テラーノベル
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重いスタジオの扉をできるだけ音を立てないように閉める。はぁ、と詰めていた息を吐くと、 急に喉の渇きを感じた。
スタジオの中にドリンクは用意されていたけれど、取りに戻る気にはならなかった。
ラウンジの壁際にある自動販売機に向かいながら、先ほどの音合わせを思い返す。
譜面通りには弾けている。
でも、それだけだった。
元貴が自分たち演奏隊に求めるものが、たったそれだけであるわけがない。
勿論わかっているのに………
自分が情けなく、しかし不思議でもあった。
いつもならワクワクして聴き込む新曲のデモ。どうして今回はそれがこんなにも憂鬱なんだろう。
自動販売機のボタンを押し、ポケットをまさぐる。しまった、財布はおろかスマホも中に置いてきたかも…と思った時、横からスマホがすっと差し出され、ピ、、ガシャン!という音の後に缶が取り出し口に排出された。
スマホから伸びる腕を辿った先には、若井。
「なにこれ、プリンシェイク?飲み物なのこれは?」
身をかがめて缶を取り出した若井がハイ、とそれをおれに差し出してくれた。
「あ、ごめんお金、いまおれ持ってなくて…」
すべてのポケットをペタペタと触って確認しながら言うと、若井がおれの左手をとって缶を握らせる。
「出世払いでいいよ、利息はつけてね」
ウインクした若井が爽やかに笑う。
「ジュース1本にどんだけ利息とるつもりよ、こえ〜なぁ」
思わずふは、と笑う。
てかおれ、これから先、出世できるのかな?
するでしょ。してよ。
どうなったら出世なの?
うーん、わからん。
くだらないことを話しながら若井も自動販売機を眺め、しばし悩んだ後炭酸飲料のボタンを押す。スマホで決済してペットボトルを手に取ると、近くのソファに腰掛けた。おれを見てソファの座面をポンポンと叩く。
若井に買ってもらったプリンシェイクの缶を振りながら隣に腰を下ろす。
出世払いなら奢ってもらったことにはならないのかな?とも思いながら、「いただきます」 と頭を下げてプルタブを引く。
「なんか、まだ世界に入れてないって感じしたね。どうしたの?」
ハッキリ言うなぁと思ったけど、おっしゃる通りなので苦笑いするしかない。
「まー先週までめちゃくちゃ踊ってたもんね、俺ら。また職業ダンサーになりかけてたからさ、テンションの切り替えむじぃ〜とは俺も思った」
気持ちを引きずりやすい自分に寄り添ってくれる言葉に、申し訳なさで固くなっていた心がほぐれていくのを感じた。
今回の原因は少し違うけれど、まさかデモ音源を聴くのがツライとは言えず、代わりに手の中に持っていたプリンシェイクに口をつける。とたんに広がる甘さを楽しむ。
「今回の曲、デモから蝉とか風鈴の音入ってて面白かったよね。なんか俺、涼ちゃんとこの実家思い出しちゃった」
「え、おれん家なの?自分の家じゃなくて?」
思いがけないことを言われて笑ってしまう。
「いや、うちに風鈴なんてなかったもん。涼ちゃん家にはあるでしょ、蝉もいっぱいいそう」
「そりゃいたよ〜夏は朝早くから蝉の声で目が覚めたなぁ。風鈴はおじいちゃん家の縁側にあったよ、おれ縁側好きでさ。みんなでスイカ食べたり…懐かしいなぁ〜」
「いいなぁ、俺も縁側でスイカ食べたい。パスポートとらなきゃ」
「いやいや、パスポートはいりませんよ!日本国内ですからね!、っていいのよ、このくだりは!」
すっかり楽しくなって話していると、ギシ、という音と共にソファの座面が傾き、隣に人の体温を感じる。
顔を向けると元貴が座っていた。
大きなソファだけどおれと肘置きとの間は狭く、体の左側の面が元貴と密着している。若井の方に詰めるために腰を上げようとすると、元貴がそっとおれの腕をつかんで制する。足の力を抜いて同じ場所にとどまる。
「若井スイカ好きだっけ?」
元貴が話しかける。
「わざわざ自分で買うほどじゃないけど、出てきたら嬉しくない?しかも縁側で。THE夏!だよね」
「へ〜。縁側ってヤマダん家になかった?レトロっていうよりは和モダンって感じの家だったけど」
「あったね、普段はヤマダの部屋で遊んでたけど夏休みだっけ?みんなで集まって宿題するのに人数多すぎて座敷に通してくれてさ、元貴あの時…」
誰だよヤマダ。
おれを挟んで両側で始まった昔話についていけず、口角を上げて笑顔をキープするよう心がけながら意識を遠くに飛ばす。
幼馴染の2人がおれのわからない話をすることは昔からよくあるから、もう慣れた。こういう時は微笑んでおけばいい。
でも、今日は。
なぜだか2人の会話を聞き流すことができず、胸の中になにか重いものが少しずつ蓄積していくのを感じた。
めざましテレビ、めちゃくちゃ癒しの時でした、、毎日出て欲しい。
このお話のりょうちゃんも最後には笑顔になる予定ですのでご安心ください、悲しみゾーンはやく抜けたい!
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