見る人によって腐要素ありなし決まります…
とある平凡な1日。
普段の蒼く広がる空は灰色の雲に覆われ、ポツリ、ポツリと少しずつ涙を垂らす。
朝からズキズキと痛む頭は相も変わらず働かず、暗い外を見ながら暫し微睡む。
止まない痛みに苛立ちが募り、普段擦り寄ってくる猫すらもピリピリとした空気を感じ取って直ぐに家から出ていった。
それに朝から不運続きな事もあってこれ以上何かがあれば限界だった。
しかし神様とやらに慈悲の心はないらしい。
突如階下から響く何かが割れる音がした。
マグカップや茶碗とは比べ物にならない音に驚き、何事かと普段の倍の速度で腰を上げて慌てて階段を降りてゆく。
喧嘩でもしているのだろうか?しかし窓ガラスが割れる程の喧嘩なら怒号も聞こえるはず…と考える。
居間の襖を開ければ広がっていたのは物心ついた時からの宝物の大きな猫の貯金箱、だった。
割れてバラバラになった陶器の破片を震える手で掴む。
「…誰がやったの。」
地を這うような声に己ですら驚いたというのに居間に居た兄弟達の身体が強ばらない訳が無く。
一触即発、といった空気の中、いつも通りのヘラヘラとした笑顔でおそ松が口を開いた。
「…それ、俺…。で、でもさぁ?あんなとこに置くいちまっちゃんも悪いと思うよぉ?」
額に汗を滲ませながらも口角を上げて一松を覗き込むおそ松。
一松の頭の中でプツンと何かが弾けた。
「あんな所って何。ちゃんと硝子棚の中に入れてたよね?しかも人の大事な物壊しといて何なのその態度。本当にありえない。しかもずーっと言ってきたよね?今まで。『大事な物だからここの奥に置いておくけどみんなも一応気を付けてね。』って。なんなの?反省の色も見えないし。本っ当に最低だよアンタ。」
後半になればなるほど声に凄味が増し、未だ破片を掴んだままの手が怒りで固く握り締められ鮮血を流す。
トド松が手をあわあわと動かすが無視しておそ松に詰め寄る。
「ねぇ、どうすんの、これ。弁償してくれんの?これが俺にとって大事な物って知ってたよね?」
普段重い前髪に隠れて見えない眉毛を限界まで吊り上げて睨む。
冷や汗をダラダラと流すおそ松はそれでもにへらと笑った。
「べ、弁償って…そ、そもそも大事な物なら押し入れにでも床下にでも隠しておけよ!俺悪くないし!」
その言葉にはチョロ松も口を挟もうとしたが、結局もごもごと口許を動かしただけだった。
顔を俯かせてブルブルと震える一松を覗き込み、泣いてんのー?と能天気に聞いたおそ松。
途端、居間に鈍い音が走った。
一松が破片を持っていない方の手で思い切りおそ松を殴ったのだった。
気付けば一松の目からは涙がボロボロと零れており、おそ松もギョッとした。
一松は最後にキッとおそ松を睨んだ後、居間から飛び出し汚れたサンダルをつっかけていつの間にか土砂降りになっていた事に気にする素振りも見せずに走っていった。
チョロ松はカラ松に目配せをして小さく頷いた後、十四松に耳打ちをした。
「十四松、上着と傘もって追い掛けてあげてくれる?」
十四松は珍しく真顔で静かに頷き、おそ松を冷ややかな目で見て家を出ていった。
トド松は地面に落ちた破片をチョロ松と片付け、カラ松はおそ松の腕を無理やり掴んで2階へ連れていった。
2階からドゴッと何かが倒れた音を聞いた後、チョロ松はため息をついて硝子を処理するため物置にちりとりを取りに向かった。
一松は後先もなく走り、気付けば公園にいた。
雨で服や髪はぐっしょりと濡れ、絞る行為さえ億劫になる。
元々体力の少ない一松は既に息が切れていて、先程までの怒りは也を潜めていた。
しかしそこにあるのは唯ならぬ悲しみと喪失感だった。
そりゃあ少しばかりはあの屑に苛立ちはある、と一松はドーム型の遊具の中で小さく畳んだ脚の上に腕を置いて顔を埋めた。
遠く聞こえる雨の音と共にすん、すんと鼻をすする音が遊具の中で響く。
走ったせいで止まっていた涙も一度流れれば止まることを知らず、一松は小さく嗚咽を漏らして泣いた。
一松は十四松のように大声で泣き喚くことはせず、小さな頃から一歩後ろでみんなを見ていた。
その為どうすれば親は喜ぶのか、親は助かるのかを熟知していた。
あの貯金箱も初めて一松が両親のお手伝いをした日に買ってもらった物だった。
20歳を超えた大人が小さい頃に親から貰った物を大事にしているなんて気持ち悪いと思われるだろうが、一松は貯金箱に汚れが着けば直ぐに拭き取り、常に埃一つ着いていない状態をキープしている程には大事にしていた。
それに一松がそんなに大事にしているという事を周りもきちんと理解していた。
その為小さい頃からズクズクと育つ愛着心は消える事を知らず常に一松の中で大きくなっていた。
現在は膝に顔を埋めているため視界が遮られ、一松の中に入ってくる最前情報は聴覚のみである。
嵐のように強くなった雨の中にタッタッタッ、と何かが走ってくる音がする。
聞きなれたその音に涙がまた溢れそうになるが、必死に我慢する。
予想通りその音はドーム型の中に入ってきて音を響かせた。
きっと彼も走ったせいで濡れているのだろう、ドーム内の空気が入れ替わり少し寒くなる。
目の前で屈んだ気配がし、一松は目だけを上げた。
そこに居たのは汗で額を濡らして眉を下げて笑う十四松だった。
「…じゅうしまつ」
酷く掠れた小さな声だったが、十四松は優しく微笑んだ。
「なぁに?」
一松は一度顔を歪め、十四松を抱き締めた。
雨と、汗と、ほんの少しの太陽の匂い。
酷く安心して、一松は物心が着いてから初めてといっていい程泣き喚いた。
ドームの中に響く掠れた大声や洟を啜る水音が響く。
十四松は酷く伸びた袖でいつまでも一松の背中を摩った。
一松が落ち着いた頃には十四松のパーカーの黄色は濃くなっており、一松の顔は涙と涎と洟でぐちゃぐちゃになっていた。
一松は申し訳無さそうに、恥ずかしそうに眉を下げてモジモジとしていた。
十四松はそんな一松の頭を優しく撫でたあと、慈しむように頬にキスを落とした。
突然の事にぽかんとする一松を無視するかのように一松の涙をすすり、頬と唇をベロッと舐めた。
そんな犬のような行動に普段ならキツく睨み、突き飛ばそうとする一松も今は擽ったそうに微笑んでされるがままだった。
暫しじゃれあった2人だったが、雨が止んだことに気付いた一松がよっこらせ、と腰を上げたのを合図に2人は遊具から出た。
地面は溶けたチョコのようにぐちゃぐちゃで水溜まりもそこら中にあったけれど、一松と十四松は手を繋いで微笑んで歩いた。
器用に水溜まりを避ける一松と自分からバシャバシャと飛び込む十四松。
一松は服に泥がついて慌てる十四松を見てくすくすと笑った。
ふと、一松が空を見上げて「あ、」と呟いた。
十四松も釣られて上を向き、満面の笑みを浮かべた。
そこにあったのは世にも珍しい6色の虹だった。
「すごいねぇ、きれいだねぇ!」
繋いだ手をブンブンと振って全身で喜びを表す十四松を優しく眺め、一松も頷いた。
家に着けばおそ松が土下座をして待っていた。
一松はもういいのだと慌てる。
相対的に、十四松は冷ややかな目でおそ松を見て普段の一松のように「ケッ」と唾を吐き捨てた。
そこに居た一同が驚き、トド松に至っては泡を吹いて倒れていた。
一松はつい、吹き出して大笑いした。
それから暫くおそ松は十四松に邪魔されて一松と近付くことすら出来なかったらしい。
コメント
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天才すぎません