして、本当に干し柿になっているのかどうか……
「……うん、甘い……」
まだ水っぽさが残っている感じだが、地球のそれと
ほぼ味は変わらない。
もう少し水分が抜ければ、中身がアンコのような
感じになるだろう。
そうなれば砂糖替わりとして使えるかも知れない。
問題は、そうなればもっと外見が
グロくなる事だが……
しかし甘味としては非常に貴重な物。
仕方ない、適当に理由を付けて加工は
続けてもらおう。
夕食までまだ時間はある。
ひと眠り、と思ったその時―――
ある事に気付いた。
「……ハンバーグ作る肉、あったっけ?」
あの3人組―――
カート君、バン君、リーリエさんに罠による
漁や狩猟方法を伝授したが……
そもそも護衛あっての事だし、近場でやるにしても
供給量は大丈夫だっただろうか?
それ以前、私以外の護衛となると―――
不安になった私は、部屋を出て1階へと
下りていった。
1階にはまだ、アルテリーゼさんとメルさんが
滞在しており―――
クレアージュさんと談笑していた。
「おう、シン殿。
どうした?」
「どうかしましたか、シンさん」
私は彼女たちの輪に加わると、
「あ、いえ。女将さんに用があって……
あの、肉や魚って今どれくらいありますか?」
「ああ、それならね」
と、彼女が説明してくれたところによると―――
今は魚ならあの3人組が、肉ならアルテリーゼさんが
調達してきてくれているのだという。
「当初はシン殿に代わって、あの3人の護衛を
しようと思ったのだが……
我を恐れてか、獲物がまったく獲れなかったのだ。
そこであの3人は近場の川で魚を―――
我はシャンタルと相談して、どちらかがこの町に
いるという条件下で、遠くへ狩りに出ていたのだ」
「私も、一夜干しはちゃんと作り続けて
いましたよー」
なぜか同時に胸を張る2人。
いや、嬉しいし助かったからいいんだけど。
「フム……
ではちょっと早いですが作り始めましょうか。
ちなみに、今は何の肉がありますか?」
「今日狩ってきたのは確か、何か大きな鳥だった。
それとボーアが3匹ほど」
それを聞くと、私はいったん冒険者ギルドへと
向かい―――
何人かのブロンズクラスの新人を連行。
そして彼らに身体強化でミンチを作らせ、
それをクレアージュさんと調理して、まず
アルテリーゼさんとメルさんに振る舞った。
「この料理もまた絶品!!
さすがは未来の夫!」
「食べるだけじゃダメですよ
アルテリーゼさん!
私たちもこの料理を作れるように
ならないと……!」
その後、彼女たちも加わって来客や孤児院の
子供たちのためにハンバーグを作り続け……
こうしてまた、町に新たな名物料理が誕生した―――