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一方、露子と絆菜は順調に怪異達を祓っていた。
数こそ多いものの、一体一体は二人の相手ではない。急ごしらえなのか、どれも陰須磨町で相手にしてきたものよりは弱く感じられた。
『つゆちゃん!』
「和葉!? どうしたの!?」
そんな中、突如露子のインカムに和葉から通信が入る。
『半霊が近づいてきてます! 気をつけてください……多分、あの二人です!』
「……やっぱりね」
八尺女と冥子達の関係性が示唆されていたこともあり、この展開は露子にとってはある程度想定内だった。
その直後、絆菜にも同じ通信が入ったようで、二人は怪異を祓いながら視線をかわす。
(……ということは、あの女も……!)
真島冥子がここに攻め込んでくる可能性は高い。もしそうなれば、現状の戦力ではどの程度対応出来るかわからない。
しかしそれでも、やるしかない。残された自分達の力で、守るしかない。
既に決めた覚悟は揺るがなかった。
「――――っ!」
そして露子も、半霊の気配を感じ取る。それと同時に、上から出鱈目な軌道の触手が伸びてくる。
「なっめんなぁっ!」
声を荒げ、露子は強引に触手を回避すると、数発弾丸を撃ち込む。すると、嘲るような笑い声が聞こえてきた。
「こんばんは。お礼参りよん」
「はぁ? ズタボロで逃げ帰っといて随分な余裕じゃない。今度は二度と再生出来ないくらいめちゃめちゃにしてあげようか?」
「いや~ん怖い! そんなこと言われたら……ブチギレて何すっかわかんねえぞコラァァァァァッ!」
次の瞬間、無数の触手が露子へ伸びる。数は途中まで数えようとしたが、すぐに諦めた。そんな余裕はなかったし、明らかに以前よりも数が増えている。
「……げっ」
その上、触手の形状もいくらか変化している。今まではただの触手に過ぎなかったが、今回は円口類――――つまるところヤツメウナギのような口と牙が先端についている。
「プッツンすんのが早すぎでしょーが!」
「うるせええええええええええええ死ねええええええええええええええ!」
これでは最早会話にならない。はやいところ薤露蒿里に切り替えて今度こそ完全に祓った方が良いだろう。
だが他の怪異も完全に祓いきったわけではない。
「くっ……!」
触手を避けつつ、襲いかかってくる怪異達へ弾丸を浴びせていく。触手にも怪異にも気を配らなければいけない状況では、銃を持ち変える暇もない。
その上、薤露蒿里は連射の出来ない銃だ。触手を粉砕したところで、他の怪異にその隙をつかれればひとたまりもない。
「――――おい! ぼさっとしてないで雑魚共片付けなさいよね!」
「それは悪かったな! 待っていろ、今行く!」
露子の声にそう答えたのは、少し離れた位置で戦っていた絆菜だ。
彼女は周囲の怪異を蹴り飛ばし、全速力で露子の元へと駆けていく。しかしその途中で、異様な光景を目にした。
「……何……!?」
見れば、周りの怪異を吐々の触手が喰らい始めているのだ。それに伴い、吐々の身体も膨れ上がっている。
「まずいな……。露子! 奴の触手の目的はお前じゃない!」
「なんですって!?」
そう言った露子の目の前で、怪異が触手に喰らわれる。その光景を目にして、露子は絆菜の言葉の意味をすぐに理解する。
気がつけば触手はすべて引っ込み、周囲の怪異は完全に喰らい尽くされていた。
「……はなからアンタの餌なら、食べてから来いってのよ」
悪態をつく露子と、合流した絆菜の前方では、異様なまでに膨れ上がった吐々が厭な音を立てながらこちらを見ていた。
「この格好、お気に入りでね。ギリギリまで崩したくなかったんだ、け、ど」
吐々の顔が弾け、グロテスクな顔が姿を現す。
醜く膨れ上がったその顔についた小さな両目が二人を睨んでいる。
「テメエを引っ剥がしてもらっちまえば良いだけの話よォ……ッ!」
そのまま全身を引き千切り、あの小柄な身体の中に入っていたとは考えられないサイズの巨体が現れた。
無数の触手を持つ赤黒い身体の化け物だ。頭と太い両足でギリギリ人型に見えなくもないが、上半身はあまりにも歪に膨れ上がっている。上半身の所々に人間のものと思しきパーツが見えており、そのどれもが細い手足や美しい瞳だった。
「……それがお前の本性か」
「そゆこと。私のこの姿を見て、生きて帰れると思うなよ……」
しわがれた声で吐々が絆菜に答えると、露子はわざとらしく笑って見せる。
「……何がおかしい」
「いや何って……それさ」
言いつつ、露子は二丁の拳銃を腰のホルスターへ収め右膝を上げる。スカートの中からのぞいた太ももには、巻きつけられたホルスターとそこに収められた薤露蒿里があった。
「今から負ける奴の台詞じゃん?」
露子は見せつけるように薤露蒿里を手の中で回転させてから構えて見せる。すると、吐々は奇声を発し始めた。
「そいつをこっちに向けんじゃねェーーーーーッ!」
怒号と共に、再び触手が伸びる。しかしそのスピードは、これまでの比ではなかった。
この速度が相手では、回避に徹せざるを得ない。
(……癪だけど、アイツと協力しないと落ち着いて狙えないわ……!)
そう考え、絆菜に指示を出そうと視線を向ける露子だったが、既に絆菜は状況を把握している。
「言うな。心得ている」
触手のスピードはかなりのものだが、絆菜のスピードとて負けてはいない。その上、露子と違って捨て身の動きが可能なのだ。触手に噛みつかれながらも、絆菜は強引に攻めることが出来る。
「露子! 触手は私が引き受ける! 安心して狙え!」
「わかってんじゃない……百点満点よ!」
触手の相手のほとんどを絆菜に任せ、露子は必要最低限を回避しながら薤露蒿里で吐々を狙う。
薤露蒿里は一発……少なくとも二発撃ち込めば致命傷を与えられる。どれだけ肥大化していようが、内側から爆発する弾丸は霊域や霊壁でもなければ防ぎにくい。
触手を避けつつ、暗闇の中で必死に目をこらす。吐々相手に余裕ぶっては見せたが、それ程余裕があるわけではない。
これは蒼汰を八尺女から守るための戦いだ。直接関係のない吐々を相手に手こずっている場合ではないのだ。
しかし次の瞬間、眼前で黒い炎が燃え上がった。
「――――しまった!」
吐々に気を取られるあまり、もう一人への注意が疎かになっていた。
吐々の荒れ狂う霊力に隠れていたが、和葉の言う通りきちんと”二人”、ここには来ていたのだ。
露子を守るようにして戦っていた絆菜の身体が燃え上がる。その炎は、どれだけ雨に濡れても消えはしなかった。
「……雨の中で燃えるなんて、滅茶苦茶してくれるじゃないかっ……!」
そう口にしながら倒れる絆菜だったが、彼女を包む炎は消えない。それどころか、よりいっそう燃え上がり、絆菜はその場に膝をついた。
「……雨で消えるような炎なら……私はもう、この世にはいません、から……」
木陰からそっと顔を出し、夜海は静かにそう告げる。
「このっ……!」
即座に夜海へ薤露蒿里を向ける露子だったが、その隙をついて吐々の触手が伸びる。
「っ……!!」
避けそびれ、露子の右肩がワンピースの肩口ごと軽く抉られた。
「服……弁償してくれるんでしょうね……!」
苦痛に表情を歪めながら、露子はギロリと夜海、吐々を睨みつけた。
***
悠然と、真島冥子が石段を登る。
彼女を阻む者、阻める者は誰もいない。
雨宮浸は相手にならず、城谷月乃でさえ一度痛めつけた相手だ。次は逃げる余裕すら与えずに始末出来る確信さえ、冥子の中にはあった。
ゆらゆら歩く八尺女と共に冥子は木霊神社の正中を歩く。
元々ここの神社は結界頼りで直接霊を祓えるような霊滅師、ゴーストハンターはいない。出雲詩袮が霊滅師協会有数の実力者だったのも、過去の話だ。
出て来れば一秒ともたずに死ぬだろう。
その証拠に、飛び出してくる霊能者は全て八尺女が一撃で始末している。数も大したことはなく、この神社の内側がいかに脆弱かがよくわかった。
冥子はここより先は、八尺女に先頭を歩かせていた。ターゲットである蒼汰は、八尺女に捜させた方がはやい。案の定、すぐに気づいて神社の奥の蔵へと歩いて行く。
蔵にも恐らく何かしらの対策がされているだろうが、冥子の力の前では何の意味もない。八尺女だけを阻んだところで、冥子が破壊してしまえばそれで終わりなのだ。
「さてと……破壊させてもらおうかしら」
冥子はゆっくりと蔵へと近づいていく。
だがその背後から、若い男の絶叫が聞こえてきた。
「うわああああああああああああああああああああああああああッ!」
「……はぁ」
振り返りもせず、退屈そうに嘆息する冥子の背後から、邪蜘蛛を振り上げた度会准が斬りかかる。
しかしその刃は、冥子の纏う霊壁の前では無力だ。届く寸前で留められてしまう。
「お前だな……先生を殺したのはッ!」
「そうよ。彼、最後までつまらない軽口を叩いていたわ」
「絶対に許さねえ! 俺がぶっ殺してやるッ!」
最早准の中には激情しかない。吐き出す言葉はただの感情だ。ほとんど思考を挟んでいない、いわば脊髄反射の言葉だった。
しかし激昂する准に、伸びた八尺女の手が容赦なく迫る。
八尺女は右手で准の顔面を掴むと、そのまま乱暴に蔵の方へ投げ飛ばした。
「かッ……!」
蔵の壁に叩きつけられ、准は血を吐きながら悶える。
「チクショウ……チクショウッ……!」
何もかもが足りない。
力も、技量も、霊力も、何一つ足りない。
激情のままに琉偉の仇を取らんとして駆け出したが、結局何も出来はしなかった。
「先生は……先生は、俺を導いてくれる人だったッ! 俺の理想で、憧れだった……ッ! それをお前らはァ……ッ!」
悶えながらも、怨嗟の声を吐き出す准。冥子はそれを、心底退屈そうに聞いていた。
「……だから何? それって、私に何か関係あるのかしらねぇ?」
「あァ……ッ!?」
「どんな人間だとか、あなたとの関係がどうとか……私には関係ないじゃない? 邪魔をするなら殺す、それだけよ」
冥子がそう言った瞬間、准の脳裏に、かつて自分が言った言葉がよぎる。
――――どんな霊とか、経緯がどうとか……関係なくないスか。ゴーストハンターの仕事は霊をぶちのめして除霊することッスよ!
「あ……あぁ…………」
「……うるさいから、片付けておいてくれる?」
冥子がそう言うと、八尺女は准の方へ向き直る。
「クソッ……クソォォォォォォォォォォォッ!」
准の絶叫と同時に、八尺女の右腕が伸びる。悔しさで歯を食い縛りながらも、准が死を覚悟した――――その瞬間だった。
「……あらあら」
伸びた八尺女の手が、何か大きなものに遮られる。
長方形のソレは、盾だ。その盾が、准を八尺女の手から守ったのだ。
「……早坂……大先輩……」
自分を守る華奢なその背中に、准はたまらなくなって泣き出しそうになる。
守られた安堵と、何も出来ない無力感で、准は顔を歪めたまま気を失った。
「……ここは絶対……通しません!」
必ず守り切る。
そう決意した和葉の言葉を、冥子はわざとらしく嘲笑した。