テラーノベル
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審問は、最初から結論ありきだった。
形式上はもちろん、公平を装う。
証拠が並べられる。
証言が集められる。
死んだ使用人たちの名が読み上げられ、マルフォイ家の屋敷から検出された闇の気配が記録として示される。
禁忌の術式の断片。
ドラコの部屋から押収された本。
魂へ干渉した痕跡。
一つ一つは事実だった。
だからこそ厄介だった。
誰も嘘を言っていない。
嘘がないまま、すべてが最悪の方向へ積み上がっていく。
ドラコはその場で静かだった。
青白い顔。
整った姿勢。
だが目の奥だけが妙に遠い。
何かへ抵抗しているというより、すでにかなり深いところまで疲れ切っている人間の沈黙だった。
それに比べて、ハリーのほうがよほど落ち着いていなかった。
最初のうちはまだ、理屈で食い下がろうとした。
禁忌へ手を出した理由があること。
戦後の精神的後遺症があること。
治療と監視のもとで隔離する道があるかもしれないこと。
だが、口を開けば開くほど、空気は悪くなっていった。
「理由があれば許されるのですか?」
審問官の一人が冷たく言う。
「許されるとは言ってない」
ハリーはすぐに返した。
「でも、これは——」
「被害者は死んでいます」
その一言で、言葉が止まる。
別の者が続ける。
「戦後の混乱は、彼一人のものではない」
「多くの者が苦しみながらも、闇の術に手を出さず耐えてきた」
それも、間違ってはいない。
だからハリーは余計に苦しくなる。
間違っていない言葉ほど、人を追いつめる。
ドラコがやったことは実際に取り返しがつかない。
それを、ただ傷があったからという理由だけで薄めることはできない。
でも、それでもなお、ここでドラコを“単なる危険人物”として切り捨てることも、ハリーにはどうしてもできなかった。
「彼は——」
ハリーがもう一度言いかけた時、部屋の外から騒ぎが聞こえた。
最初は遠いざわめきだった。
それがすぐに濃くなる。
複数人の怒声。
足音。
扉の向こうで制止する声。
そして、誰かが大きく叫んだ。
「ハリー・ポッターを呼べ!」
空気が変わった。
審問官たちの顔に、はっきりと嫌な緊張が走る。
この騒ぎはもう、建物の外だけでは済んでいない。
内部にまで熱が回ってきている。
「英雄を出せ!」
「マルフォイを裁かせろ!」
「また見逃す気か!」
「今度こそ終わらせろ!」
声が重なって押し寄せる。
ハリーの背筋に冷たいものが走った。
これだ、と分かる。
世間が欲しがる物語。
危険な闇の魔術師。
それを討つ英雄。
誰にでも分かる。
簡単で、気持ちよく、怒りの向け先として都合がいい。
そして今、その物語へハリー自身が押し込められようとしている。
「……嫌だ」
気づけば、そう漏れていた。
ドラコがわずかに目を動かす。
審問官も一瞬だけこちらを見る。
「僕は」
ハリーははっきり言う。
「そんなことはしない」
その言葉自体は、正しかった。
でも外の群衆にその正しさは届かない。
むしろ、扉の向こうの熱はさらに増した。
「何だって?」
「聞いたか、庇うつもりだ!」
「闇の魔術師を!」
「裏切る気か!」
一気に空気が危うくなる。
ハリーはそこで初めて、自分が拒絶すること自体が、群衆にとっては新しい怒りの燃料になるのだと悟った。
裁け。
英雄らしく。
正義の側に立て。
それを拒めば、お前もまた同類だ。
そういう論理だ。
論理というより、もう熱狂に近い。
「静粛に!」
審問官が声を張る。
だが外の怒号は止まらない。
止まるどころか、もう個人の声として聞き分けられない塊になっている。
ハリーはそこに、戦争中と似たものを感じた。
理性が消えて、ただ“分かりやすい敵”を欲しがる空気。
誰かを罰せば少しは世界がきれいになると、本気で信じる熱。
そして、その中心へ“英雄”を立たせたがる欲望。
吐き気がした。
「ポッター氏」
審問官の一人が、今度は明らかに慎重な声で言う。
「今、あなたのお立場は非常に重要です」
その言い方だけで十分だった。
彼らももう分かっている。
事態は司法だけでは終わらない。
世論が、ハリーを象徴として欲しがっている。
それを無視すれば、騒ぎはさらに広がる。
「僕の立場なんて関係ない」
ハリーはきつく言った。
「これは裁判だろ」
「だったら、外の連中が何を言ってるかで結論が変わるわけない」
「理想としては、その通りです」
その返し方に、ハリーは絶望しかけた。
理想としては。
つまり現実には違う。
審問官はさらに続ける。
「しかし戦後の社会は、まだ平静ではありません」
「闇の存在による死者が出た以上、民衆の恐怖を鎮める必要がある」
恐怖を鎮める。
そのために何をするつもりなのか、言葉にしなくても分かる。
見せしめだ。
分かりやすく、象徴的で、誰が見ても“終わった”と思えるかたちが欲しい。
そしてそこへ、ハリーを使いたいのだ。
ハリーは拳を強く握った。
「僕は、そんな役はやらない」
そう言った瞬間、扉の外で誰かが何かを投げつけた。
硬い音が響く。
怒号がさらに近づく。
「やれ!」
「ポッターがやるべきだ!」
「それが正義だ!」
「ためらうな!」
ためらうな。
その言葉が、刃みたいに胸へ刺さる。
ハリーはゆっくり振り返り、ドラコを見た。
ドラコはずっと静かだった。
だが今、その顔には別の種類の青白さがあった。
群衆の声を聞いている。
自分へ向けられた憎悪も、ハリーへ向けられた期待も、全部理解している顔だ。
「……見るなよ」
ハリーは思わずそう言った。
ドラコの睫毛がわずかに動く。
「何を」
「そんなふうに」
喉が痛い。
「諦めたみたいな顔するな」
ドラコは少しだけ目を伏せた。
その仕草だけで、ハリーはさらに追いつめられる。
諦めている。
少なくとも、ドラコの中ではすでに何かが終わりに向かい始めている。
それが分かるから怖い。
「僕は認めない」
ハリーははっきり言った。
今度は審問官へ向けて。
外の群衆へ向けて。
そして半分は、自分自身へ向けて。
「君をあんな連中の怒りのために渡したりしない」
視線を戻す。
「絶対に」
ドラコはその言葉を聞いて、ほんの一瞬だけ表情を崩しかけた。
嬉しかったのかもしれない。
苦しかったのかもしれない。
両方だろう。
でも次の瞬間には、また静かな仮面へ戻る。
その静けさが、今は何より恐ろしい。
外の熱狂はもう止まらない。
扉の向こうで人が増えている。
記者の声も混じる。
誰かがハリーの名を連呼している。
英雄。
救世主。
闇を断て。
そういう言葉ばかりが、汚れた祝福みたいに押し寄せてくる。
ハリーはそこで、本当に板挟みになっているのを感じた。
拒絶したい。
拒絶するしかない。
でも拒絶するほど群衆は熱を増し、状況は危険になる。
ドラコを庇えば庇うほど、自分もまた“敵”へ近づけられる。
そしてその構図そのものが、また新しい怒りを呼ぶ。
理屈が通らない。
正しさが通じない。
通じるのは、物語だけだ。
英雄が闇を断つ。
その一つだけ。
ハリーはそこで、たぶん初めて本気で震えた。
戦場で死を前にした時とも違う震えだった。
自分の意思と無関係に、誰かの手で役を決められ、そこへ押し込められていく恐怖。
しかもその“誰か”は、名もない大勢だ。
止めようのない熱だ。
「……ドラコ」
思わず名前を呼ぶ。
ドラコは顔を上げた。
その目には、疲れ切った静けさがある。
「何だ」
「僕」
ハリーは言いかけて、喉が詰まる。
「僕、ほんとに」
助けたい。
守りたい。
逃がしたい。
全部言いたいのに、外の怒号がそれを言葉にさせない。
ここで弱さを見せれば、それすら誰かに利用される気がした。
ドラコはそんなハリーを見て、かすかに息を吐いた。
「……お前が壊れそうな顔をするたび」
低い声。
「僕は、お前に何もさせたくなくなる」
その一言に、ハリーの胸は痛いほど打った。
でも同時に、それは不吉でもあった。
何もさせたくない。
それはつまり、この先に“させられる何か”がある前提の言葉だからだ。
ハリーは思わず一歩前へ出た。
だがその瞬間、扉が乱暴に開いた。
役人が顔を出す。
表情は硬い。
そして、もう外の空気に引きずられ始めている。
「ポッター氏」
低い声。
「外部対応が必要です」
「あなたへの発表要請が出ています」
ハリーはその意味を、すぐに理解した。
出ろ。
英雄として顔を見せろ。
民衆を鎮めろ。
そして、正しい側へ立て。
胃の奥がひっくり返る。
「行かない」
「それでは収まりません」
「知るか!」
思わず怒鳴る。
怒鳴ったところで、事態は何一つ良くならない。
それが分かっているのに、そうするしかなかった。
外の怒号はまだ続いている。
むしろ、今のこの停滞そのものを餌にして、さらに膨れ上がっていく気配すらあった。
ハリーは振り返り、ドラコを見た。
ドラコもこちらを見ている。
目が合う。
その瞬間、二人とも同じことを考えた気がした。
ここから先は、もう二人だけではどうにもならない。
その現実だけが、冷たくそこにあった。
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