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つい染谷さんを抱きしめてしまって以来染谷さんは俺の首筋から血を吸わなくなった。まあそうだわな、常識的に考えたら。俺は調子に乗ってしまったのだ。そりゃ嫌われるわ。休み時間になんでもない話をしたりだとか授業中に目があったりということも減ってしまった。
「あっれ〜?樹くぅん、最近どうしちゃったのさ。もう染谷さんに嫌われちゃったんじゃないの?」
「…うっるせえ。わかってんだよ。」
前の椅子を引いて凌哉が後ろ向きに座る。
「なんでもいいけど謝ってくればいいじゃん。思い当たるフシがあるんでしょ?」
「ある。」
「何したんだよ。」
「…抱きしめちゃったんだよ。つい。」
「うっわ。おまえそれはやばいだろ。」
ほんとにそのとおりだよ。やばいんだよ。冷静になったら自分の行動がおかしすぎたとわかるのに。
俺はとりあえず染谷さんを探すことにした。とは言え何も考えていなかったので俺ができることと言っても教室を一つ一つ回るぐらいのことだ。生徒たちはもうとっくに部活に散ってしまって廊下は自分の足音が反響するほど静かだ。窓を開けると冬の鋭い風が入ってくる。はぁと一息ついて俺は窓枠にもたれかかった。
「ああもう。染谷さんが好きだ。」
誰もいないと思って気が緩んでしまっていた。
「三吉くん?」
「えっ、そ、染谷さん?!」
「何してるのそんなとこで。」
「え、えーっとサッカー部を見てる。」
とっさに出た言い訳がしょぼすぎる。でも染谷さんに聞かれていなくてよかった。
「へー、こっからサッカー部見えてないけど大丈夫?」
ミスったー。ほんとだ。サッカー部が見えないどころか練習すらしていない。
「あっはは、えっと染谷さんは何してるの?」
「手洗いに行ってた。一緒に帰ろ。ちょっとまってて、部室に荷物あるから。」
部室、ああそう言えば染谷さんは美術部だったっけ。
「いいよ、ついてく。」
美術部の部室は学校の端にあって静かだ。
「お邪魔します。」
立てかけてある数々の絵は色鮮やかで魅力的だ。俺は一つだけ出してあるキャンバススタンドに近づく。まだ絵具の色が新しい。染谷さんの絵か。暗い色を基調にした草原に一筋の光のように明るい色が描き込まれている。言葉にできない染谷さんっぽさがその絵から伝わる。
「俺、この絵好きだわ。」
「ありがとう。」
あれ?いつものように話せている。
「染谷さん、その、この間は急に抱きついてごめん。ほんと、悪気はなかったんだ。」
「ああ、あれね。別にいいよ。怒ってないし。」
「でも、最近話してくれなかったり直接首筋から血吸ってくれてないじゃん。」
「それは…。それはこの間三吉くんから血吸いすぎちゃって三吉くん貧血になっちゃったから。気づかずに甘えてたのかなって思って。」
ああ、たしかに貧血と言ってしまったかもしれない。
「大丈夫だよ。もう倒れたりしないから。」
「じゃあ、吸ってもいいの?」
「いいよ。」
「我慢してたから抑え効かなくなっちゃうよ?」
「それでもいいよ。」
久しぶりにシャツの第一ボタンを開ける。美術室の背もたれのない椅子を引いて腰掛ける。冷たい染谷さんの手がシャツの中へ入ってくる。いつもとは違って染谷さんが一気に歯を俺の肌に埋め込む。
「っ!」
染谷さんには聞こえていない。暑いのか寒いのかわからない感覚が首筋から全身に広がる。鳥肌が立って力が入らなくなる。なるほど、確かにいつもとぜんぜん違う。自分自身の息が上がっているのがわかる。こんなに余裕がなくなったのは初めてだ。自分のだらしない喘ぎ声が聞こえる。俺はただ染谷さんにしがみつくことしかできない。いつのまにかバランスを崩したのか、気づけば椅子から転げ落ち、俺達は上に染谷さん、下に俺という体制になっていた。ようやく染谷さんは俺の首すじをひとなめした。終了の合図。
「染谷さん、おわった?」
起き上がろうとする俺を染谷さんが押さえつける。
「まだだよ。まだ終わってない。」
まじか。前言撤回できるわけもなくまたも俺は染谷さんに捕食される。染谷さんの顔を見上げる。瞳が赤い。彼女の小さな顔に手が伸びて頬に触れる。
「きれい。」
流石に驚いたのか血を吸うのをやめて染谷さんが俺を見る。
「三吉くん。やっぱりもうやめよう。」
「え、染谷さん。どうしたの。」
起き上がるのが精一杯だ。声もろくに出ない。
「今の三吉くんひどい有り様だよ。鏡みてきな。私のせいなんだよ。もう血とか吸わないから。」
「まって染谷さん俺なら大丈夫だから。」
「大丈夫じゃないよ。このままじゃ三吉くん壊れちゃう。ごめんね。今日はもう帰るよ。」
染谷さんが去ってしばらく立っても俺は動くことができなかった。貧血のせいもあったが動く気力が起きなかったのだ。ただただ時間を忘れて少しづつ暗くなる美術室の天井を見つめるだけなのであった。