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それは、お澪が生まれて間もない頃のこと。
深夜、櫛崎屋敷の門がトントンと叩かれた。
当主浅長は怪訝そうな表情を一瞬浮かべたが、命に関わることならば危ないとし、門を叩いた者を招き入れた。
「……なんの用であるかな?」
その、門を叩いた者__どうやら男らしかった__は、何故だか高貴な着物を着ていた。
「一晩泊めて頂きたい。もう宿がなくての」
「しかし……うちは貧乏な一家でして。御満足していただけるか」
旅人であれば招き入れたい思いで一杯だが、貧乏であるということで、躊躇ったが、客は
「いや、よろしい」
と言ったので、浅長は了承し……。
自ら、布団を敷いたり、酒を用意したりなどして、客人をもてなした。
客人も気分がいい様だったので、浅長は嬉しい思いになった。
そして翌朝。
「いやはや、感謝しますぞ」
と微笑んだ。
浅長は上辺だけにこりとして居たものの、心の内では『はて?』と首を傾げていた。
(また豪華な服を……唯の旅人では手に入らぬものでは……)
「ひとつよろしいか」
「なんでも」
「本当に旅人ですかな、貴方は。服が豪華すぎて、実はずっと気になっておったのです。あいや、気分を害して居たら申し訳無い…」
「はははは!!」
「?」
「わかっておられたか。いかにも。儂は旅人では無い。邦川家八代、和宗だ」
「っ! 高貴な御方だとは思っておりましたが……まさか和宗様とは」
邦川家は関白家と争えるほどの力を持った名家である。
驚き、浅長は平伏した。
だがその様子を見て、和宗は笑った。
「ははははっ!! そんなに畏まらなくても良い。どうだ浅長殿。儂の願いを聞いてくれぬか」
邦川家と櫛崎家はもう、石高も年代も天と地の差。
抑、村長の親戚と、公家に及ぶ武家となったら、もう身に余る光栄でしかない。
普通、邦川家の御殿様になど会えぬ身分の自分が、このような幸せに巡り会って良いものか……。
そのように考えていた浅長は、すぐさま
「わ、私に出来ることであれば」
と。
すると和宗はにやりと笑って………。
「この家のあたたかさに深く感心した故、そちを家臣に迎えてもよろしいだろうか」
「え、は、本当のことをお申しでしょうか!?」
「嗚呼。勿論ではないか」
「………」
浅長は夢を見ている心地だった。
本当に?
お戯れでは無いのか?
お仕えできるのか?
という思いが体中を駆け回っていく。
「無論、村長殿が断れば此方も折れる。だがどうか___儂の願いを聞き届けて欲しい」
和宗が頭を低くしたのに気づいた浅長は、ハッとし、更に更に頭を下げた。
「も、勿論に御座いまする! この浅長、子孫代々において、邦川家に忠誠を誓いまする…」
こうして…………。
急ぎ文を飛ばして村長である伯父に確認を取ったところやはり「良し」という事だったので、また改めて邦川家に連絡をした。
その後、櫛崎家一行は慌ただしく屋敷を片付け、出立の準備に勤しんだ。
そのお陰か、早くも四日後____。
浅長だけでも邦川家の居城、大欄城に到着し、その城下にあった屋敷に移った。
その知らせを聞いて、浅長の正妻(ここからは正室)であるお良改め良姫、
妾(ここからは側室)である お露改めお露の方も同じく屋敷へ移った。
そして、晴れて浅長の御嫡女となったお澪も、澪姫として母と同じく屋敷へ移った。
この屋敷に移ったことで……また運命が好転したとは、まだ誰も気づかないのだった。