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あの子の部屋は、明るかった。
カーテンは薄い色で、午後の光が、甘く溶けている。
お菓子と、洗剤と、少しだけ香水の匂い。
クッキーを焼いたあとの匂いに、新品のノートの紙の匂いが混ざっている。
懐かしい、と思ってしまった。
「ねえ、覚えてる?」
あの子が続ける。
「わたしが階段でこっそり泣いてたとき」
優しい声だった。
だから、こわかった。
「あなた、気付いてたのに何もしなかったよね」
指先が真珠の表面をなぞる。
「それだけじゃない」
少し間があって、
「みんなの前では、わたしと目を合わせなかった」
彼女の大きな瞳に、花びらを宿したみたいな真珠が映っている。
「帰り道も、先に帰ったり、だれかと一緒にならないようにしてた」
真珠の中で、わたしは息を詰める。
「あなた、ちゃんと考えてたんだよね。自分が巻き込まれないように」
少しだけ、息を吸って彼女は続けた。
「わたし、すごく悲しかったんだ。
だって、あなたは、わたしの一番の友達だったから」
わたしがした事を、あの子はちゃんと覚えていた。
突き放すというより、ただ事実を確認しているみたいだった。
「だから、決めたの」
あの子は目を細めながら続ける。
「もう、離れないようにしようって」
真珠の中でわたしは叫んだ。
でも音にはならなかった。
「ごめんなさい」なのか「ゆるして」なのか。
あの子に伝えることは出来ない。
あの子の唇が、真珠に触れた。
「きれいだね」
昔と同じ言い方だった。
「こんなに大きくなるなんて」
あの子は、机の引き出しから小さな銀の籠を取り出した。
チェーンの先に、細い線で編まれた、指先ほどの大きさの籠。
わたしはそこに入れられた。
「きっと、すごくがんばったんだよね。すごく苦しんで、すごく後悔して、すごく泣いたんだよね」
あの子の笑顔は、昔と同じだった。
けれど、その奥にあるものが、違っていた。
「ねえ、知ってる? 真珠になった魔法少女はね、意識があるの。
ずっと、ずっと、中で考え続けるの」
その言葉を聞いて、わたしはようやく理解した。
ああ。これは、偶然じゃない。
わたしが魔法少女になることも。魔法少女が最後にどうなるのかも、彼女は全部知っていた。
こうなることも、最初から、決められていたんだと。
彼女のベッドの上で丸くなっている白猫は、もう人間の言葉を話さない。
その日から、わたしはあの子の胸元にいた。
あの子が学校に行くとき。
あの子が友達と笑うとき。
あの子が眠るとき。
ずっと、ずっと。
あの子は、真珠に話しかけた。
「ねえ。今日ね、クラスの子がわたしに意地悪したの」
優しい声。
「だから、その子の靴、隠しちゃった。
わたし、そういうの得意なんだ。経験者だから」
くすくすと笑う声。
「それに、あなたがいてくれるから、わたし、寂しくないの」
その声は落ち着いていた。
呼吸に合わせてそのぬくもりが伝わってきた。
ガラス越しみたいに、柔らかく、丸くぼやけた世界。
歪んでいるのに、やけに近い。
真珠を見下ろすあの子の頬はやわらかく、唇は、きれいな色をしている。
昔と同じように笑っている。
でも、その目にはちゃんと真珠が映っていた。
見つめる、というより、確かめるみたいに。
逃げないか。
消えないか。
まだ、ここにあるか。
あの子の指が、真珠に触れる。
爪は短くて、きれいだった。
「わたしたち、ずっと一緒だよ。永遠に」
そう言う口元が、とても、やさしかった。
部屋は、あたたかい。
匂いも、光も、全部、やさしい。
だからこそ、ここから二度と出られないのだと分かった。
「ねえ」
あの子が囁く。
「わたし、幸せだよ。あなたは?」
わたしは答えられない。
ただ、光るだけ。
「そうだよね。あなたも幸せだよね」
あの子の指が真珠に触れた。
「だって、あなた、わたしのこと、見捨てられなくなったんだもの」
その笑顔は、まるで昔のあの子のように、無邪気だった。
魔法少女はもう泣かない。
残ったのは、美しい真珠だけだった。
【了】