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月読月読
月読は日本に存在する孤児院であり、キルシュ=ワイミーが世界中に設立したワイミーズハウスの一つである。
月読というと、大抵の人は『月読安楽死事件』を思いつくだろう。『月読安楽死事件』とは、Bのいたワイミーズハウスではそこそこ有名であり、『Lが介入しなかった怪奇事件』と呼ばれている。
この事件が怪奇事件と呼ばれているのは、『13人が同時刻に安楽死した』からである。事件に関する情報が全員同時刻に安楽死したという事以外何も出てこず、未だに未解決事件とされている。
ハウスの子供達がLの真似をして『月読安楽死事件』について自分なりの推理を行い、宿題にも出されたくらいの事件だ。皆の前で公表までさせられたが、Bにとってはどれもこれもピンと来ないつまらない回答だらけだった。──ちなみに、Bも宿題として出され、自分なりの推理分析をした結果、Lに興味を持たれたという話はまた別の話である。
その月読にAが残した後継者──Alive Annibirthが居ると言われたんじゃ迎えに行かないわけがない。
──興味がある。Aが残した後継者という点、Bが用意したL.A.B.Bの破壊者ということ──そして、事件当時、月読に居た“唯一の生き残り”なのだから。
一体どんなやつなのだろうか。人目見ておきたい。そして、名前も──そんなやつの寿命も見てみたいと思うのだ。
Bは意外とノリ気で“後部座席にガソリンとライター”を積み、山道を運転しながら、山奥の月読へと向かっていた──
森に囲まれ、誰も近づこうとしない場所。車のライトが闇の中を照らし、時折、目を凝らすと古びた木造の建物が見え隠れする。
かつては静かな旅館として名を馳せたこの場所は、後に精神病院として使われ、今はワイミーズハウスとして新たな才能を育む場所へと変わっている。
Bはハンドルを握る手を僅かに強め、ぼんやりと自分の姿をフロントガラスに映した。
伸びきった黒い髪が頬にかかり、無地のTシャツと色褪せたジーパンがくたびれた身体に無造作にまとわりついている。
曲がりきった腰は、世界の重みを受け続けたせいか、彼のシルエットを異様に歪ませていた。深く刻まれた隈が、虚ろな目元に影を落とす。
バースデイはどんな『一人目の被害者』がいるのか、好奇心を抱きながら、ようやく目的地に到着した。車を止めて、ボンネットに入っている懐中電灯を持ち、車を降りて建物の中に足を踏み入れた。
建物は古く、所々壊れているものの、風流な外見であり、かつて精神病院だったとは思えないくらいの内装である。
同じワイミーズハウスとは言え、和風の建物に違和感を感じつつ先に進むと、かつての名残を全く感じさせないほどに暗く、淀んだ空気が漂っていた。電気は通っておらず、太陽の光すら差し込まない。無惨に散乱している部屋を照らすために、懐中電灯を付けると、壁に反射した光がひび割れた床や壁を映し出す。
受付にたどり着くと、床には一冊のノートのが落ちていた。バースデイはノートを拾い上げると、ここの孤児院の地図が細かく手書きで書かれている。
部屋番の記録を見つけ、『201号室』に『Alive』という名前が書いてあった。そこから、Aliveの部屋が2階の手前にあることを確認し、早速Aliveの部屋に向かうことに決めた。
エントランスにある、大きな階段を登り、2階のロフトから、Aliveの部屋に繋がる廊下へと出た。
廊下には窓がなく、ずっと閉じられていた廊下の空気は重く、足を踏み入れるのも嫌なくらいだ。
閉じ込められた様な感覚に浸りながら、Aliveの部屋の前に立つと、微かに声が聞こえた。
「────、─────、─────」
リズムを刻むように何かを言っている。いや、歌っている様だ。なんの歌だ?
Bはモラルも無しに女の子の部屋に耳を立てて声を聞こうとしたが、何と言っているのか聞こえない。
ノックも遠慮もなしに扉を開けると、そこからは歌声が聞こえてきた。
「──もしもしかめよーかめさんよー」
部屋の中心からはカチカチと歌に合わせてリズミカルに音が響いている。
「せかいのうちにーおまえほどー」
まるで奴の寿命がカウントダウンを打つように、カチッ、カチッ、カチッと音が響く。
「あゆみののろいーものはないー、どうしてそんなにのろいのかー」
中に入ると、すぐに少女が目に入る。部屋には、懐かしいおもちゃが散乱している。駒、羽子板、和風人形──全てがまるで時が止まったように置かれていた。
「なーんとおっしゃるうさぎさんーそんならおまえとかけくらべー」
彼女はBの存在は気付かず、リズムに合わせてけん玉で遊んでいる。カチカチという音は玉が木の受け皿に当たる音だった。
「むこうのこやまのふもとまでーどちらがさきにかけつくかー」
彼女こそ、Alive Annibirth──アライヴだった。
「上手ですね」
軽やかにけん玉を操る彼女はやっとBの存在に気づいたのか、手を止めて後ろを振り返った。
アライヴは『赤い着物』を気崩さないように首だけ振り返る。
顔を見て名前と寿命を真っ先に確認しようとした矢先──はめられた気分になった。
「…………………」
彼女はひょっとこの面を被っていたのだ。その姿に、Bは一瞬、息を呑む。
「あなた誰?」
少女に問われ、こちらが動揺してしまう。
なぜ面なんて被ってる?ただの遊びで被っているのか、はたまたBの目の存在を──いや、落ち着け、そんなわけないだろう。この目を知れるはずないんだ。何言ってる。
珍しくBは動揺しつつ、彼女の質問には答えず、彼女の名前を聞き出そうとした。
「お名前は?」
「……秘密ー」
彼女はBに興味を無くしたのか、けん玉の方に目線を戻し、また遊び出してしまった。
「あなたを迎えに来ました。名前を教えてくれますか?」
「嫌だよ」
「何故です?どうして?」
名前を知らない人──なんだこの気持ちは、名前が分からない人なんて今までいなかった。なんでこんなに怖いと思う、なぜ彼女に話しかけた事を後悔している?なぜ名前が分からないだけでこんなにも怖い?
初めての感情に動揺しつつ、彼女の顔を睨むように見つめた。
「知らない人に名前を教えちゃいけないって言われてるから」
Bの常識とは外れた答えが返ってきて、首を斜めに傾げた。
知らない人に名前を教えることは──悪いことなのか?だとしたら──
名乗る前から名前を知っていたBは悪い子──?
「あなたがアライヴなのかどうかわからないとこちらも保護してあげられません。だから、名前を教えてくれますか?」
早く名乗れ。そう催促するように言うと、彼女はけん玉を剣先に見事に入れて、Bにけん玉を差し出した。まるで剣でも向けるように。
「おにーちゃん、人に名前を尋ねる時は自分から名乗るんだよ?そんなことも知らないの?」
「………………」
知らない、そんなの。
だって、いつも名乗られる前に知ってしまうんだから。
Bは奇妙な少女に警戒心を抱き、数歩彼女から下がろうとして、グッと足を踏ん張った。
受け身になるな、攻めろ、攻めろ、そう言い聞かすように前に出た。
「バースデイ。ビヨンドバースデイ、Bだ。」
「びー?……ああ、あなたがびぃ、かあ!」
彼女はけん玉を床に置くと、近くにいた日本人形を手に取り、立ち上がった。
髪の結び目に付けたつまみ細工が揺れ、白いフワフワとした髪が微かに空いた窓から入ってくる風に靡いた。
彼女はBに向き直ると、日本人形を顔の前にもってきてまるで人形が喋っているように喋りだした。
「私の名前はアライヴ──アライヴアニバース。えー、わんとぅーとぅーふぁいぶ。迎えに来てくれてありがとう。うれしいよ、びーおにーちゃん」
不気味な少女──さすがAの後継者と言うべきか、Bの後継者と言うべきか……。
さっきからずっと気になっている、そのひょっとこの面。ふざけているのか遊んでいるのか、はたまた隠しているのか、非常に気になる次第だ。
「なんで、面を被っているんです?」
ただでさえ面を被って顔を隠しているというのに、更に人形を掲げてまで顔を隠されるとこちらも引きざるを得ない。強行突破しても良いのだが寿命が見えないと手がだせない──念には念を、ね。
彼女は面の奥でも笑っているのが分かる。人形を胸で抱え直し、試すようにハッキリとこう答えた。
「──見られちゃうから」
時が止まったかの様に、衝撃が走り、5秒ほど体が動かなかった。そして、直ぐにカチッというけん玉の音で意識を取り戻す。
「ふぅん、顔が見られたくないと?」
「うん、そう。見られたくないの。顔を見られるとね、“鬼に寿命を吸い取られちゃう”から。びぃおにーちゃんも仮面、被っておいた方がいいよ」
そう言って、彼女はベッドの下に落ちていた鬼の仮面をわざわざ取ってきてくれ、Bに渡した。
赤い鬼の仮面で、子供が見たら泣いてしまうような怖い形相をした鬼の仮面だった。
「いや、いい」
「いいの?──死んじゃうよ?」
ハッキリと死んじゃうと言うアライヴに死ぬのはお前だと内心呟きつつ、鬼の仮面を返した。
「これから、アライヴさんはかつてAがいたワイミーズハウスに引っ越します。だから、持っていきたいものがあるなら、今のうちにまとめておいてください」
「……私、お引越しするの?」
「ああ」
「そっか、じゃあ、ちょっと待ってて」
何もここで殺さなくてもいい。車の中で襲うことも可能……むしろその方が都合がいい。
彼女は死に急いでいることも知らず、身支度を済ませるために、着物の帯を解き、着物を脱ぎ出した。
男がいるのに遠慮なく脱げるなんて凄い度胸だ。少女の生着替えなど興味が無い為、目線を逸らすと、物珍しい箱を見つけた。
「?」
それは、どこか不穏な空気を漂わせており、非常に凝った造形になっていた。
これは寄木細工で出来た箱──所謂からくり箱だ。
こんな箱、見たことがない。どういう仕組みなのだろうか。箱には触れず、首だけを動かしてジロジロと見つめるB。
着物を脱ぎっぱなしで放置して、新しいワンピースに着替えたアライヴは満足そうに頷き、ドレッサーの上にある櫛で髪を梳かした。鏡には髪を梳かす自分の姿と、箱をまじまじと見つめる奇妙な男性の後ろ姿。
異様な二人が混ざり合う空間で、Bは箱に手を伸ばしたところで、アライヴが振り返り、ダメ!と叫んだ。
アライヴはBの服を引っ張り、箱を奪い取ると、大事そうに抱えて、床に蹲った。
「ごめん」
そんなに触れてほしくないものだったのか、彼女は威嚇するように仮面越しでも、Bを睨んでいるのが分かるくらいに警戒心を高めた。
「それは?」
そこまでして守りたいものとはなんだろうか、興味がある。
Bが尋ねると、アライヴはただ一言。
「大事なもの。」
彼女は寄木細工の箱をこねくり回しながら、外見を確認している。
「いじっちゃだめ。これは“手順を間違えると二度と開かなくなってしまう”の」
「へぇ、どういう仕組みになってる?解き方、知ってるのか?」
「“知ってるよ”……でも、“開けちゃだめ”って言われてるから、開けない」
そっと元の場所にからくり箱を戻すと、櫛と日本人形を持ってBの後ろに着いた。
「支度できた。行こう」
支度出来たと言っても、ワンピースに着替えて日本人形と櫛を手にしただけだ。
「……あれは持っていかなくていいんですか?」
さっきのからくり箱を指さしたが、彼女は首を振り、断った。
「あれは大事なものだから、ここに置いておくの」
「いいんですか?“もう取りに帰って来られませんよ”?」
「うん」
そう言うと、Bはアライヴの腕を掴んで、部屋を出た。
その後、二人で月読を出ると、車のキーを出して、車の扉を開けた。
バースデイは無言で車の助手席を開けた。
仮面を被ったままのアライヴは、何も疑うことなく大人しく乗り込む。
しかし──
「シートベルトは……しなくていい。」
乾いた声でそう告げると、Bはシキの肩に手を伸ばし、覆いかぶさった。
警戒する暇すら与えず、彼女の小さな身体に自分の全体重を預け、シートを勢いよく倒す。
──ガタン!
「きゃあっ!」
小さな悲鳴が漏れる。
その隙を逃さず、Bは両手で彼女の首をがっちりと掴んだ──そして乾いた音を立てて、細い喉を締め上げる。
「ッ……ぁ、が……!」
急な呼吸困難に、アライヴは必死に手足をバタつかせる。
小さな手で、Bの腕を必死に叩く──しかし、力が圧倒的に違いすぎた。
「い゛……いぎ……っ、ぃ……ッ!」
か細い声がかすれ、目には涙が滲む。
シキの指先が、必死にBの腕を掴もうとする。
「……た、すけて……!」
必死の懇願。
だけど、Bは何一つ答えなかった。
ただ、殺意に満ちた顔で首を締め続ける。
「……いき……でぎ……な……い……!」
苦しみに喘ぎながら、シキの体は小刻みに痙攣する。
視界が滲み、光が遠のく──
Bは冷徹な目で、それを見下ろしていた。
徐々に抵抗する様子は無くなり、段々彼女の力が抜けていく。そんな中、シキが最後に絞り出すように呟いた。
「──まだ……息が、したい……」
小さな、かすれた声。
それが途切れると、シキの身体は力なく弛緩し、完全に、動かなくなった。
バースデイは息を殺したまま、じっと彼女を見下ろしていた。
──死んだのか?
確かめるため、Bはゆっくりと彼女の顔に手を伸ばした。
あの面を取れば、死んだか生きてるかが分かる──死人の顔には本名と寿命が浮かび上がらないから。
そっと、──ひょっとこの仮面を外す。
仮面の下から現れたのは、白く、儚い少女の顔だった。
目を閉じ、眠るような顔。
そして──
Bの視界に、強烈な違和感が走る。
「……っ……!」
見えた。
彼女の上に浮かび上がった、本名と寿命──
本名──『夜陣式やじんしき』。
寿命──『∞』(インフィニティ)。
Bは息を呑んだ。
寿命は、無限大。
死の概念を、超越していた。
あり得ない──そんなもの、存在するはずがない。
この目は、死を見抜く目だ。
命に限界があることを、絶対に裏切らないはずの目だ。
それなのに──寿命が、無限大?どうなってる?
(違う……何かの間違いだ……)
震える指先で、Bは自分の目を擦り、真っ先に自分の目を疑った。
それでも、彼女の額の上には確かに無限の記号── ∞が、浮かんでいる。
(信じられない……)
世界のルールが、音を立てて崩れ落ちる錯覚。
今まで信じてきたものが、砂のように指の間から零れていく。 Bはぐっと奥歯を噛み締めた。
呼吸が荒くなる。
拳が震える。
(死なない……? こいつは……死なない?)
締め上げた首。
絶命したはずの体。
心臓だって動いてない。
なのに──
──死なない。
あり得ない。
理解できない。
受け入れたくない。
(確かに殺したはずだ……!)
思考がぐるぐると回る。
胸の奥で、焦りと困惑と恐怖が絡み合って、爆発しそうになる。
Bは目を逸らした。
でも、すぐにまた彼女を見た。
離れられない。
この異常から、目を逸らすことすらできなかった。
助手席に、静かに横たわる白い少女。
首にはBの指の痕が、赤く、くっきりと残っている。
(本当に──何なんだ、こいつは)
荒い息を吐きながら、Bは額に滲んだ汗を無意識に拭った。
冷たい空気が、やけに肌に張り付く。
──そして。
確信した。
この存在は、普通じゃない。
Lも、Aも、B自身すらも──超えている。
何か、もっと大きなものの片鱗だった。