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「………………」 ──通信中……。
──ピピッ。
[音声記録ログ:LA-B-13]
記録時刻:不明/通信経路:外部遮断済
発信元:識別不能
〈音声再生開始〉
「……える、わん、とぅーとぅーふぁいぶ。えぅ……わん、とぅーとぅーふぁいぶ……」
沈黙2秒。
少女のか弱く、拙い声がパソコンの音声を通じて流れる。
「えぅ、いち、に、に、ご……えー、いち、に、に、ご」
沈黙2秒。
息切れが激しくなり、彼女の焦りや困惑が伝わってくる。
「びー。びー。おうとう、おねがいします。びよんど、ばーすでー……びよん……ばーす……きこえますか?」
泣きそうな声で続ける。
段々ノイズ音が酷くなり、彼女の声が聞こえずらくなってきた。
「……おねが……わたしを、見つけて」
(通信切断)
〈音声記録終了〉
暗い部屋でパソコンを見つめているBことビヨンド・バースデイは音声録音を聞いて真剣な顔付きで画面を見つめていた。──なんだこれは、と。
「L1225──?L?なぜ、L?……Lからの贈り物──?」
Lからの贈り物がなぜBに?LがBにコードを寄越したのは、どういう意図がある?あまりにも唐突過ぎる。どういう風の吹き回しだ?BがLの後継者候補だからか?しかし、Lとコンタクトすらとったことがない。顔だって知らない──名前だって……。
Bは音声録音がされていた日付に目をやった。
8月22日と表記。
8月22日と言えば、Bの先輩であるAが“自殺した日”だ。しかも、昨年の話である。
なぜこのタイミングで……Lからの贈り物が?
Bは顎に手を当てて推理を始めた。そして、もう一度音声を聞き直して分かる。彼女の発音が曖昧なことに。彼女は恐らく日本人。英語が拙いのは、子供だからか?
Lとハッキリ言ってる訳ではなく、曖昧に発音しているのが分かる。
Lじゃないとするなら──直ぐに誰か分かった。どう考えてもあいつしかいない。『A』だ。
BはAが何か関与をしていると推理し、音声ログを調べた。すると、異常信号を発見。Bは壊れかけた音声ログを解析中、通信データの中に使用されていない暗号化キーの痕跡を発見したのだ。そのキーが、ワイミーズハウスの旧サーバーでかつてAだけが使っていた「沈黙アカウント(Ghost Protocol)」に一致。
アカウントは外部接続では見えず、音声信号の特定フレーズを入力することでのみアクセスが可能──試した結果、アクセス成功。
Bが音声ログを逆再生+信号解析で特定のパターンを発見したのだ。そのコードを手動で入力すると、非公開アカウントに“未送信”のメールが1通だけ残っていることが判明。
Bはメールを復元し、読み取り不可能な所ですら独自の推理力で穴を埋め、Aの残されたメールを読み解いた──
エラーコード【A1225】
送信元:USER_A-ANNIVERSARY
宛先:ID_B-BIRTHDAY
暗号化プロトコル:TSK-LEVEL9
通信種別:極秘/優先度:最優先 至急応答せよ
症状:記憶障害あり 身体の損傷なし
識別子:Alive AnnibirthAlive Annibirth の取扱いは受信者に委託済
本通信は、対象Bに対する通知および付随情報の伝達を目的とする。
本件において、破損・逸失・再喪失の可能性は常に想定せよ。
本通信の内容に対する問い合わせには応じない。
《コードネーム「Alive-Annibirth」──
彼女は僕が最後に名を与えた存在であり、『Aの後継者』として『日本のワイミーズハウス』に連れてこられた少女だ──》
Alive・Annibirth?イニシャルA・Aの少女?聞いたことないな。しかも、日本のワイミーズハウスということは“あの事件”と繋がっているのか──……。
《──彼女は、我々の『終着点』であり、次世代Lの『開始点』である。Aの名を持つことで、彼女は私の記録を継承するが、事故により記憶障害あり。記憶喪失と見られる。
また、当初の目的は変更。彼女に「L」は継がせないと決断。Lの思考回路は極めて危険。彼女を破壊する可能性あり──結論“彼女にLは向いていない”ことが判明。
Beyond Birthday──次のアルファベットとして、彼女は君に託す。Aから捧げる君への誕生日プレゼントだ。コードもB・Bに変更を要求。“ワタリとLには彼女がBを継ぐと言ってある”。Aの後継者は不必要と見なし、僕が最期のコードAとする。
新たなB・Bの名は“名前のスペシャリスト”である君に任せる。
だから、どうか『シキ』をよろしく頼む。
彼女は日本のワイミーズハウスにて待機。
Bと名乗るものが現れたら【A1225】と言うように伝えてある。“彼女は子供であり、日本人だ”。“僕のAの発音に対し、『L』と聞き間違えた可能性がある”。L1225などと言い出すかもしれないが、決して“彼女はLからの贈り物ではない”。
彼女は、君だけを待つように指示してある。至急迎えを要請する》
記録終了
Bは、端末を見つめたまま、深く息を吐いた。
──予期していなかった。
Aの勝手な自己判断。
Lからの贈り物ではなかった挙句、疫病神を押し付けられたようなものだ。
無責任に、自分の後継者を放り出してくるなんて。
しかも、「次のアルファベットがBだから」という適当な理由で。
──納得できるわけがない。
Bには、もともと意味がある。
Lのバックアップ。
もしそこにさらに別のBが増えたら──
バックアップが増殖して、B自身の存在すら曖昧になる。
……溶け込むように、侵食される……。もう自分が誰かも分からなくなってしまう……
Lを超えるのは、Beyond 𝖡𝗂𝗋𝗍𝗁𝖽𝖺𝗒だ。
誰でもない、Bただ一人だ。
そう、信じて、ここまで来た。
──なのに。
(イニシャルB・Bのものがもう一人増えるということは──連続殺人事件の計画が、すべてパーになるということ……)
Bの口から、吐き捨てるように短く息が漏れた。
最後は、自分自身──イニシャルB・Bである自分が自殺して、事件を完結させる。
それが、L.A.B.B.事件の構成だった。
だが、後継者がいたとなれば──
そちらが犯人だと誤認される可能性がある。
いや、それだけじゃない。
事件そのものを、「その後継者が仕組んだ」と思われるかもしれない。
(──Lのために死ぬならまだしも……こいつのために死ぬなんて、まっぴらごめんだ)
Bは、拳をギュッと握りしめた。
これでは──
何のためにB・B事件を立てたのかわからない。
「ふざけんな……」
被害者の確保、逃走経路の構築、クロスワードパズルの作成、自らの死に場所の設定──
何もかも完璧に整えてきた、L.A.B.B.事件。
その全てが、Aの無責任な判断ひとつで、呆気なく崩れた。
ショックで、しばらく体が動かなかった。
目元を手で覆い、
今は何も──見たくなかった。
(どうか嘘であってくれ……)
必死に、何度も、ログを読み直す。
そして──気づいた。
ログの最後に、追記があることに。
【追記】
B、最後にひとつ。
僕は、Lにはなれなかった。
でも、君はきっと……彼女となら、Lを越えられる。
これは僕のエゴだ。Lの連鎖を断ち切ってくれ。どうか、僕の代わりに”最後”のLとして生きてくれ。
メールの最後に添えられていた追記を読み終えたBはただ、Aが滑稽だと思った。自分がLになれなかったことを悔やみ、勝手に責任を感じて自殺し、“最後の希望”を他人に託すなんて。そんなことを死の間際に言う奴が、Lになれるわけがない。
「……A、勝手に終わって、勝手にBを始まりにするな」
呟いた声は、空気を震わせるほど冷たかった。
もうBは終わったのだ。
唯一、Lを超えるために練り上げた計画──L.A.B.B事件は、完璧に潰された。
「──Alive Annibirth……殺すか?」
無意識に口をついて出た言葉に、Bは目を伏せた。
正直、彼女の存在は邪魔だった。
殺してしまいたい、と本気で思うくらいに。
だが、すぐに現実がその衝動を冷やす。
人間は、寿命が尽きなければ死なない現実を叩きつけられた。
ましてや、Aの後継者などという重要人物──そんな存在が不自然に死ねば、ワタリに即座に情報が伝わる。
そして、ハウス中のギフテッドたちにまで、あっという間に知れ渡るだろう。探偵の卵たちが集まる場所で、隠しきれるはずもない。
“犯人がB”だと知られるのは、時間の問題だった。
──詰みだ。
完璧に詰んだ。
L.A.B.B事件は、これで終わりだ。
「最悪だ……」
目元を押さえ、Bは憎々しげに息を吐いた。
昔から、泣き虫で、精神の弱いA。
そのAが、最後の最後でこんな爆弾を投下してくるとは、思ってもいなかった。
「Alive Annibirth……Aの後継者であり、Bの後継者……」
繰り返し呟く名前は、どこかざらついていた。
苛立ちと、諦めと、そして──微かな、奇妙なざわめき。
『彼女となら、Lを超えられるかもしれない──』
Aの言葉の端々に残っていたその一文が、Bの胸の奥で、静かに、だが確実に、引っかかっていた。
──興味。
それは、憎悪とは違う。
希望とも違う。
もっと歪で、もっと黒い感情。
(……一度、顔だけは見に行こう)
ただ、それだけだった。
自分の計画をめちゃくちゃにした、名も知らぬ存在。
その”顔”を、確かめるために。
『Alive Annibirth』──
Aが遺した、謎の後継者。
何かが、始まる気がした。
Bの持つ死神の目だけでは成し得なかった、
別の道が、静かに開かれつつある。
──そして、BBの名を持つのなら、彼女こそ、『最初の被害者』に相応しい。
寿命がいつであろうと、迷わず殺す。
この手で。
確実に、消す。
その覚悟を胸に、Bは飛行機のチケットを手配した。
行き先は、日本──
まだ見ぬ”Alive”を、この手で確かめ、そして裁くために──