テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
要素は薄いですが、中日です。間に北朝鮮くんが出てきます。
昨日、猫を拾った。
エアコンの効きの悪さに舌打ちして、これなら風のある外の方がマシだとベランダに出たら、そこに落ちていたからだ。
「…お前、どっから来たアルか。」
そう聞いても眠そうに瞬きしながらみゃあ、と声を落とすだけ。
降って湧いた存在に、戸惑いながら目を向ける。
忙しなく動く夜景の中、しばらくスマホをいじっていたが、手のひらに浮かんできた汗に、そろそろ効き始めた頃だろうと窓を開ける。
じとりとした視線。
自分も連れて行け、と言わんばかりに尻尾を振られている。
「……我は暑いから中入るアル。お前もさっさと帰るがヨロシ。」
こてん、と首を傾げられた。
入れてくれますよね。
そんな、図々しいのか律儀なのかよくわからない声が再生されてため息を吐いた。
警戒心なんてかけらもなさそうな猫だが、汚れ具合からみて野良らしいので、引っ掻かれでもしたら大変だとまくっていた袖を下げた。
慎重に抱き上げて、とりあえず家の中に入れる。
「みゃあ。」
冷風を漏らさないよう、即行で窓を閉める。
猫は珍しそうにくるりとこうべを巡らすと、一鳴きして絨毯の方へ足を踏み出した。
「させるかっ!!」
汚れた足で肉球の跡でもつけられては、たまったものではない。
尻尾をゆらりと揺らして、猫は不思議そうに足から離れた床を見ている。
そのまま脱衣所まで連行し、勝手に動かれないよう洗濯ネットの中に放る。
猫には猫用のシャンプーを使うものなのだろうが、うちにあるわけもなく。
仕方なく、以前貰った高そうな石鹸を棚から取り出した。
風呂場のドアを開けると水気を感じたのか、猫は今日初めての抵抗を見せた。
パタパタと暴れる毛玉をネットから取り出して、逃げられないように抑えつつシャワーで毛を濡らしていく。
「み゛ゃあ!!」
水に濡れて重くなった体で尚も抵抗を続ける猫を捕まえて、石鹸の泡で体を洗う。
「安心しろ。日本製ヨ。」
「みゃあ………。」
「おい。何で暴れるのやめたアルか。」
舞台を脱衣所に戻し、数十分にわたる格闘はようやく終了した。
仕事終わりにやることじゃないとぼやきながら、ソファに体を沈める。
ぽむ、と何者かの重みでスプリングが沈んだ。
目を向けると、猫がちろちろと毛繕いをしている。
目が合うとこちらの手を舐めてきた。
綺麗にしてやった礼とでも言うのだろうか。
でも舌がザラザラして痛いので、どうせならと頭を撫でる。
ふわふわとした雪のように白い毛並みに、黒いつぶらな瞳。
一応風呂代分の礼をしようとする律儀さはあるようだし、よく見れば愛くるしい顔立ちをしている。
「お前、うちの子になるがヨロシ。」
ぱたり、と返事のように尻尾が打たれる。
そうこうしている内に、猫は膝の上で寝てしまった。
***
「そういえば朝鮮。我、猫飼い始めたアル。」
「そすか。」
会社でのお昼時。
そう言うと、北朝鮮は興味なさげに割り箸を折った。
「お前、本当かわいげねぇアルなぁ……。」
「そすか。」
本当にかわいいんだと続けても、適当な相槌で昼食を食べ進めるばかり。
箸を口元に運ぶ仕草すら機械的で、取り付く島もない。
連れない返事に、ならば勝手に語るだけだと口を動かす。
「我が帰ると駆け寄ってきてくれるし、エサ食べるの大好きアルし、気まぐれなくせしてすぐ甘えてくるしでなぁ、本当あいつみ………。」
あいつみたいでかわいい。
喉まで出かかった言葉を、すんでのところで飲み込んだ。
わずかに引き攣った口角と、開いてしまった不自然な間。
「……中国さん?」
怪訝そうな声に、慌ててポケットを探る。
「お前みたいな聞かん太郎には写真見せた方が早いアルな!」
画面に映るのは、丸まって眠る猫。
一瞬液晶に目をやると、北朝鮮は名前は、と短く呟いた。
まずい。
そういえばまだ名無しだった。
頭の中であの子に関する情報を引っ張り出す。
白くて、目は黒曜石みたいな綺麗な黒。
食いしん坊で、でもそうとは思えないくらいに小さくて。
それで顔には常にやわらかい笑みを浮かべていて。
ダメだ。
これ、猫じゃねぇ。
それでも一度浮かんでしまった日本の姿は全く消える気配がない。
仕方なく、必死に知恵をこねくり回す。
どのラインならバレないだろう。
「……いづる、とか。」
「そすか。」
苦し紛れの命名にも、北朝鮮は淡々とそう言った。
短い相槌に胸を撫で下ろしながら、話題を持ち直そうと再度口を開く。
「かわいいアルよなぁ?」
「自分、犬派なんで。」
***
「みーー!」
玄関を開けると、真っ先に小さな鳴き声がした。
猫のために日中もエアコンをつけるようになったので部屋が涼しい。
カバンを置くより先に足にまとわりつく白い影に、北朝鮮に足りない何かを感じ取った。
いや、あいつが急に愛想良くなったらまず話すのは医者にだが。
キッチンまで水を飲みに行くと、当然のように猫が連いてくる。
足首に押しつけられるふわりとした感触。
ふと、昼間の会話を思い出し、罪悪感が湧いてきた。
「悪いアルなぁ。……お前のこと、成り行きで名付けちまったヨ。」
コップを置いて抱き上げると、ぱたん、と耳が倒される。
試すようにそっと口に出してみた。
「いづる。」
呼ばれた当人は、瞬きをして足をちょこんと動かした。
それだけのことに、胸の奥が妙に温まる。
「気に入ったネ?」
「にー。」
やわらかな温もりを腕に抱き、あいつのことはかわいいもの好きだからたまたま連想したんだろうと頭を振る。
テレビでも見るかとソファに腰を下ろした時、ローテーブルの異変に気付いた。
「……いづる。」
「み゛……。」
ティッシュ箱が、見るも無惨な死に様を晒していた。
***
翌日。
「中国さん!」
朝一とは思えないほど元気そうな声。
珍しいこともあるもんだと振り向くと、爛々と目を輝かせた日本が立っていた。
「おはよう。お前アルか。」
「中国さん、猫ちゃん飼い始めたって本当ですか!?」
日本には見えないはずの尻尾が見えて、思わず目を擦る。
効果音がつきそうなほどのテンションの上がりぶりに、思わず一歩身を引いた。
「落ち着けネ、お前……。」
北朝鮮の時とはまた違った慌て方でスマホを取り出す。
すると、日本は歓声を上げた。
「わぁ!天使!!」
「啊?どこがネ。」
「毛並み真っ白で綺麗だし、羽毛みたいにもこもこしててかわいいじゃないですか!」
ティッシュを斬殺し、ソファに爪を立てる不届者に見合わぬ称号に、思わず眉を顰める。
そんないいもんじゃない。
言いかけた言葉を、日本の朱が差した頬を見て飲み込んだ。
まぁ、この緩んだ顔が見れなくなるのは、あいつに会わせてからでもいいかもしれない。
「今度、うち来るアルか?」
「いいんですか!?」
この猫が後に本当にキューピットとなることを、この時のふたりはまだ知らない。
コメント
6件
中国さん。いづるを私にください。いづる可愛いッッッッッッ!!!!!(情緒不安定)
北さんの気だるげな感じ大好きです…🫶 中国さんだからこそ名付けられるそのお名前...エモい...🥺💞
あ''あぁぁあ!!!にわかさんの作品、最高で''せ''、!