コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
死ネタ
メリバ…?
高校最後の文化祭の日
ステージ上で跪く__の瞳はスポットライトを反射していてまるでサファイアのように輝いていて僕の心は熱く燃えた。
×月×日
えっと、今日から日記を書き始めようと思う。
日記と言う名目だけれど、ここには僕の気持ちや想いを書き出したい。
僕は実の兄を好いている。
僕には3人の兄と2人の弟が居るが、僕の2つ上の兄のカラ松だけには特別な感情が生まれていた。
好きで好きで仕方が無くて、辛くて、死にたくて。
僕が好きだって自覚したのは高校最後の文化祭の日。
演劇部だったカラ松がステージ上で高校最後の劇をする所をただただ眺めていた。
ヒロイン役の女の子に跪いて愛を囁くカラ松を見た時、僕の心は燃え滾った。
とめどなく汗が流れてきて、頬は紅潮して手が震えた。
これが恋に落ちた経由。
明日から高校時代の思い出とかも書き綴ろうと思う…多分。
____________________
__結局それから淡い青色の日記帳に一松の恋心が綴られることは無かった。
飽き性が災いし、日記を書き続けることが面倒に感じた一松は小さく溜息をつきながら申し訳程度に作られたプライベートスペースの引き出しに日記帳を隠した。
一松は高校時代から幾度となく自殺未遂を繰り返している。
ある時は首吊り、ある時はオーバードーズ、ある時は飛び降りなど。
死のうとする度に邪魔が入り、結局決行されたことは1度も無いのだが。
しかし一松は今回の計画は絶対に邪魔が入らないと考えていた。
それは溺死だ。
なけなしの金で電車に乗り、遠いとも近いとも言えない海まで向かって好きな青に包まれて死ぬ。
一松は想像するだけで恍惚とし、思わず頬を手で包んだ。
声にならない笑いがくつくつと飛び出し、一松の口角は歪に吊り上がる。
開いた口からはギザギザとした歯並びの悪い歯が見え、傍から見れば酷い顔だろう。
一松は人の気配なんて微塵も感じられない家の中をぺたぺたと裸足で歩き、押し入れに隠しておいた遺書を卓袱台へ置く。
遺書の内容は簡潔に纏められ、謝罪と感謝を綴られている。
一松は満足気に息を吐き、いつもの便所サンダルをつっかけて家を出た。
改札を過ぎ、電車が来るのをただただ待っていた。
空は青く、一松を包み込むように降り注ぐ陽の光は一松の頭をくらくらさせた。
(最後にアイツの顔でも見れれば…いや、これで…これでいいんだ。)
考え込む前に電車が来たのは一松にとって大変喜ばしい事だった。
電車特有のガタンゴトンという音を耳に入れながら一松は流れ行く景色を見ていた。
乱雑に色を塗ったように過ぎ去る景色は段々と翠を多く含むようになり、暫くすれば蒼く広がる大海原が現れた。
一松は―――みたい、と抑揚のない声で小さく呟いた。
今頃誰かしら遺書を見つけているだろうか。
どうせ皆1人居なくなった位で騒がないだろう。
だって、5人だとシャキッとするんだから。
別に、自殺するような奴だって思われてもいい。
嫌われてもいい。
だけれど今まで一緒に過ごしてきた日々は消えないのだから、どうか、どうか忘れないで欲しいと切に願う。
一松は電車を降りて少し悴んだ手をポケットに突っ込んで只管に歩いた。
気付けば目の前に崖があり、一松は小走りで先端まで向かった。
パッと見100メートルは固いだろう。
ここから落ちれば隆起した岩に当たり、そして水面にぶつかった衝撃で確実に死ねる。
一松は踊ってしまうほど感情が昂っていた。
あはは、くくく、ははは、ひひひ、
何が可笑しいのか、一松は腹を抱えて大笑いした。
そして大きく息を吸い、口を開いた。
「ばーーーか!!!!」
今までで1番大きな声だ、と己を褒めて一松はよし、と意気込んだ。
ばか、そう。僕も皆も全員馬鹿なんだよ。
次に一松が松野家に戻ってきたのはそれから3日後の事だった。
遺書を最初に見つけた末弟は絶叫し、パニックに陥った。
2人の弟は顔を涙と洟でぐちゃぐちゃにしながら兄の無事の帰宅を願っていたが、その願いが叶うことは無かった。
玄関の黒電話がけたたましく鳴り響き、慌てて出た三男が血の気を無くした顔でへたりこんだのを合図に家族全員警察署へ向かった。
警察は遺体の状態があまりにも酷く、見たくなければ見ない方が良いと釘を刺した。
結局全員愛しい家族を見ることになるのだが、やはり末弟は絶叫し、大声で泣き喚いた。
泣き虫で相棒だった五男は涙1つ出さず、ただただ無表情で兄を見ていた。
かつて相棒だった人の無惨な姿を見るのは十四松の小さなか弱い心には重くのしかかり、壊してしまった。
三男は拳を強く握りしめ、爪が食い込んで赤を滴らせていた。
次男は顔を蒼くして普段吊り上がった眉を下げて泣いていた。
長男は引き攣った笑みを浮かべ、うわ言のように「嘘だろ」と繰り返していた。
母も父も泣き崩れ、警察に誘導されて別室へ向かっていた。
そして当の本人、一松の顔はとても安らかだった。
身体はそこらじゅうが抉られ、内臓もはみ出ている程に痛々しい。
葬式も火葬も終わり、漸く実感が沸いてきた頃、カラ松が日記帳を見つけた。
カラ松は泣き崩れ、低く頼もしい声をひん曲げてなよなよしく泣き喚いた。
カラ松もまた一松を想っていた。
まだ6人全員が全く同じであり、個性が確立していなかった頃。
土管が置いてある空き地をたまたま通りかかった次男が耳にした泣き声。
普段なら通り過ぎるが、それは普段も聞いている家族の声だった。
土管の中から聞こえる啜り声に声を掛ける。
呼応するように顔を此方に向ける少年は四男だった。
何事かと問えば、大事な友達の猫が亡くなってしまったらしい。
まだ自分より幾らか小さい身体を抱き締めてあやせば大声をあげて泣き始める。
暫くすれば落ち着いたようで照れたようにはにかんで感謝された。
その時笑った顔がとても美しく儚く感じられ、カラ松は意図も容易く恋に落ちた。
それからは眠る時の隣も死守し、中学生になっても高校生になっても気持ちを伝えることは無く只管に一松を見守った。
それでもいつかは愛を伝えようとしていた。
日記帳に綴られる己への恋心に心が痛む。
どうして、どうして気付いてやれなかったのだろう。
愛しの彼はこんなにも苦しんでいたというのに。
確か高校最後の劇は姫と王子が心中する話だった。
カラ松はカラッポの頭で必死に考えた。
そうして最高のアイデアが降り立った。
「あぁ、一松は馬鹿だなぁ。残念ながら同じ方法では逝けないが、すぐに逢いに行くぞ!」
高らかに笑うカラ松の顔はまるで別人のようだった。
ギシギシと左右に揺れる肉塊はまるでダンスしているようでとても不気味だった、と後に長男は語る。