テラーノベル
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『この涙の意味を、君が忘れられなくても』
音もなく、静かに夜が更けていく。
練習場裏のベンチに腰掛けて、スビンはヨンジュンの胸に顔を埋めていた。
泣き声はもうない。
けれど、嗚咽の余韻はまだ体の奥に残っていて、
スビンはヨンジュンの胸元をしっかりと握ったまま、しばらく動けなかった。
ヨンジュンは何も言わず、その背をゆっくりと撫でてくれていた。
その手が、あまりにもあたたかくて、
何度も胸の奥で崩れそうになるのを必死に堪えていた。
「…ヒョン……ごめんね、なんか……」
小さな声でスビンが呟くと、ヨンジュンはすぐに否定も肯定もせず、ただ「うん」と頷いた。
それだけで、スビンの涙腺がまた揺れる。
でも、泣くのはもうやめようと決めた。
泣いても、ボムギュはきっと来てくれない。
それどころか、また突き放されるかもしれない。
「……俺さ、なんか……ボムギュに嫌われたのかな」
ぽつりと、スビンが落とした言葉に、
ヨンジュンの指先がぴくりと止まった。
「俺、なんかしたかな……?」
「してないよ」
その一言が、とても優しかった。
否定でも慰めでもなく、ただ“事実”として伝えてくれたその言葉に、スビンの喉がつまる。
「でも、ボムギュ、俺に……あんな……っ」
思い出してはいけないはずの瞬間が脳裏に浮かんで、
また、涙が込み上げる。
「俺……そばにいない方がいいのかな。あいつの……」
その言葉が終わる前に、ヨンジュンはスビンをもう一度、抱きしめ直した。
強くも優しくもない、ただ“確かな腕”だった。
「ねぇ、スビナ」
スビンの耳元で、ヨンジュンが低く静かに囁く。
「そんなやつ、忘れなよ」
スビンの心臓が、一瞬止まったように感じた。
「俺が、お前を幸せにしてやる」
重ねられるような言葉だった。
飾り気はないけれど、決意と愛情がにじんでいた。
「……ヒョン……?」
スビンが顔を上げて目を見ようとすると、
ヨンジュンはふっと笑って、スビンの前髪にそっと触れた。
「いま、無理に答えなんて出さなくていいよ」
「俺はずっと、待ってるから」
その言葉に、スビンの心はまた静かに揺れた。
優しさが刺さる。
でも、その優しさにすがってしまいたくなるほど、
いまのスビンは、脆かった。
──ボムギュ。
どうして、あんなことしたの。
どうして、俺じゃダメだったの?
スビンはもう、泣きたくなんてなかった。
だけどヨンジュンの腕の中は、あまりにも温かくて、
そこにいるだけで、泣けてしまうほどに、優しかった。
•
その頃。
ステージ脇の照明の落ちた一角に、
ボムギュはまだ、ひとり立ち尽くしていた。
拳を固く握りしめたまま、誰の言葉も届かない場所で。
スビンのあの表情が、何度もフラッシュバックする。
手を振り払った自分。
怯えたように目を見開いたスビン。
もう一度だけでいい。
謝りたい。
でも、口先だけで「ごめん」なんて、通用しないことも分かっている。
彼の涙を拭ったのは、自分じゃなかった。
もう、誰かの胸の中で落ち着いているのかもしれない。
心がざわめく。
焦りが、悔しさが、嫉妬が、そして何より、後悔が押し寄せてくる。
「……俺、なにやってんだよ……」
その言葉に、答える声はなかった。
•
“俺が、お前を幸せにする”
その言葉を聞いたのは、スビンだけだった。
だけど、たしかにそれは――心に刻まれた、ひとつの約束になった。
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