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「へっくし!」
1日の授業が終わると真っ直ぐに学校を出る。電車の中で豪快なクシャミを炸裂させた。
「あぁ…」
耳鳴りがやまない。ついでに窓から射し込む西日に目が眩む。席は空いていたがドア付近に立っていた。向かい相手の視線を気にせず景色を眺めたくて。
「ん…」
毎日の通学には電車を利用している。そして数少ない友人達とは教室を出る瞬間に別行動。だから下校時はいつも1人で乗車していた。
「バイトでもするべきかなぁ…」
入学してから1年以上が経過したのに夢や目標を持っていない。社会経験を積むような行為にすらチャレンジしていない。ひたすら怠惰な日々を送っていた。
「うわっ!?」
「ん?」
感傷に浸っていると意識を引く光景が視界に飛び込んでくる。ランドセルを背負った男の子が床に転倒する姿が。
「うぇぇ~ん」
「また派手にやったなぁ…」
歩いてる時に車両が揺れてバランスを崩してしまったらしい。ついでにフタが開いた鞄からは中身が飛び散ってしまっていた。
「ん…」
行動するべきか迷う。助けた方が良いと理解しているのにその勇気が湧いてこない。それに最近は子供に声をかけただけで不審者扱いされる事案も発生していた。休み時間に経験したような恥ずかしい思いをしたくなかった。
「大丈夫?」
「……あ」
「どこか怪我してない?」
見捨てようと考えていると席に座っていた女性が立ち上がる。床に這いつくばっていた男の子に声をかけながら。
「お友達はいないの?」
「ん…」
「1人?」
「……ぐすっ」
「とりあえず荷物拾おう。このままじゃ誰かに踏まれちゃうかもしれないよ」
パッと見、自分と同世代ぐらいの女の子。ただし着ているのは制服ではなく私服だった。
「ふ~ん。この筆箱、変形するんだ」
「うん…」
「ロボットみたいだね。格好いいじゃん」
彼女は男の子を抱き起こすと隣に並ばせる。母親のように慣れた手付きで。
「て、手伝います」
「え?」
「一緒に集めちゃいましょう」
「……すみません」
その姿を見て無慈悲な思考を撤回。床に膝を突いてノートや教科書に手を伸ばした。
「はい、終わったよ」
「ん…」
「危ないから電車の中は走っちゃダメだからね。分かった?」
「……分かった」
「よし。良い子だ」
広い集めると女性が男の子を諭す。帽子の被さった頭を撫でながら。
「バイバ~イ」
そのまま男の子は手を振って隣の車両へと移動。立ち去る背中を優しく見守った。
「あの、ありがとうございました」
「え?」
「手伝ってもらっちゃって」
「いえ、そんな…」
2人きりになると女性からお礼の言葉が飛んでくる。丁寧に頭を下げる動作と共に。
「優しい人ですね。困ってる子を助けてあげられるなんて」
「……そんな事はないです」
「謙遜しなくても。少なくとも声をかけてきてくれて私は嬉しかったですよ」
「は、はぁ…」
本来ならその台詞を言われるのは彼女の方。もし先に動き出す人物がいなければ自分はあの小学生を見捨てていたハズだった。
「アナタみたいな人がもっとたくさんいたら良いんですけどね」
「……世の中そんなに上手くいかないですって」
「そうでしょうか。私はそうは思いませんけど」
「皆、人の行動には無関心ですから」
「けどアナタは助けてくれたじゃないですか」
「え?」
卑屈になっていると不意を突くような台詞を浴びせられる。休み時間の出来事を吹き飛ばしてしまうような言葉を。
「今ここで困っている男の子を助けてあげた男性がいる。それは事実ですよね?」
「えっと…」
「どれだけ無関心だらけの世の中だったとしても、どれだけ冷たい人間ばかりの世界だったとしても、この出来事は揺らがないハズです」
「はぁ…」
「だからその勇気を忘れないであげてください」
それはまるでドラマに出てくる教師のような発言。荒み始めていた心を浄化してくれるメッセージだった。
「で、でもそれを言うなら先に行動したアナタの方が凄いですよ」
「あはは……子供が泣いてる姿を見てたら体が勝手に動いちゃって」
「素敵な事だと思います。その優しい気持ちを忘れないであげてください」
「……ありがとうございます」
賛辞を賛辞で返す。緊張感と少々の疑問を抱きながらも。
「え?」
「んっ…」
「あ、あの…」
「なんかすいません。取り乱しちゃって」
その瞬間に彼女の異変を察知。細い指先で目元を擦り始めてしまった。
「ちょっと色々あって…」
「いろいろ…」
「本当に大丈夫ですから。なので気にしないでください」
「けど…」
意識を急激に奪われる。隣にいる初対面の人間に向かって。
「あ……私、ここで下りないと」
「え?」
「すみません。それじゃ」
「あっ、ちょ…」
声をかけるがタイミング良く車両が停車。女性は逃げ出すように開いたドアから飛び出して行った。
「……涙」
何が起きたのかは知らない。平日の夕方にどうして私服で電車に乗っていたのかも。
再び車両が動き出しても女性への気掛かりが止まらなかった。後を追いかけなかった事を後悔するぐらいに。
「んっ…」
心の奥底から不思議な物が湧き出してくる。今までに経験した事の無い感情が。同時に脳裏には優しく微笑みかけてくれた女の子の顔が色濃く焼き付いていた。