テラーノベル
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――小学校四年生。
その日も、いつもと変わらない朝だった。
父「すち」
すち「はい」
父「朝飯」
すち「はい」
朝食を用意する。
父「箸」
すち「はい」
箸を渡す。
父「新聞」
すち「はい」
新聞を持っていく。
一つずつ。
言われた通りに。
そして学校へ行けば、いつもの友達がいる。
友達「すち、今日遊べる?」
すち「遊べるよ」
友達「やった!」
すちは笑った。
学校は楽しい。
友達といるのも楽しい。
笑うのも嫌いじゃない。
なのに。
「好きなもの」と聞かれると、何も浮かばない。
その日の放課後。
家に帰る。
父「すち」
すち「はい」
父「これ」
すち「分かりました」
言われたことをする。
父「終わったか?」
すち「はい」
父「じゃあ次」
すち「……はい」
また一つ。
また一つ。
いつものことだった。
だから、最初は何も思わなかった。
でも。
父「すち」
すち「はい」
父「これやっとけ」
すち「はい」
少しして。
父「すち」
すち「……はい」
父「まだやってないのか?」
すち「すみません。今――」
父「お前さ」
すちは動きを止める。
父「何回言われればできるんだ?」
すち「……」
父「本当に要領悪いな」
すち「……すみません」
父「謝るくらいなら最初からちゃんとしろ」
すち「……はい」
父「ほら、早く」
すち「はい」
すちは動く。
いつも通り。
返事をする。
言われたことをする。
怒らせないようにする。
――そのはずだった。
なのに。
その瞬間。
すちの中で、
――ぷつん。
何かが切れた。
怒鳴り返したわけじゃない。
泣いたわけでもない。
ただ、
(……もう、分かんない)
そう思った。
何をすれば正しいのか。
何をすれば褒められるのか。
何をすれば怒られないのか。
何をすれば、自分が自分なのか。
全部分からなくなった。
……いや。
違った。
分からないんじゃない。
もっと前から。
感じたことがなかった。
「好き」という感情を。
何かを心から好きだと思う感覚を。
すちは知らなかった。
楽しい。
悲しい。
嫌だ。
嬉しい。
そういう感情はちゃんとある。
でも、
「好き」だけがない。
(……俺には、ないのかな)
その夜。
すちは布団の中で天井を見つめていた。
(好きって、どういう感じなんだろう)
(みんな、本当に分かってるのかな)
答えは出なかった。
ただ、その疑問だけが残った。
そして数年後。
小学校高学年になったすちは、一冊の恋愛小説を手に取る。
そこに書かれていた主人公は、
好きな人を見れば嬉しくなって。
会えれば楽しくなって。
離れれば寂しくなって。
その人のためなら、自然に何かをしたくなる。
すちはページをめくりながら、じっと考えた。
(……こうすれば)
(俺も、分かるのかな)
その日から。
すちは少しずつ、
「主人公」を演じ始めた。
#精神科パロ
らび
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コメント
1件
やっぱり碧さんの描く「普通の日常」って、すごく静かで、それでいて胸が締め付けられるね……。 「ぷつん」って何かが切れる瞬間と、そのあとに“好きって感情がわからない”って気づく場面が、すごく怖いくらい綺麗だった。小学校高学年で「演じる」ことを選んだすちの決意みたいなものが、切なくて、これからどうなっていくのか気になる……。 友達の前では笑えるっていうギャップも、なんだか余計に哀しかった。 続き、また静かに読みにきます🌙