ところどころに雪の吹き溜まった冷たい要塞の石廊を抜けると、鉄の匂いと焚き火の煙が入り混じった空気に肺を刺される。
二重構造になった門は、防水・防凍・防錆のための漆黒油でコーティングされた黒鉄の格子と、堅牢な石壁が噛み合うようにそびえていた。
その内側に控える分厚い樫の木の扉には、無数の鋲と鉄枠が走り、イスグラン帝国の鷹の紋章が刻まれている。
陽光を浴びたヴォルカシ特有の白灰の木肌が、冬の日差しを受けて氷のように淡く煌めいていた。
門上の鎖が風に鳴り、そこからぶら下がった氷柱がきらりと光を砕いて落ちる。
吹き抜ける風は刃のように冷たく、辺境の空気の重みをそのまま孕んでいた。
その門のすぐそば――三方を石壁に囲まれた詰所の前では、兵士たちが交代の合間に火を囲み、笑い声が風に乗って響いていた。
「あ、あの方です」
同行した青年兵が指さす方向――その輪の中に、見覚えのある後ろ姿があった。
背の高い男。黒髪に、深緑の外套をまとっている。風をはらんだ布地の裾が翻り、銀の留め具がかすかに光を返した。
砦の兵たちの灰や黒の装いが多い中、その色だけが王都の気配を放っていた。
「……ウィル、やっぱりお前か」
ランディリックが声をかけると、男――ウィリアム・リー・ペインはこちらを振り向き、少年のように歯を見せて笑った。
「久しぶりだな、ランディ。まったく、ニンルシーラは死ぬほど寒いな! 俺的には結構な厚着をしてきたつもりだったんだが、馬を走らせながら凍え死ぬかと思ったよ」
「ここは北の辺境だ。夏になってもこの辺りは雪も氷も溶け切ることがない」
「うわぁー。それを聞いたらますます寒くなってきたよ」
「真冬より幾分マシなんだがね」
「これで? 冗談だろ!」
ウィリアムは両手を焚き火にかざしながら、肩をすくめてみせる。
周囲の兵たちは彼の気安げな物言いに笑い、詰所の空気がいつもよりかなり緩んで感じられた。
ランディリックはその様子を黙って見守りながら、(王都からの〝使者殿〟というのは、つまりこいつのことか)と内心で苦笑した。
「しかしランディ。相変わらず堅いな。お前が笑うトコ、俺はもう十年以上は見ていない気がするぞ?」
「笑う理由もないのにへらへらする方がおかしいだろ」
「そう言うと思った」
軽口を交わしたあと、ウィリアムは焚き火から手を離し、一歩ランディリックに近づいて声を落とした。
「――なぁランディ。どこか落ち着いたところで話せるか? 少し、込み入った話があるんだ」
その声音に、さっきまでの軽さはなかった。
ランディリックは黙ってうなずき、詰所を離れる。
ウィリアムがその背を追った。
風が止み、砦の旗が一瞬だけ静止する。
二人の背中を、灰色の空が見下ろしていた。
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ウィリアムきた٩(ˊᗜˋ*)و