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あれから何日たったのだろうか。
僕の世界は変わってしまった。
よく子供のころ聞かされていたことが、 大人になったとき一番大切なことだってことに気が付くくらい、 世の中を見るのはシンプルに完結していることが多い。
それと。
人を裁くという行為に「善悪」を付けるとしたら、それは誰なのか?
それがわからないまま、僕は壇上に呼ばれた。
「はーい! それではみなさん! お待ちかねのショータイムです!」
「心ゆくまでお楽しみくださいね!」
壇上の道化が、僕の登場を待ち構えている。
ステージに上がる。
白く輝くそのステージの上には、椅子が一脚だけ置かれている。
客席からはサイリウムや眼鏡の反射。 持っているうちわが少しだけ照明に反射して、キラキラしているのが見える。
本日も盛況のようだ。
僕がステージに進むと、大きな歓声が上がる。
「待ってたよ!」
「楽しみにしてた!」
ものすごい熱狂がステージを包み込んだ。
でも、その歓声を上げている人の姿は見えない。
しばらくすると、ステージに道化が上がってきた。
「気分はいかがですか? 楽しいですか? 楽しみですか?」
「これからあなたは裁かれます。ええ裁かれますとも」
「え? 誰にって? それは知りません。ただ裁かれることは事実です」
道化は続けた。
「さて、今からあなたのことを話していこうと思っています」
「あ、ちなみにあなたに拒否権はありませんのでよろしくお願いしますね」
そう言うと、道化は手元にあった紙を眺めた。
「さて、あなたの名前は何でしょうか?」
「でも気楽に名前を言うと、同じ名前の人がいじめられるかもしれませんね」
「じゃあこうしましょう。あなたの名前は無いので、そのままでいいですね」
「さて、あなたは何をしましたか? いままで何をしてきましたか?」
「何もしていませんね? そうでしょう。ここにそう書いてあります」
僕は黙って聞いている。
「大抵の場合、この壇上に上がる人は、そう、罪を背負っています」
「だけど貴方は例外的に、この壇上に上げられました」
「なぜだかわかりますか? おかしいと思いませんか?」
道化は紙を見つめている。
「なにもおかしいことはありません」
「こちらのさじ加減で、あなたに罪を着せることなんか、いともたやすいんですから」
「あなたは昨日の夜。楽しい宴会がありましたね。そうです、友達の誕生日会でした」
「あなたは会費を払って飲み屋に行った。そこまでの記憶はありますね」
「そしてあなたはそこで料理を注文するときに、店員に尋ねたでしょう」
僕は黙って聞いている。
「『このお店の今日一番のおすすめは何ですか?』と」
「すると、店員さんが答えました。今日のおすすめは肉料理ですってね」
「しかし! しかし!」
「あなたはあろうことか、その肉料理を拒みました。あなたは魚料理を頼んだのです」
僕は黙って聞いている。
「これには肉屋さんも憤慨するでしょう」
「長い時間をかけて牧場を経営して、皆様の食卓に届ける品質を保ち、それを継続してきました。たゆまぬ努力があったのです」
「それなのにあなたは拒みました。ええ、この思いを無碍にして、今日は気分でないと魚料理にしたのです」
僕は言い返そうと口を開く。
「それなら魚料理だって――」
道化は僕の口元に、スッと手を当てた。
「ええ、その後に続く言葉は『魚料理だって魚屋さんがいて、同じように努力をしている』と言いたいのでしょう?」
「わかりますとも、十分にわかりますとも」
「私自身も、ここに居るみんなもわかっています。肉も魚も、誰かのたゆまぬ努力によって食卓へ並ぶことを」
「ええ、そんなことは言わずもがなわかっています」
僕は黙って聞いている。
「私だってどちらか迷うことありますもん。気分によってはうどんを食べたり、オムライスなんて選択もありますからね」
「ですから。あなたが背負ったこの罪は、もっと特別な意味があります」
僕は聞き返した。
「特別な意味?」
「そうです。この場に上げさせられた意味です」
「それはなにかと言われると……それは、あなたが『肉料理を選択しなかった』ということを、みんなが知っているということです」
僕は周囲を見渡した。
「おおーっと! 見渡しても人は見えませんよね?」
「そうです、このステージは本来存在しえなかったステージです。でも、人の意識はここにある。不思議だとは思いませんか?」
「みんな、あなたが肉料理を拒んだことを知っている」
「だからこそ、この『罪のステージ』は出来上がりました」
「心辺りはおありですね?」
僕は黙って聞いている。
「ご心配なく! この罪に罰は尽きません。まるであぶく銭。バブルのようにはじけ飛んでしまいます」
「数日後にはあなたはこのステージから降りることになるでしょうから、安心してください。しばらく見世物にはなりますけどね」
僕は聞き返した。
「僕は、この後もこのステージに乗る羽目になるのか?」
道化は答えた。
「ええ。究極的に言えば、逃れることは出来ません」
「あなたがこの世界から、降りない限りは」